187話 誰かを信じるということ - 揺れる心、交わる視線
夜の帳がゆっくりと降りる頃、一行は神殿から離れた岩陰の野営地に身を寄せていた。
焚き火の炎が、誰もが黙り込む空気の中で、静かに揺れている。
「……この先、どうするつもりなんだ?」
マコトの低い声が、炎を挟んだ輪の中に落ちた。
沈黙の中、エリオットが眉をひそめた。
「封印を解くのは、危険が大きすぎる。装置も不安定だ。いっそ、維持すべきだと私は思う」
「でも、それって……」
シュウが口を挟む。
目を伏せたまま、手のひらをぎゅっと握る。
「それって、今、苦しんでる人を見捨てることにならないか?」
「落ち着け、シュウ」
エリオットの声はあくまで冷静だったが、どこか遠回しに突き放すような響きがあった。
「感情だけで決めるのは危うい。今は判断を誤れば、すべてが無に帰す可能性もあるんだ」
マコトが腕を組んで視線を上げる。
「エリオットの言うことも一理ある。だが……だからといって、目を逸らし続けるのも違う」
言葉が重く積もる中、アリアは黙って焚き火を見つめていた。
目の奥に光が揺れている。
何を信じるべきか、誰の言葉に従えばいいのか――答えはまだ見えない。
そんな彼女のそばに、ルクスがそっと腰を下ろした。
「……信じるって、むずかしいよね」
アリアが振り返ると、ルクスは柔らかな声で続けた。
「誰かを信じるってさ、自分の傷もいっしょに預けることなんだと思う。怖くて当然なんだよ」
アリアは、ふっと目を伏せた。
そのとき、イリスが「ぽよん」と跳ねてアリアの膝の上にのぼってくる。
「イリス……」
イリスはアリアの頬にぴとっと身体をあて、ふるふると震える。
ルクスが笑って言う。
「大丈夫、って言ってるよ。どんなに迷っても、アリアなら前に進めるって」
少し離れたところでモルンも静かに尾をふる。そのしぐさに、不思議と心が和らぐ。
しばしの静寂ののち、マコトがぽつりと呟いた。
「……昔、俺は信じなかった。自分の判断を、正しさを、疑っていた。だから――仲間を見殺しにした」
その言葉に、全員の視線がマコトに集まる。
「教官だった頃の話だ。部下が“命令違反”をした。でも、奴はただ……仲間を助けたかっただけなんだ。俺はそれを許さなかった。冷静に、正しくあるべきだと……」
その拳が、無意識に握られていた。
「結果、そいつは死んだ。俺はあのとき、あいつを信じてやればよかったって……ずっと思ってる」
マコトの声は静かだったが、その奥にある悔恨の色は深かった。
「だから今は、信じたい。誰かを、目の前の想いを、信じてみたい」
アリアは、そっと立ち上がり、仲間たちの輪の中央へ出る。
「……信じるって、きっと“寄り添う”ってことなんだと思う」
その声に、皆の視線が向けられる。
「完全じゃなくていい。全部じゃなくてもいい。でも……ちょっとでも、隣にいられるなら、私は信じたい」
沈黙が、優しさに変わる。
シュウがうつむきながらも、肩の力を抜いて、笑った。
「……そっか。そうだよな。全部じゃなくていいんだ。ちょっとでも、信じられたら」
その場に、やわらかな風が吹いた。
焚き火の火が、ふわりと揺れる。
互いを思い合うその輪は、少しだけ近づいた気がした。
それぞれの胸に、“誰かと進む”意味が、小さな種のように灯っていた。
ーーー188話へつづく
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




