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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第八章 虹の羅針盤が指す方へ
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172話 影の囁き - 封印された意志の覚醒


空気が変わったのは、夜が深まった頃だった。


焔の谷に淡い星霊の光が灯り、儀式が静かに幕を閉じたその後。

一同が休息を取っていた静けさの中で、それは、息を潜めるように忍び寄ってきた。


「……聞こえる?」


アリアがぽつりとつぶやいた。

誰に向けた言葉かは、自分でもわからなかった。


谷の奥から、風とは違う“ざわり”とした気配。耳ではなく、心のどこかに直接触れてくるような──


(……囁いてる。誰?)


声にならない“何か”が、胸の奥で震えていた。





「結界、少しだけ乱れてる」


ユリウスが険しい顔で岩の裂け目を見つめる。手のひらをかざすと、結界の紋がぼんやりと揺らいだ。


「これは……内側からの干渉か」


「動いた、ってことだな」


マコトが剣の柄に手をかけ、足音を立てずに前へ出る。彼の背には、既に気配を察したモルンがぴたりと寄り添っていた。


モルンの朝焼け色の鱗が、警戒に応じて微かに波打つ。首元のたてがみが静かに逆立ち、金の瞳が谷の奥を睨む。


その隣で、イリスが「ぽよん」と揺れた。

虹色の体が小さく震えている。


「イリス、……怖いの?」


アリアがフードの中にいるイリスへと手を伸ばした瞬間、ふわりと脳裏に“かすかな映像”が流れ込んできた。


……冷たい石の床。

ひとりきりの祠。

暗闇の中に、誰かが閉じ込められている。


(これは……記憶?誰の……?)


「アリア、なにか見えたのか?」


シュウが心配そうに近づいてきた。

白衣風の旅装の裾が風に揺れる。


アリアは少しだけ頷き、そっと眉を寄せた。


「……誰かが、ここでずっと……祈ってた。でも、願いは届かなかったの」



「たぶん、“封印”に触れたせいだ」


エリオットが言葉を継いだ。

長杖の先に、淡い防御魔法の紋章が浮かぶ。


「星霊の契約が断たれた場所……その断絶の奥に、“何か”がまだ眠ってる。その声に、君が呼応してるんだと思う」


「……どうすれば、いい?」


アリアが問う。


「聞くべきかもしれない」


マコトが言った。

表情はいつものように読めない。

ただ、剣に添える手だけが、強く握られていた。


「相手が敵かどうかを決める前に、まず、真実を知る必要がある」


「けど、危険かもしれないぞ。封印されたってことは、それだけの理由があったはずだ」


ユリウスが肩をすくめるようにして言った。けれどその瞳には、どこか過去を思い出すような迷いも宿っていた。




「……でも、わたしは知りたい」


アリアは小さくつぶやいた。


「この声が……もし、長い時間の中で忘れられていったものなら。もし、それが誰かの“想い”なら……」




その夜、アリアは焚き火のそばで目を閉じた。




静けさの中に、確かに“何か”がいる。



──どうして……ここに来たの?


(わたしは……)


──あなたは、どちらの世界の人間なの?


(どちらでもない。でも……)


──おまえも、裏切るのか?


……その言葉に、心が波立つ。


「……違う」


小さく、口にした。


「私は……誰も、見捨てたくないだけ」




その瞬間、アリアの胸の奥が熱くなった。

モルンのたてがみが光り、イリスの体が柔らかく震える。


モルンが近づき、アリアの肩に額を寄せた。


「……ありがとう。モルン」


ほんのわずか、谷の奥の空気がやわらいだ気がした。





「……この封印、開けるつもりか?」


翌朝、マコトが言った。


アリアは少しだけ迷ってから、うなずいた。


「“対話”してみたいの。閉じ込めたままじゃ、本当のことは見えてこない」


「じゃあ俺は、その間ずっと、剣を構えてる」


マコトはそれ以上何も言わず、静かにうなずいた。


「結界の補強はしておく。暴走しても、ある程度は抑え込めるように」


エリオットが長杖を掲げ、魔法の紋を描いた。


「……ありがとう、みんな」





アリアは一歩、谷の奥へと進んだ。


不気味な囁きは、もう聞こえない。

ただ、奥の奥から、何かがこちらを見ている気がする。



モルンとイリスが、静かに後ろからついてきた。




(封印の中にあるものが、敵なのか味方なのか。まだわからない。でも──)


──わたしは、向き合う。


そう強く、心に決めた。




その瞬間、地面の奥から、かすかな光が走った。


静かに、何かが目を覚ましかけていた。






──173話へつづく



✪読んでくださり、ありがとうございます。

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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。

作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。

あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。

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