148話 次世代への継承 - 若葉に光を託して
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陽射しのやわらかな朝だった。露をまとった草がきらきらと光り、村の広場には今日も子どもたちの笑い声が満ちている。
アリアは小さな石台の上に腰を下ろし、子どもたちに手招きした。
「今日はね、星の話をしましょう」
興味津々の目がいっせいに向けられる。
「星って、空の?」
「読めるの? 言葉みたいに?」
そんな声に、アリアは小さく笑ってうなずいた。
「うん。星は昔から、人の願いや流れを映してきたの。……目に見える星だけじゃなくて、感じる星もあるのよ」
子どもたちは互いに顔を見合わせながら、夢中で話を聞いていた。
そばでイリスが「ぽよん」と小さく跳ねると、子どもたちが歓声を上げる。
「すごい! それ、占いの精霊?」
「ちがうよ、アリアさんの一番の仲間なんだって!」
イリスはふわりと浮かび上がり、空中できらめきを振りまく。
その光に、子どもたちは手を伸ばし、目を輝かせた。
「君たちが未来を知ろうとする気持ち。それが、光になるのよ」
アリアの言葉に、子どもたちはしんと頷いた。
*
その少し離れた場所、木陰の下ではシュウが小さな布包みを広げていた。 中には包帯や、干した薬草、研いだ小瓶が丁寧に並べられている。
「この薬草は傷の治りを早める作用があるんです」
シュウはそばに集まった少年たちに、落ち着いた口調で話す。
「父に習ったんです。山道や旅先で、急に怪我をしても使えるように」
「じゃあ、シュウ兄ちゃんは医者になるの?」
問いかけに、シュウは少し言葉を詰まらせた。
「……今は、そうやって学んでます。でも、これから先、どうしていくかは……まだ決めてません」
「え、でもすごいよ! お医者さんになったら困ってる人いっぱい助けられるじゃん!」
「……うん。だから、もっと学ばなきゃって思ってる」
シュウは子どもたちに薬草を渡し、使い方を丁寧に教えながら、少しだけ遠くを見ていた。
その視線の先には、アリアの姿があった。
*
広場の端では、マコトが軽く身体を動かしながら、子どもたちに護身術の基本を教えていた。
「姿勢と呼吸がまず基本だ。力任せじゃ駄目だ。重心を……そう、そこだ」
エリオットが後ろで腕を組みながら笑って見守っている。
「マコト師匠、なんか嬉しそうですね」
「うるさい。そっちも見てろ」
一方、ユリウスは黙って腰を落とし、見よう見まねで型を取っていた。
マコトは腕を組みながら、軽くうなずいた。
「ふむ、ユリウス……筋がいいな」
「……は?」
思わず素っ気ない声が漏れたユリウスが、片眉を上げてマコトを見た。
「師匠、それ、冗談ですよね? 一応、自分……元騎士団員なんですけど」
「そうだったな。すまん、忘れてた」
「……忘れてたって、師匠……」
エリオットが吹き出しかけて口を押さえる。アリアは肩を揺らして笑いながら、モルンと目を合わせた。
ぽよん、とイリスが跳ねて場の空気を和ませる。
*
その傍ら、モルンは子どもたちの輪の外で静かに座っていた。
そのときだった。
丘の上で、小さな悲鳴が上がった。
「わっ、転ぶっ──!」
斜面を駆けていた子どもが足を滑らせ、転がりそうになる。
その瞬間、モルンが風のように動いた。
地を蹴り、重たい体でふわりと子どもを庇うように覆いかぶさる。
鱗が土を打ち、草の中で金の眼が細められた。
「モルン!」
駆け寄るアリアの声に、子どもは驚いたようにモルンの背から身を起こした。
「だ、大丈夫……!ありがとう、モルン!」
子どもの小さな手が、そっとモルンの額に触れる。
その瞬間、モルンの体がわずかに震えた。
モルンの金の瞳が、どこか遠くを見るように細められる。
──また、誰かを守れた。
小さな手がモルンの背に触れるたび、彼の中に眠る何かが、静かに目を覚まし始めていた。
──重なっていたのは、過去。
火の海の中、逃げ遅れた幼子を庇ったあの夜。
カメリアの背にいた彼は、叫び声に振り向き、無我夢中で走っていた。
あのとき守れた命。
あのとき、守れなかった命。
「モルン……?」
アリアが手を伸ばすと、彼は静かに顔を伏せるようにして、その場にうずくまった。
イリスがそっと彼のそばに寄り添い、ふわりと宙を漂いながら虹色の光を揺らす。
まるで、「大丈夫だよ」と伝えるように。
ユリウスが後方からその様子を見つめていた。
口には出さないが、剣士として、何かを悟ったようなまなざしで。
──未来、という言葉が、ふとモルンの脳裏に浮かぶ。
それは彼にとって、希望ではなく、恐れに近いものだった。
過去と同じように、何かを失うのではないかという恐怖。
だが、アリアの手が再び触れたとき、モルンの目に映ったのは──揺るがぬ光。
「私ね、今日あらためて思ったの。私の占いって、未来を見せるためじゃなくて、誰かの心に光を灯すためのものなんだって」
アリアは微笑んだ。
「だから……一緒にいて。モルン。あなたが隣にいてくれると、私はちゃんと伝えられる気がするから」
モルンは静かに目を細め、小さくうなずいた。
そのとき──空に、細い流れ星が走った。
誰も言葉にせず、ただ黙ってそれを見上げた。
──学び、託すこと。
光を誰かに渡すこと。
それは、今この場にいる一人ひとりが、確かに未来に関わっているという証だった。
「ほら、あれも“祈り星”だよ」
アリアの声に、子どもたちが一斉に空を見上げる。
「お願いごと、した!」
「ぼくはね、大切な人がずっと笑っていられますように、って!」
「わたしは……お母さんに、はやく元気になってほしいな」
星は、何も言わないけれど。
その光が、願いを預かってくれたような気がした。
アリアはそっと、胸に手を当てた。
(私も……)
今、ここにいる全ての命の先に──やさしい明日がありますように、と。
*
夕暮れ時、アリアはモルンの横に座り、そっと問いかけた。
「ねぇ……『未来』って言葉、嫌い?」
モルンは反応しなかったが、しばらくして、ほんの少しだけまぶたを伏せた。
「やっぱり……少しだけ、怖いのかもしれないね。私もそうだったよ」
イリスがアリアの膝に跳ね乗り、光をふわりと揺らす。
アリアは小さく笑い、モルンの背を撫でた。
「でもね、今の子たちを見てたら、怖いだけじゃなくなる。……ちゃんと託せる、って思えるようになるんだよ」
モルンはその言葉に、ただ静かに目を閉じて応えた。
──夜風が、未来の匂いを連れてきていた。
ーーー149話へつづく。
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




