179話 ルーンの遺構と失われた声 - 音に刻まれた記憶
苔むした石の柱が並ぶその先に、一行は足を踏み入れた。
森を抜けた直後の光がまだ眩しく、霧に閉ざされていた感覚が抜けきらないまま、アリアたちは静かに遺構の中へと進む。
「……ここ、何の建物だったんだろう?」
アリアがぽつりと呟く。
石造りの広間には天井がなく、崩れたアーチの間から空がのぞいていた。柱や壁には見慣れない文字と紋様が彫られている。
「古代の……ルーン文字?」
エリオットが目を凝らして、彫刻をなぞる。
「似てるけど、少し違う。記録に残っているどの形式とも違うような……」
彼の言葉に、マコトが肩越しに覗き込んだ。
「この遺跡、魔力を帯びている。気をつけろ」
「うん、確かに。結界……というより、何かを封じてるような、そんな空気」
アリアが慎重に周囲を見回す。
イリスが小さく跳ねて、広間の奥へ進む。
「ぽよっ」
その声にアリアが振り返ると、イリスの体がうっすらと光っていた。
「……? イリス?」
すると、イリスの身体の奥、核の部分が淡く明滅し始めた。
「反応してる……?」
エリオットが驚きに目を見開く。
その視線の先、イリスがぴたりと止まった場所に、小さな水晶のような結晶が落ちていた。
それはまるで、風に触れたように微かに震えていた。
「これは……音の結晶かもしれない」
エリオットがそっと拾い上げる。
「かつて、星霊たちと人間が情報を交換する手段として使っていた記録装置。理論上は存在してるとされてたけど……本物を見るのは初めてだ」
「すごい……。じゃあ、これに“声”が入ってるの?」
「うん、音の記憶……たぶん」
アリアがそっと手を伸ばす。
その指先が結晶に触れた瞬間、空気が震えた。
――しん、とした静けさの中に、柔らかな音が生まれた。
《我らは願う。人と星霊、互いを知り、響き合う未来を――》
透き通った声が、空間に響いた。
言葉ではなく、想いの波が、耳ではなく心に届くような不思議な感覚。
《共に在ることは、力ではなく、理解の積み重ねである》
まるで祈りのように、優しい声音だった。
「……これ、まさか……星霊との共存の記憶?」
アリアが息を呑む。
隣で立ち尽くしていたルクスが、小さく震えながら声を絞り出した。
「……この記憶……わたし、知ってる」
全員が一斉に彼女を見た。
「前にも、こんな光景を夢で……でも、夢じゃなかった。あの声……あの場所……私、いたんだと思う」
彼女の瞳に、確かな記憶のような光が宿る。
「じゃあ……ルクスは、過去の記憶を持ってるの?」
アリアが問いかけると、ルクスは小さく頷いた。
「私……星霊として、ずっと眠っていて……けど、その前に、何かを守ってた気がするの」
「“星霊の記憶”……」
エリオットが低く呟いた。
その言葉が、この旅の新たな目的を照らし出す。
「この場所は、ただの遺跡じゃない。きっと、“思い出すため”の場所だったんだ」
アリアが結晶を見つめながら、そっと語る。
「失われた声を、また聞くために」
ルクスが結晶にそっと手を重ねる。
その瞬間、微かな光が再び広間を照らした。
柔らかで懐かしい記憶が、ひとつひとつ、呼び覚まされていくように。
そのとき、背後で静かに誰かが足音を立てた。
「……誰?」
シュウが低く声を発し、身をすくませた。
だが現れたのは、ただの幻影だった。
小さな子どもと、星霊らしき存在が手を取り合い、何かを笑いながら語っている。
言葉は聞こえない。
けれど、その笑顔だけは確かに伝わってきた。
「……過去の記憶の再生……?」
マコトがつぶやく。
アリアはそっと微笑んだ。
「きっと、これも“音の記憶”。誰かが、大切な思い出を残そうとしたんだね」
イリスが「ぽよ」と鳴き、ルクスはそっと手を握った。
「まだ……全部、思い出せない。でも、わたし……この旅の中で、思い出していく」
「うん。きっと、その記憶が未来を繋ぐものになる」
アリアが優しく応えた。
遠くの空が、静かに鳴った。
ーーー180話へつづく
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
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