162話 虹の導き - 光のまなざし
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──朝。
陽が木々のあいだから差し込み、森の空気がゆっくりと目を覚まし始める頃。
アリアは目を覚まし、そっと隣に転がっていたイリスを抱き上げた。
「おはよう、イリス……」
イリスは「ぽよん」と軽く跳ね、小さく揺れて体を虹色にきらめかせた。
──そのときだった。
「つるんっ」
イリスの体から、なめらかにひとつの物体がこぼれ落ちた。
「えっ……?」
手のひらほどの、小さな羅針盤のようなアイテムだった。淡く輝く盤面には、微細な魔紋が静かに浮かんでいる。中央には針があり、まだ静止したままだった。
「これ……イリスが“生み出した”の?」
マコトがそれを拾い上げ、眉をひそめる。
「……これは、気配を探るための道具かもしれないな」
イリスは誇らしげに虹色に発光し、ぽよんと跳ねながらアリアの腕の中で揺れた。
「ふふ……よくがんばったね」
アリアはやさしく微笑み、イリスの頭を撫でた。
アリアは羅針盤をそっと掌に抱え、そのまま胸の前に留めた。
「なんだか……この子、まだ眠ってるみたい。でも、いずれ“動き出す”気がする」
モルンがその言葉に反応するように、小さく「ふす……」と鼻を鳴らし、アリアの肩に頭をすり寄せてきた。
そのぬくもりは、どこか“先を知っている”ようでもあった。
*
その後、一行は山道を越えて、小さな村へと立ち寄ることになった。
澄んだ川が流れ、野菜や穀物を育てる畑の広がる、静かな谷の村だった。
水と食料を補給しながら、アリアたちはしばしの間、村の人々と交流を持つことにした。
*
──そして、広場。
村の子どもたちが、アリアの背後に立つモルンを見つけて、目を丸くする。
「わぁ……でっかい……ドラゴン?」
「でも、こわくない……! きれい……」
モルンは、静かに首を傾けた。金色の瞳が光を受けて、やさしく瞬く。
その背と体躯は堂々としており、すでにアリアやマコトと並ぶほどの大きさがある。
子どもたちが恐る恐る手を伸ばすと、モルンはひとつ「ふぅ……」と鼻先から光の息を吐き、近づく子の髪を優しく揺らす。
「わぁ……息がキラキラしてる!」
「火の竜って、もっとこわいと思ってたけど……あったかい……」
モルンは尾をひと振りして応えながら、子どもたちの動きに合わせて穏やかに歩を進めていた。
たてがみのような羽毛を首元に残したその姿は、どこか神聖な存在にも似ていて──けれど、子どもたちにとっては、ぬくもりのある「大きな友だち」だった。
アリアが微笑みながら言う。
「モルン、すっかり頼れる存在になったね」
「ふす……」
モルンは鼻先を赤く染めて、少しだけ照れくさそうに息を吐いた。
*
広場の一角では、シュウが腰を低くして村の人々の声に耳を傾けていた。
「じゃあ、口を開けて……うん、喉はちょっと赤いけど、大丈夫。これを夜にお湯で溶いて飲んでください。咳が軽くなるはずです」
そう言って、小瓶を手渡すと、村の青年が恐縮したように頭を下げた。
「見習いなのに……こんなに丁寧に診てもらえるなんて」
「……まだ勉強中だけど、だからこそ一人ひとりの声をちゃんと聞きたいんです」
少し照れながらも、シュウはまっすぐに答えた。
その隣では、モルンが子どもの手をそっと受けとめるように身を低くし、胸元からほんのりと癒しの炎を灯していた。小さな痛みやこわばりを、静かに溶かすように──。
*
広場の片隅では、アリアが村の老婦人の手をそっと取り、占いをしていた。
「……安心できる場所は、きっともうすぐ、あなたのもとへ戻ってきます」
アリアのその言葉に、老婦人は目を潤ませてうなずいた。
「ありがとう……本当に、ありがとうねぇ」
そのそばで、モルンの胸元がほのかに赤く脈動し、老婦人が「膝の痛みが少し和らいだようだ」と驚いて呟いた。
アリアはそっと笑って言った。
「モルンはね……あったかい炎を持ってるから。誰かの心が、ちょっとでも軽くなるといいなって、そう願ってる」
モルンが尾を揺らして応えた。
*
旅立ちのとき。
村の出口まで見送りに来た老婦人が、ふとアリアに声をかけた。
「……あの方角にはね、“風の巫女”が住んでた森があるのよ」
アリアは足を止め、そっと振り返る。
「風の巫女……?」
「ええ。昔々ね。いまではもう誰も近づかないけれど、心の傷や迷いを癒す風が吹いていたって言い伝えがあるの。……その場所に、また“風”が戻ってくるんじゃないかって、そんな気がしてるのよ」
アリアはその言葉を胸に刻むように静かに頷いた。
──その瞬間。
アリアの胸元で眠っていた羅針盤が、「カタリ」と小さく鳴って震えた。
マコトが思わず振り向き、目を細める。
「……動いた」
盤面の針が、森の奥、北東の方角をゆっくりと指し示していた。
イリスが「ぽよん」と跳ね、モルンが低く「クゥ……」と鼻を鳴らす。
アリアはそっと胸の羅針盤を抱くようにして、その光を見つめた。
「きっと、そこに“願い”があるんだわ……」
──誰かの祈りが、確かに届いている。
新たな導きを受け取った一行は、ゆっくりと歩き出した。
それは、まだ誰も知らない“継承の森”へと向かう、静かな第一歩となるのだった。
──163話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




