101話 新たな旅路へ - 過去と真実を探して
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春の陽が、石畳に穏やかな影を落としている。
旅の支度を整えたアリアは、王城のバルコニーから城下町を見つめていた。
人々のざわめきが風に乗って届く。その何気ない日常の音が、どこか遠く感じられる。
「…平和って、こんなふうに、静かなんだね」
彼女の肩の上で、虹色のスライム――イリスが、ぽよんと軽く跳ねた。
ぷに、と柔らかい体を頬に押し当ててくる。まるで、「だいじょうぶ」と言ってくれているかのように。
「ありがとう、イリス。これからの旅、よろしくね」
イリスは、びよんと高く跳ねて応える。アリアは小さく笑った。
背後で気配がして、振り返ると、ユリウスとマコトが現れた。二人とも、すでに旅装束に着替えている。
マコトはいつもの無口な表情で、剣を静かに背負っていた。
「準備、整ったみたいだね」
ユリウスが言う。どこか緊張した面持ちだったが、瞳には決意が宿っていた。
「ありがとう、ユリウス。師匠も…」
「礼は要らん」
マコトがぼそりと低く応える。
「…やるべきことを、やるだけだ」
その言葉に、アリアは目を細めた。今の自分には、その無骨な言葉が何より頼もしく感じられる。
*
ウィステリア王国に、ようやく訪れた静けさ。
それは決して永遠ではないことを、彼女たちは知っている。
王城の正門では、王と王妃――アリアの祖父母が見送りに立っていた。
歳を重ねたその瞳には、かつての若き王と妃とは異なる深い慈しみがあった。
「アリア。…そなたの選ぶ道が、またこの国の未来に光をもたらしてくれることを、願っておる」
王は、まっすぐに彼女を見つめて言った。
「あなたのお母様が生きていれば…と、何度思ったかしれません。でも、今こうしてあなたがいる。それだけで、わたしたちにとっては大きな喜びです」
王妃の言葉に、アリアは胸が熱くなった。
「…ありがとうございます。母が残した想いを、ちゃんと受け継げるように、自分の足で歩いてきます」
アリアは深く頭を下げた。王も王妃も、無言で頷いた。
一歩、馬車のほうへ向かうと、やたら大きな荷物と格闘するエリオットの姿が目に入る。
「ねぇ、なんでボクが荷物係!? 魔術師は体力より知力を使ってナンボでしょう?」
マコトが無言で背後から荷物を持ち上げ、積み直す。
「……助かった」
とだけ、ぼそり。
「……ボク、魔術師である前に苦労人だよね…」
エリオットの肩が、しょんぼりと沈む。
アリアはそんな光景に小さく笑った。
「……こういうの、悪くないかも」
*
街道を進む馬車の中、アリアは胸元のペンダントを指先でなぞっていた。
そこには、父・オーウェンが残した研究日記のデータが収められている。彼が命を懸けて遺してくれたもの。そこには、こう書かれていた。
――初代聖女キクも、異世界からの転移者だった可能性がある。
「…もし本当にそうなら、わたしがここにいる意味も、きっとただの偶然じゃない」
アリアは呟いた。
現代日本では、雑誌の編集者として慌ただしい日々を送りながら、週末だけ占い師として人の悩みに寄り添っていた。
人を導くのが好きだった。でも、それは誰かに“本当の自分”を隠して生きていた証でもあった。
だからこそ、思う。
「わたしは、もう逃げない。この世界に来た理由、前前世のこと、聖女としての“役目”。全部知りたい。知って、選びたい」
ユリウスが隣で静かに言った。
「その答えを、もしキク様が残していたとすれば…それは、アリアに託されたってことだな」
「うん。……だからこそ、この旅で確かめるの。過去を、そして未来を」
マコトが馬車の前方で聞いていたのか、短く言う。
「…過去を知り、闇を祓え。聖女の道、それしかない」
彼の言葉は、鋭く、でもどこか優しかった。
*
アリアの隣で、イリスがぴょこぴょこと跳ねる。
「ぽよん」
跳ねるたびに、虹色の光が揺れる。
「うん、イリスも一緒にね。怨念の残る地、闇の溜まった場所、そこを浄化していこう。少しずつでも、希望を灯していくために」
どこかで、初代聖女キクも、同じように歩いた道なのかもしれない。
転移者として、異なる世界に身を置きながら、それでも人のために祈り、戦った彼女の記録を、アリアは辿ろうとしている。
それは、自分自身の根を見つける旅。
そして、未来を紡ぐ旅だ。
「さあ、行こう。きっと、世界はまだ知らないことだらけなんだから」
その声に、風がふわりと応えた。
イリスがぴょんと跳ねる。
ユリウスが微笑んだ。
マコトは静かに前を向く。
新たな旅が、今、始まった。
ーーー102話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




