191話 灯火はまだ揺れている - 償いを願う声
夜明け前の森は、どこかしら緊張した空気に包まれていた。
アリアたちは村を出て、再び山道を進んでいた。
静寂を破るように、突如、木々の奥から呻くような声が響く。
「……助けて……」
微かな声に、ルクスの表情が強張る。
「この声……」
彼が駆け出すより早く、空間がざわめき、黒く染まった風が森の一角を裂いた。
現れたのは、ひとりの女性だった。
顔立ちは美しく整っていたが、肌は青白く、目元には深い隈が浮かび、腕には瘴気のような黒い文様が這っている。
その身体から漏れる気配は、不安定な星霊の力と、影の残滓が混じり合ったものだった。
「ミレイユ……!」
ルクスが名を呼ぶ。
彼女はかつて、影だった頃のルクスが“供給源”として扱っていた存在だった。
星霊を宿す素養を持ちながら制御が難しく、研究対象として幽閉されていた彼女に、ルクスは任務として接触していた。
当時は心を交わすことなど許されない状況だったが、日々の接触の中で、ルクスだけがミレイユの小さな声に耳を傾けるようになっていた。
「……ルクス……」
ミレイユの声は掠れていた。
けれど、その目に宿るのは、懐かしさでも救いを求める光でもなく、飢えと狂気に近いものだった。
「もう、いや……何も……見えないの」
彼女の背後で空気が歪む。
星霊の力が暴走しかけている――それも、本人の意志では抑えきれないほどに。
「来る!」
マコトが警戒の声を上げると同時に、エリオットが咄嗟に前へ出て、手を翳した。
「防御結界、展開!」
青白い光がアリアたちを包み、直後に放たれた瘴気の衝撃波が結界にぶつかって霧散する。
「ミレイユ! やめて、君は……!」
ルクスが叫ぶ。
しかし、彼女の身体は既に自己崩壊寸前だった。星霊の核と影の毒素が混ざり、内部から肉体を蝕んでいる。
「怖いの、痛いの……ずっと……ずっと……」
彼女の言葉は断片的だった。
けれど、その一語一語が、ルクスの胸を深く抉った。
「……わたしが、あの時……手を取っていれば」
「ルクス、今さら自分を責めるな」
マコトが声をかける。
「だがこれは“救う”とか“贖う”とか、綺麗事だけで済む問題じゃない」
「それでも……!」
ルクスは一歩、前へ踏み出した。
「それでも、わたしは彼女を助けたい!……あの時、誰にも手を伸ばせなかった。だから、今だけは……!」
アリアがその背中を、しっかりと見つめていた。
「わたしも、信じたい。救えなかった過去があっても、今のあなたが誰かを救えるなら、それは“過去”とは違う道になる」
結界の内側で、ミレイユの身体が軋む。
全身に走る黒い文様が脈打ち、星霊の力が暴発しそうになっていた。
「アリア、これは……」
エリオットが額に汗を浮かべ、問いかける。
「封印する? それとも……」
アリアは一瞬、言葉を詰まらせた。
しかしすぐに、静かに答える。
「……まず、話そう。彼女が、どこまでわたしたちの声を受け取れるか、試す」
「ミレイユ。あなたは、いまも苦しい? でもね……」
アリアはそっと、手を伸ばした。
「あなたの“灯火”は、まだ……完全には消えていない」
その言葉に、ミレイユの肩が、ほんの僅かに揺れた。
そして――
影と光の狭間で、彼女の瞳に、ほんの一瞬だけ、人としての“記憶”が宿った。
その小さな揺らぎを、ルクスは見逃さなかった。
「アリア……ありがとう」
彼女の声が、確かにその場の空気を変える。
消えかけていた灯火が、再び揺らめくように、
森の奥に、静かに、風が通り抜けていった。
―――192話へつづく
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
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