189話 再び、風が鳴る - 封じる者と護る者
古い街道跡を、風が吹き抜けていく。
かつては旅人や商人で賑わった道も、いまは風にさらされた石畳が、ぽつぽつと草に埋もれている。
一行は山道を抜け、この寂れた道を歩いていた。足取りは静かで、誰もが少し前の湖畔での会話を胸に抱いていた。
ふと、ルクスが立ち止まる。
何かに導かれるように、森の奥へ視線を向けた。
「……風の流れが、変わった」
彼の言葉に、全員が足を止める。
その先、木々の間から白い衣がひらりと翻った。
一歩、また一歩。
現れたのは、まだ幼さの残る少女だった。
初めて見る顔――だが、彼女はわずかに目を細める。
「……会いに来たわけじゃない。ただ、あなたたちの歩くこの先に、また“門”があるから」
その声には、警戒と覚悟が滲んでいた。
「そして……ルクス。あなたの中にあるものを、私は見過ごせない」
少女――ティナは、まっすぐルクスを見据えたまま、一歩も引かない。
その瞳には、ただの幼さではない、強い意志と恐れが同居していた。
「……わたしが……何かを継いでいるのは、わかってる。でも、それが何なのか、まだ……」
「封じる者は、知っていなければならない。どれほどの過去を、痛みを、そして犠牲を重ねて、その力が“閉じ込められた”かを」
ティナの言葉は、感情を抑えているようでいて、その奥に揺れるものがあった。
「あなたたちは知らないの。その力が、過去に何をもたらしたか」
その言葉には、どこか個人的な痛みが混じっていた。アリアはその気配を感じ取る。
「……あなたは、その過去を知っているのね?」
ティナはわずかに睫毛を伏せ、低く答えた。
「……星霊を封じる役目は、代々受け継がれてきた。わたしの家も、例外じゃない。だけど、かつての戦で、封印が破られたとき……わたしの母も、姉も、命を落としたの。守りきれなかった」
一行が息をのむ。
「それ以来、わたしは教えられてきたの。“力をもつ者は、また世界を壊す”って。……信じた人たちが、それでもなお、悲劇を生んだのよ」
その声には、怒りというより、深い哀しみと諦めが滲んでいた。
アリアが一歩、ふたりの間に入る。
「……だからこそ、今、ここにいるの。私たちは“未来を選び直せる”と信じてる」
ティナは黙ってアリアを見つめた。
冷たい風が、草を揺らし、木々の葉をざわめかせる。
「その“信じる”という言葉が、どれだけ無力か、あなたたちが知らないことを……願いたいわ」
空気が張り詰める。
ルクスは一歩前に出ようとするが、エリオットがそっと腕を伸ばして彼の肩を押さえた。
「焦るな。……言葉の隙間には、まだ余白がある」
その隣で、イリスがぽよん、と控えめに跳ねる。
「……っ」
ティナの眉がわずかに動いた。
その様子に、アリアが小さく笑った。
「この子がね、よくそうやって空気を変えてくれるの。無理に緊張を解こうとしないで、ただ“その場にいる”ことが……時には、いちばんの対話になるのかもしれない」
ティナはしばし沈黙した後、ふっと視線を落とす。
「……少なくとも、あなたたちは、話をしようとする人たちだ。それだけは、わかる」
ルクスが口を開く。
「わたしは、自分の中にある力を、まだ全部はわかっていない。でも、それを無視しないって決めた。ちゃんと向き合いたいんだ」
「……希望を知る者が、かつて闇を封じた。あなたたちが、その逆をしていないと……願いたい」
ティナの声は、風に溶けるように静かだった。
「私たちは“今を生きる者”として、あなたと未来をつなぎたい」
アリアの言葉に、ティナはわずかに目を細める。
風が静かに鳴った。
イリスがふわりと光をまとう。青白く淡いその輝きが、ゆっくりと空気を染めていく。
ティナは、その光をじっと見つめ、小さく頷いた。
「……じゃあ、次は森の門で会いましょう」
そう告げると、彼女は木々の間に消えていった。
その背中に、マコトが静かに目を細める。
「“門”……気になるな。封印にまつわる何かか」
エリオットもまた、唇を噛みながらつぶやいた。
「ティナ……あの少女の目は、本気だった。何かを守るための覚悟……俺たちと同じか、それ以上だ」
「でも、どこかで救いを求めてる目だったよ」
シュウが呟く。
「話せてよかった」
「うん」
アリアがそっと頷いた。
残された風の音が、草をなで、葉を揺らす。
まるで、次なる出会いの予感を囁くように。
ーーー190話へつづく




