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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第七章 過去と未来をつなぐ旅
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127話 系譜を継ぐ者 - 祈りの目覚め


朝靄がまだ道を覆っていた。

草に触れるたびに、足元で水滴が弾ける。冷たいけれど、それが心地いい。


「……あれが、村だよ」


先を歩いていたユリウスが立ち止まり、指を差した。

林の先、朝日に照らされた小さな集落が、まるで森に抱かれるように広がっていた。


アリアは、イリスを胸に抱いたまま、小さく息を吸う。

肌に感じる風が少し違う。やわらかくて、懐かしい――まるで誰かの祈りに包まれているような、そんな気配がした。


村の広場に着くと、ひとりの女性が彼らを迎えた。

年の頃はアリアと同じくらい。黒髪を三つ編みにまとめ、落ち着いた眼差しをしていた。


「ようこそ、アルネリアの村へ」


静かに、けれど凛とした声だった。




彼女の名は、シエナ。

第七代聖女アルネリアの血を引く、末裔だという。


「伝承の多くは、もう口伝になっています。でも……私たちは忘れていません。あの方が、どんな最期を迎えたとしても」


シエナは火のそばに座り、淡々と語った。

焚き火の明かりがその瞳に宿ると、どこか遠い記憶が灯るようだった。


「裏切られても、信じてくれた人はいました。ほんのひと握り。でも……それで十分だったんです」


アリアは黙って、彼女の言葉を聞いていた。

手の中で、イリスが小さくぽよんと跳ねた。まるでその話に、何かを思い出すように。


「祈ることをやめなかった。それが私たちの誇りです」


その言葉に、アリアの中で何かが脈打った。

(あの時代に……私と同じように、祈り続けた人がいた)


想像しただけで、胸の奥が熱くなる。

孤独でも、誤解されても、それでも祈った彼女がいた。

なら、私も――。


「ありがとう。来て、よかった」


小さくそう告げたアリアの声に、シエナは微笑んだ。


「祈りは、形が違っても、同じ場所へと辿り着きますから」


焚き火の音が、やさしく響いた。




夜になった。

星が広がる空の下、アリアはひとり、村の裏手の丘に立っていた。


イリスが腕の中から抜け出し、ぴょんと跳ねて空を見上げる。


「……見てるの?」


イリスは返事をしない。ただ、じっと夜空を見上げていた。


アリアも隣に座り、肩を並べる。

しばらくすると、ふとした気まぐれのように、口が勝手に祈りの言葉を紡いでいた。


「……願わくば、遠き誰かに、心の灯が届きますように……」


その瞬間だった。

イリスの体が、淡く光を放った。


「……イリス?」


驚いて目を見開く。

けれど、イリスは騒がず、ただその光のまま静かに漂っていた。


まるで、祈りの言葉に応えるように。

まるで、その言葉を――覚えていたかのように。


アリアの胸が高鳴る。


懐かしいという感覚が、言葉もなく押し寄せてくる。


(いま、イリスは……“思い出してる”?)


目の前の光が、ゆっくりと淡くなっていく。

その中で、アリアは確かに感じていた。


ただの相棒でも、ただのスライムでもない。

もっと深い場所で、ずっと昔から、イリスと自分は――繋がっていた。


「……ねえ、イリス」


アリアが語りかけると、イリスはぽよんと跳ね、彼女の肩にのぼる。


その重みが、いつもよりほんの少し、心に近く感じられた。


「あなたは、どこから来たの?」


問いは、宙に漂ったまま返事はない。

でも、それでよかった。無理に聞くものでもない。


ただ、その隣にいることが、いまはなによりの答えだった。




翌朝。

イリスはまた夜空を見上げていた。


まだ朝日が昇りきらない時間。

星の残像が、淡く空ににじんでいる。


その光のなかに、イリスの小さな体が吸い込まれそうに溶け込んでいた。

そして、まるで懐かしむように、虹がかかった空を思い出すように――ゆっくりと揺れた。


アリアはその背中を見つめながら、そっと胸元の護符に触れた。


(祈りは、記憶を超えて届いている)


静かにそう思った。


そして、彼女の歩みはまた、ひとつ前へと踏み出していく。


ぽよん。


イリスが跳ねて、それに応えた。





――128話へ続く。


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