107話 マコトの一太刀 - 静寂を斬るもの
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アルトリウムの城門が遠ざかっていく。
小高い丘から王都を振り返ると、白い城壁が空に溶けそうなほど静かだった。
「サクラ様のこと、どうかお願いします」
アリアはアメリア王妃に向き直り、胸の前でそっと両手を合わせた。肩口にちょこんと乗ったイリスが、小さく「ぴょこん」と身を揺らす。王妃は微笑みながらうなずく。
「もちろん。何かあれば、千里鏡で知らせますね」
互いに持つ小さな鏡が、言葉を超えて通じる絆を感じさせた。
「必ず、戻ってきます。もっと強くなって」
その背で、イリスが「ぽよん」と跳ねる。鮮やかな虹色の体を揺らしながら、まるでその言葉にうなずいているかのように。
「じゃあ、行ってきます」
アリアの呼びかけに応じ、マコト、エリオット、ユリウスの三人が静かにうなずいた。
一行は、王都アルトリウムをあとにした。
*
「ここが……地図にあった小さな村?」
ユリウスが呟いた。
手にした地図をくるりと回して首をかしげる。
「合ってる、と思うんだけど……」
「地図を上下逆に見てたら、意味ないじゃん」
エリオットが肩越しに冷たく言うと、
ユリウスは
「いや、ちゃんと見てたし」
と小声で言い返す。
目の前には、山間に寄り添うように広がる数十軒ほどの集落。煙が上がる家もあれば、瓦が崩れたままの小屋もある。
「誰か、いる?」
アリアが辺りを見回したそのとき——。
「た、助けてくれぇえええ!」
悲鳴とともに、崩れかけた納屋の奥から男が飛び出してきた。後ろから、唸り声とともに黒い影が数体、地を這うように迫ってくる。
「魔物!」
エリオットが杖を構えた。
「イリス、お願いっ!」
アリアが叫び、イリスが魔法陣を展開しようとする——が、それよりも早く、ひときわ静かな影が前へ出た。
マコトだった。
誰よりも速く、そして音もなく駆ける。袴のすそが風に揺れた瞬間、彼の手にあったのは、一振りの刃。
「……っ!」
アリアが息を呑むよりも早く、その刀が振り下ろされた。
音は、しなかった。ただ、風が抜けた。まるで何も起こらなかったかのように。
だが次の瞬間、襲いかかっていた魔物たちの身体が——ふたつ、三つと静かに崩れ落ちた。
「……一撃……?」
村人の男が目を見開いた。彼を襲っていた魔物たちは、全て絶命していた。
「大丈夫ですか?」
ユリウスがすぐに駆け寄り、男の身体に外傷がないかを手早く調べる。
「お、おお……命拾いした……。あんたたち、一体……」
「通りすがりの、旅の者です」
アリアが言うと、ユリウスも柔らかく笑って肩をすくめた。
「ついでに、ちょっと腕の立つ護衛つきでね」
村人は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……。妻と子が、家に……。助けていただいた命、大事にします」
「他に魔物は?」
エリオットが尋ねる。
「……多分、もういません。でも……時々、ああいうのが来るんです。この山には、前に大きな魔の巣があって……」
「なるほど、残党がまだいるってことね」
エリオットが頷く。
マコトは刀を静かに納めると、ひとつうなずいて、アリアのもとへ戻った。
「師匠……」
アリアが声をかけると、マコトはわずかに目を細めるだけで、何も言わなかった。
だが、それで十分だった。言葉ではない、確かなものがそこにあった。
*
その後、一行は村の中に招かれ、簡単な食事をふるまわれた。
囲炉裏のある小屋で、湯気の立つ粥を食べながら、村の子どもたちがイリスを追いかけ回している。
「びよん!」
「わあ、跳ねたー!」
イリスは楽しそうに体を伸ばしたり、丸くなったりしている。子どもたちの笑い声が、久しぶりに村に響いていた。
「……ずっと泣いてたのに、もう笑ってる。イリスって、癒やしスライムだな」
ユリウスがぽつりと呟くと、アリアは笑いながらうなずいた。
「でしょ? 私、イリスに何度も助けられてるの」
「うん、なんか分かる気がする。こいつ見てると、つい笑っちゃうからなぁ」
ユリウスがイリスの上にそっと指をのせると、「ぷよん」と柔らかく反応した。
アリアはふと、マコトの方を見た。
彼は一歩引いた場所で、静かに茶を啜っていた。
「師匠、さっきの……すごかったです」
「……」
「前に、剣は守るためにあるって……言ってましたよね」
マコトは、わずかに頷いた。
「今日、師匠が斬ったのは、魔物。でも、あの人たちの恐怖とか、大切なものを護ったって……ちゃんと、伝わってると思います」
静かなまま、マコトは少しだけ目を伏せる。そして、ぽつりと呟いた。
「……斬らずに済むなら、それが一番いい」
アリアは、その言葉に目を見張った。
「でも、守るためには……私も、覚悟しなきゃいけないんですね」
「……剣や杖を持つということは、そういうことだ」
それは、どこまでも静かで、どこまでも重い言葉だった。
けれどその静けさは、剣の冷たさではなく——人の温もりのようにも思えた。
ユリウスが焚火越しに、ぽつりとつぶやいた。
「……斬ったのは魔物だけどさ、俺たちも多分、何か斬られてんのかもな」
「え?」
アリアが顔を向ける。
「……言葉じゃない、空気とか、覚悟とか。なんか、胸がスッとして、痛くなるっていうか……そういうの」
アリアは少し驚いた顔をしたあと、ふっと優しく笑った。
「……それ、わかる気がします」
*
その夜、村の人々が作ってくれた小さな焚火のそばで、一行は輪になって休んでいた。
イリスがアリアの膝に乗り、ぽよんと心地よく揺れる。マコトは少し離れた場所で月を見ていた。
「……師匠」
アリアがそっと声をかける。
「いつか、私も。誰かのために、迷わず杖を振れるように……なれるでしょうか」
マコトは、夜空を見上げたまま、ゆっくりと返した。
「……もう、なってる」
アリアは、ぽかんとした顔のまま、数秒黙って——そして小さく笑った。
「ふふ、ありがとうございます」
焚火の火が、優しく揺れた。
その光の向こうで、村の小屋の灯りがぽつり、ぽつりとともっていた。
命を救われた家族の、その夜の安らぎが——剣の静かな輝きとともに、そっと見守られていた。
ーーー108話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




