142話 祈りを受け取る者 - 共鳴する光
朝露に濡れた道を歩いていると、ふいに風がやんだ。
アリアは足を止め、前を見つめる。
小高い丘の向こうに、ぽつりぽつりと家が並ぶ村があった。
「……あそこが、フィーナの村」
マコトが低くつぶやく。
イリスはぽよんと跳ねて、アリアの肩におさまり、モルンは彼女の足元に寄り添いながら、じっと村の方角をにらんでいた。
普段は湯たんぽのように温かな身体が、いまは少しだけ冷たい。
入り口に立っていた老人が、アリアたちを見て近づいてくる。
しわ深い顔に、どこか影が差していた。
「旅の方か。こんな村に何の用じゃ」
アリアが一歩前へ出て、微笑む。
「こんにちは。少しだけ、お話をさせてください」
老人はしばし黙っていたが、やがてぽつりと漏らした。
「……この村は、もう、祈らんのじゃ」
その言葉に、イリスが微かに震えた。
虹色の身体が淡く光る。
村の空気は重く、沈黙がまとわりついていた。
*
アリアたちは村の広場へと案内された。
そこには数人の村人たちが集まっていたが、誰も声を発しない。
その中に、一人だけこちらをじっと見つめる少女がいた。
名をルアという。年の頃は十七、十八か。
だが、彼女は口をきかない。
イリスがぽよんと跳ねて、ルアの前に行く。
ルアの瞳がわずかに揺れた。
イリスは、そっと光を灯す。
淡い虹色が広がり、まるで花のように彼女の足元に咲いた。
そのとき、モルンが「くうん」と低く鳴いた。
尾を巻き、アリアの足元に戻ると、じっと周囲の気配を探るように鼻をひくつかせている。
「モルン……?」
アリアが囁くと、彼は小さく頭を横に振った。
まだこの村には、目に見えない何かがある。
アリアは小さく深呼吸し、ルアの前に膝をついた。
「……占わせてもらってもいい?」
ルアは何も言わず、ただアリアを見つめていた。
それは拒絶ではなかった。
イリスがぽよんと跳ねて、アリアの手にそっと触れる。
共鳴が走った。
静かに、アリアは目を閉じる。
ルアの心に、触れるように。
*
――暗闇。
光のない場所で、何かを叫んでいる。
けれど、声は出ない。
何も届かない。
沈黙の中で、ただひとつ、心の奥底に灯る小さな火。
それは、祈り。
言葉にならない願い。
消えかけた希望。
*
アリアは目を開けた。
ルアの目元に、涙が流れている。
それを見たイリスが、光を放つ。
ふわり、と。
ルアの胸元から、虹色の光がふくらみ、花が咲いた。
音もなく、それは空気に溶けてゆく。
人知れず消えかけた想いが、いま形となって咲いたのだ。
アリアはそっとルアの手を取り、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫。あなたの祈り、ちゃんと届いてるよ」
ルアは驚いたように目を見開き、そしてこくんと小さくうなずいた。
*
その光景を、モルンは見つめていた。
目を細めるその表情に、かすかな安堵と、そして……疑念。
彼には見えている。
この村の奥底に、まだ触れてはならない“何か”が眠っていることを。
モルンは再び、アリアのすぐ傍に身を寄せた。
彼女を守るために。
まるで、それが自分の本来の役目であるかのように。
(――ここには、まだ終わっていない祈りがある)
ぽよん、と跳ねたイリスの光が、再び小さな花を揺らした。
ーーー143話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




