154話 緊急対応 - 千里の先へ
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──朝一番。
アリアは支部の一角に設置された小さな書斎で、届いた報せを黙読していた。
「……疫病?」
眉をひそめた声に、イリスがぽよんと肩先で揺れる。
「マリアさんの兄……マルコさんからの連絡です。ウィスタ村で原因不明の熱と咳、そして全身の発疹を訴える患者が急増していると」
マルコはルミナ商会・東支部の長であり、支部設置型の千里鏡の試作機を運んでいた。
その途中、偶然ウィスタ村に立ち寄り、村の異変に気づいたのだ。
アリアはすぐに手持ちの携帯型千里鏡を取り出すと、鏡の縁に指をそっと添えた。
「レオン。緊急です。繋がりますか?」
数秒後、鏡面に温かみのある青年の顔が浮かぶ。
『アリア? 何かあったのか?』
「マルコさんからの報告です。ウィスタ村で疫病が広がっている可能性があります。緊急対応を検討したい」
アリアは手早く要点をまとめて話す。
千里鏡を通しての通信は魔力を消耗する。
だが、イリスがそっと寄り添い、鏡の端に身体を密着させた瞬間、通信が驚くほど安定した。
「イリス……ありがとう」
淡く光る虹色の粒が、鏡の周囲を包む。
『まずは物資。すぐにルミナ商会本部で手配して、馬車を向かわせる。設置型鏡も試験用で一台積んである。今マルコが持っているなら、それを現地で起動してもらえるようにする』
「ありがとう、レオン。こちらからも動きます。現地までの移送担当はユリウスにお願いしたい」
アリアの側で聞いていたユリウスが、まっすぐ立ち上がる。
「俺に行かせてください。馬があれば、一日半で着けます。緊急物資を背に、最短ルートで駆け抜けます」
「……ユリウス」
「必ず千里鏡を持って。現地で通信が必要になるわ」
ユリウスは静かに頷き、背に装備を括りつけながら準備を進めていった。
一方、アリアたち本隊も出発の準備を急ぐ。
「飛沫感染の可能性があります。現地入りする前に、全員、口元に清潔な布を巻いてください。外さないように。アルコール度数の高い酒類を消毒用に、薬草、ポーション、煮沸用の鍋、そして水と食料も必要です」
『了解。商会にも追加指示を出しておく』
レオンの声が鏡越しに響き、現場との緊張感が高まる。
マコトは腰に袋を括りつけながら問いかける。
「アリア。俺たちの行動計画は?」
「まずは現地での初動。マルコさんと連携しつつ、症状確認と初期処置。私と師匠とで医療班を構成します」
アリアの視線が、少し離れたところで黙って話を聞いていたシュウへと向く。
「……シュウ。あなたはどうしますか?」
少しの沈黙。だが、彼はまっすぐに答えた。
「修行中の身でどれだけ役に立てるかわかりません。でも、行きます。自分にできることを、探しながらでもやりたい」
その目には、迷いよりも覚悟が宿っていた。
マコトがシュウの肩を軽く叩いた。
「それでいい。見て、学んで、動いてこそ意味がある。俺がカバーする」
アリアはわずかに微笑みながら、頷いた。
「じゃあ決まりね」
*
その日の午後、ユリウスは先行隊として馬にまたがり、村へと出発。
残ったアリアたちは、救援物資を積んだ馬車と共にウィスタ村へと向かう。
風に揺れる馬車の揺れの中、アリアはふと空を仰いだ。
(……モルンなら)
アリアはそっと視線を足元に落とし、モルンを見た。
「モルン。あなたなら、私とイリスを乗せて、村まで一足先に行ける?」
モルンは静かにうなずき、体を柔らかく変化させて、アリアの背を受け入れるように広げた。
「……行ってくる。ユリウスより少しでも早く入って、現地の状況を確認しておきたい」
「無茶はするなよ」
とマコト。
「うん。でも、時間が惜しい。もしかしたら……ケイさんがもう現地に向かってるかもしれないから」
アリアはふと思い出したように振り返る。
「……あ、シュウ。お父さんに、連絡は?」
「千里鏡、使ってみたけど……」
シュウは小さく息を吐いた。
「……“向かってる”って、一言だけ。村に着いたら、もう一度連絡するって」
「やっぱりケイさん、動いてたんだね」
アリアが納得したように頷くと、マコトが腕を組んで静かに言った。
「家系の性なのか?行動の早さは。ユリウスといい、アリアといい、ケイさんまで…」
「まったくです……」
とシュウは少し苦笑してから、真っ直ぐ前を見た。
「でも……父さんが行くって決めたなら、何かを感じ取ってるはず。僕も向かわなきゃ、って思った」
アリアは布を口元に巻き、イリスを胸に抱いた。
「行こう、モルン」
モルンの背に乗り、虹のような光を残して、アリアは風を切って駆け出した。
──きっと、誰かが待っている。
命の灯が揺らいでいる。
この旅は、未来のためだけじゃない。いま、生きている誰かのために。
その想いを胸に、アリアたちは夜の道を急ぐ。
──155話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




