146話 日々の民の声 - 小さな祈りに耳を澄ませて
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──空気の匂いが変わった。
朝露が乾き始めた村の道を、アリアたちはゆっくりと歩いていた。
家々の屋根に差し込む陽光は柔らかく、どこか優しげで、日々の営みに寄り添っているようだった。
「……この村、静かだね」
そうつぶやいたのはエリオットだった。
「小さいけれど、ちゃんと息づいてる。人々の暮らしが、ここにある」
アリアが応える。
その声にイリスが「ぽよん」と反応する。
虹色の身体が小さく揺れた。
「イリスも、なにか感じてる?」
彼女の問いに応えるように、イリスはふわりと空に舞い、村の中央にある広場へと向かっていった。
その先には、井戸の周りに集まってざわめく村人たちの姿があった。
「……水が濁ってるの。今朝から急に」
年配の女性が言う。
アリアがのぞき込むと、確かに水面がかすかに茶色がかっていた。
「原因は……?」
「上流からの水が少なくてね。井戸の底に沈殿物が溜まってるのか、それとも……」
イリスがそっと井戸の縁に跳ね、光を宿した身体を静かに水面へとかざした。
──きらきらと光が広がり、やがてイリスの虹色が淡い緑に変わっていく。
「……共鳴してる」 アリアが呟いた。
その直後、イリスはぴょんと跳ね、井戸の背後の木々の方を向いて揺れた。
「上流だね」
アリアは歩き出す。
しばらく山道を登ると、清水の流れが細くなった小川にたどり着く。
一本の古木が、傾きかけながら根をむき出しにしており、水をせき止めていた。
「……これが原因か」
マコトとユリウスが協力してその木の根を切り、土を掘り直す。
水が再び流れ始め、清らかな音が耳に届いた。
イリスがくるりと宙を舞い、「ぽよん」とひとつ喜びを跳ねた。
「ありがとう、イリス」
アリアがそう呟くと、イリスは少し照れたように揺れた。
その帰り道、村の小さな家の前で若い母親が困った顔をして立っていた。
「どうしたのですか?」
とアリア。
「息子が高熱を出して……ずっとぐったりしてるんです」
アリアは子どもの様子を確かめる。
呼吸は浅く、顔が赤い。
だが、何か不自然な感じがした。
「これは……ただの風邪じゃない」
アリアが目を閉じて、星の光に問いかけるように手を合わせた。
イリスがそっとその横に寄り添い、虹色の光をアリアの掌へ導く。
「……土に含まれた草の毒。おそらく口に入れたか、触ったか」
その言葉を聞いて、シュウが静かに前に出る。
「任せてください。薬を調合します」
シュウは懐から革の薬袋を取り出し、何種類かの乾いた薬草を手際よく選ぶ。
「……師匠、湯を沸かしてください」
「よし、ユリウス、薪を頼む」
シュウは薬草を小さな器で砕きながら、何度か匂いを嗅ぎ、量を微調整する。
「これは解毒と、熱を下げる組み合わせです」
その動きには迷いがなく、静かな確信が宿っていた。
薬ができあがり、母親の手に渡される。
子どもがそれを口にしたとき、イリスがぴたりと寄り添い、光を淡く揺らした。
「……効いてくれるといいね」
アリアの声に、シュウが静かに頷いた。
「大丈夫。必要なものは、すべて入れました」
その確かな言葉に、母親が深々と頭を下げた。
夕暮れが近づき、村の広場では子どもたちの笑い声が戻ってきた。
アリアは広場の片隅に腰を下ろし、モルンの横に座る。
「今日だけでも、いろんなことがあったね」
モルンは答えない。
ただ、どこか遠くを見るようなまなざしをしていた。
「……モルン?」
金の瞳がゆっくりとアリアを振り返り、一瞬揺れる。 それは、迷いや葛藤の色に近かった。
「何か、考えてるの?」
モルンは「くぅん」と小さく鳴いたが、それ以上は語らない。
アリアは静かにその隣に手を伸ばし、そっと撫でた。
「言葉にならないものって、たしかにあるね。けど……あなたが黙っているときほど、大切な何かを考えてるって、最近わかってきたよ」
イリスがそっと寄ってきて、「ぽよん」と跳ねる。 その光は、以前より少しだけ、濃くなっていた。
アリアはそれに気づき、そっとつぶやく。
「イリス……最近、感情にすごく敏感になってるよね。共鳴の力も、深くなってる」
イリスは小さく跳ねて応えた。
そのやりとりを、少し離れた場所からシュウが見ていた。
「……なんだか、不思議ですね」
アリアが顔を向けると、シュウは穏やかに続けた。
「ただ病を治すだけじゃない。言葉にできないものが、確かにあって、それを……精霊たちが受け取ってくれる」
アリアは笑った。
「そうですね。目に見えないけど、大事なもの」
その夕暮れ、広場に灯るいくつかの火が、村の夜を優しく照らしていた。
アリアは心の中で、今日出会ったひとりひとりの祈りに耳を澄ませていた。
──それは小さくても、確かに届く祈り。
積み重なる声のひとつひとつが、アリアの歩む道を形作っていくのだった。
──147話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




