118話 サクラの記憶、そして血の記憶 - 白き祈りに宿るもの
*本文の後ろに簡単な系譜の説明を入れています。(レン、ラン、ケイ、アイ、シュウ、キキについて)
──静かな光に包まれた聖堂の中。
アリアのまぶたの裏に、柔らかな白が差し込んだ。
光に導かれるように、彼女の意識は、遠い記憶へと沈んでいく。
*
少女──サクラは、ひとり石畳に膝をつき、静かに祈っていた。
白き衣は風に揺れ、彼女の背には、声なき光が射していた。
その姿は、まるで春告げの白百合。
そっと差し出された祈りが、誰かの傷を癒すように、あたたかく、静かだった。
「……姉さまの祈りは、まるで春の風みたいだね」
弟のレンが呟く。少年の眼差しには、幼き日の敬愛があふれていた。
「私は癒せる力なんて持ってないよ、姉さまみたいには……」
けれど、妹のランはそっと微笑む。
「それでも、祈るんだよ。私たちの祈りが誰かを包むなら、それだけでいいって──姉さまが教えてくれたもの」
三人に宿る癒しの力は、同じではなかった。
だが、ちいさな祈りが誰かを温めることを、彼らは知っていた。
祈ることは、信じること。
癒せると信じて祈るその手が、誰かの涙をすくうのだと。
だが、穏やかな日々は、ある日突然に終わりを告げる。
──王宮から届いた、召命の書。
「あなたの祈りは、この国の民にとって、奇跡です」
そう告げたのは、アルトリウム王国の若き王──
いや、かつて名も告げぬまま、ただ一人の青年としてサクラを見つめていた、あの王子だった。
──あの眼差しは、王としてではなく、人としてのものだった。
「共に歩んではくれませんか」
震える声に宿っていたのは、決意と──ひとつまみの迷い。
けれどサクラは、ただ静かに微笑んだ。
「私は、祈ることしかできません。それでも、誰かの心が軽くなるのなら──それが、私の歩む道です」
告げられぬまま、彼女は家族のもとを去った。
政治のためでも、栄誉のためでもなく。
癒しを、祈りを、王国へ届けるために。
そして、旅路のなかで宿った命。
「……王子には伝えません。あの方には、あの方の運命がある」
選んだのは、ただ一人で娘を産み育てるという道。
伝えないという強さは、愛ゆえの祈りだった。
弟と妹に、サクラはそっと告げる。
「レン、ラン……どうか、幸せでいて」
それは、祈る者としての別れ──
そして母となる者としての始まりだった。
*
時は流れ、レンのもとに息子・桂樹、ランのもとには娘・アイリスが生まれた。
ふたりにはわずかに“癒しの力”が宿っていたが、その血がもたらしたのは安息ではなく、脅威だった。
“聖女サクラの血”を狙う者が、静かに動きはじめていた。
ふたりは生まれの記録を絶たれ、名を伏せ、教会の養護施設へ預けられた。
自身が何者なのかも知らぬまま、大人になっていく。
けれど、彼らの胸の奥には、決して消えないものがあった。
──白く柔らかな光のような、名もなき記憶。
それが、どこから届いたのか。
その答えを知る日は、まだ訪れていなかった。
*
──アリアは、深く息を吐いて目を開けた。
「……夢じゃ、ない。これは……祈りの記憶」
胸の奥が、確かに覚えていた。
若き日のサクラが、ただ人の心の痛みに寄り添い、祈り、愛したことを。
その愛が伝えられることなく、娘に、そして孫に、静かに受け継がれていたことを。
(おばあちゃん……あなたは、“特別”なんかじゃない。でも、祈ることを、諦めなかった)
そっと吹いた風が、アリアの頬を撫でた。
そのぬくもりは、まるで「わかってくれて、ありがとう」と囁くようだった。
*
ある夜、星のにじむ空の下──小さな教会の前。
月明かりの下で、ふたりの若者が立ち尽くしていた。
「なあ、アイ……最近、夢を見るんだ」
「夢……?」
「白い服の女の人が出てくる。すごく綺麗で、静かに笑ってて……でも、どこか寂しそうなんだ」
アイは目を見開いた。
「……私も。……同じ夢、見てる」
ふたりはまだ、自分たちが何者なのかを知らない。
けれどその“記憶”は、確かに同じ場所から届いていた。
それは、祈る者の系譜。
やがてケイとアイは、親となり、祈りを宿す子らをこの世に送り出す。
*
──そして時は巡り、次の世代へ。
シュウは、ある晩、不思議な夢で目を覚ました。
うっすらと、白い光。名前も知らない誰かの声。そして、心を撫でるような祈りの気配。
「……なんだ、これ……」
その頃、キキもまた、眠れぬ夜を過ごしていた。
彼女の夢の中には、光の輪郭のようなものが現れ、手を差し伸べてくる──でも、誰かはわからない。
胸の奥がざわめく。不安とも、安らぎともつかぬ感覚。
(……私、何を思い出そうとしてるの?)
ふたりはまだ、互いのことを知らない。
けれど、この夢が導く先で──彼らの祈りは、ひとつに重なっていく。
それは、血の記憶ではなく、“魂の祈り”が呼び合う物語のはじまりだった。
──119話へ続く。
レン→本名:蓮慈。
聖女サクラの弟。僅かながら癒しの力を持つ。
各地を巡り民を癒す神父だった。(故人)
ケイ→本名:桂樹。
聖女サクラの弟である蓮慈/レンの一人息子。
命を守るため出自を伏せられ教会の養護施設で育つ。アイとは同じ教会の養護施設出身。
シュウ→本名:柊真。
レンジの孫。桂樹のひとり息子。
ラン→本名:蘭子。
聖女サクラの妹。
僅かながら浄化の力を持つ。
教会のシスターであり、看護班として各地へ奉仕活動に出ていた。(故人)
アイ→本名:アイリス。聖女サクラの妹である蘭子/ランの一人娘。
命を守るため出自を伏せられ教会の養護施設で育つ。ケイとは同じ教会の養護施設出身。
キキ→本名:桔梗。
蘭子/ランの孫。アイリスのひとり娘。
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




