119話 東方の地へ - 記憶をたずさえて
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まだ夜明けには少し早い、薄青い空の下。 旅支度を整えたアリアは、小さな街のはずれに佇んでいた。
「……もう行くの?」
声をかけてきたのは、レオンの妻エマだった。 ふたりは偶然にもこの街で再会し、短い間だけど、宿を共にしていた。 行商の旅を続ける彼らとは、次にどこで会えるか分からない。
「うん。東の地に向かうって決めたから」
アリアは微笑む。 それでもその瞳の奥に、まだ揺らぎが残っていることを、エマは見逃さなかった。
「……アリア。あまり重く考えすぎないでね? 千里鏡もあるし、会いたくなったら、また呼び出して。私たち、どこにいても、返事くらいはするから」
「うん、わかってる。でも……」
アリアは少し言葉に詰まり、イリスの方を見る。
「ぽよん」
イリスは、心配そうに跳ねてアリアのローブのすそにくっついた。
「……やっぱり、こうやって目を見て話せる時間って、特別だから。名残惜しいの」
「……そうね」
エマがそっと手を握る。
「でも、あなたなら大丈夫。アリアの旅は、きっと誰かの心に火を灯していく。静かでも、あったかい火を」
「……うん。ありがとう、エマ」
*
出発の直前。 一同が集まった宿の前で、レオンが笑いながら手を振った。
「じゃあまたな、アリア。次に会うときは、もっと土産話を頼む」
「はい。次こそは、ゆっくりお茶でも」
「エリオット、あんまり気を張りすぎるなよ。アリアの隣には、ちゃんと信頼できる仲間がいる」
「……分かっています。気を張るなと言われても、張らずにいられないのが、僕なんですけどね」
エリオットは苦笑しながらも、アリアのすぐそばに立ち、守るように歩調を合わせていた。
その後ろを、ユリウスがひょこりと歩いてきて、イリスと並んで歩く。
「ところでアリア、東の方って、なんか美味しいものあるのかな」
「え? そこ?」
「だって長旅だし。ほら、食が楽しみって、それだけで元気出るでしょ」
「……うん。そうだね。期待しておく」
そしてイリスも「ぽよんぽよん」と2回跳ねる。イリスも美味しいものが食べたいみたい。
ユリウスの笑顔とイリスのワクワクした様子に、ふとアリアの頬も緩んだ。
*
街を離れる直前。 マコトがひとり、アリアに声をかけた。
「……ずいぶん、変わったな」
「え?」
「前は、誰かの後ろに立って、光を照らされるのを待ってた。今は──自分で灯りを持ってる」
アリアは、しばらく黙ってから、ぽつりと口を開いた。
「……私、自分が誰かの希望になれるなんて思ってなかった。でも、祈ってきた想いとか、重ねてきた記憶が……全部、つながってるって感じたんです」
マコトは、アリアの肩にそっと手を置いた。
「それで十分だ。もう、お前に教えることはない。あとは、信じた道を歩くだけだ」
「……はい」
その手は、あたたかかった。
*
空が少しずつ白み始める。 森の向こう、かつてキクが姿を消したという東方の地。
まだ見ぬ祈りの痕跡。 思い出のかけら。 そして、アリア自身の過去に続く道。
「行こう」
アリアが小さくつぶやいた瞬間──
「ぽよんっ!」
イリスが元気よく跳ね、アリアの前に飛び出す。
「先頭は任せるよ」
そう言うと、イリスは得意げに道を進みはじめた。
その背中を追って、アリアたちの影が朝日に伸びていく。
旅はまた、ひとつの節目を超えて。
彼女たちは、それぞれの記憶と、祈りと、希望を胸に抱えながら── 東方の地へと、歩き出した。
ーーー120話へ続く
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




