97話 最終決戦(中編) - 選び取る、わたしの在り方
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魔力の奔流が去ったあと、世界が一瞬、凍りついたように静まり返った。
戦場のざわめきも、仲間の叫びも、遠い。
アリアはその中心で、一人立ち尽くしていた。
――カン、と何かが弾けたような音がして。
まるで呼び水のように、そこに“声”が満ちる。
『……あなたは、まだ迷っているのですね』
柔らかく、それでいて芯のある声。
アリアが顔を上げると、淡い金の光が空間に漂い、やがてひとりの女性の姿を結ぶ。
光をまとった白銀の髪。目元に揺れる紅の印。
精緻な意匠が施された装束は、どこか東の国を思わせる趣で――しかし、この世界のどこにも属していない異質さがあった。
「あなたは……?」
『わたしの名は菊子。太陽国・第二皇女。……そして、この地に召された“初代聖女”キク』
アリアの目が見開かれた。
「太陽国……? まさか……」
『あなたの曽祖母にあたります。もっとも、“魂の記憶”という言い方の方が近いかもしれませんね』
キクは微笑む。けれど、その微笑みに浮かぶ影は薄くない。
『わたしは元の国で“斎の役目”を背負い生まれました。祭祀のために選ばれ、王家の一柱として祈る存在。心を捨て、身体を捧げ、“依り代”として生きる宿命を受け入れていた』
『けれど、目覚めたらここにいた。この異世界に。そこで人々は、わたしを“聖女”と呼びました』
アリアは、胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚にとらわれた。
「……それって、運命みたいなもの、だったんですか……?」
『運命だったのでしょう。あるいは、逃れられなかっただけ。血が、魂が、役目を呼ぶのでしょうね。だからあなたにも……“聖女”という名前が降りてきた』
キクは一歩、アリアに歩み寄る。
『この世界で、わたしは祈りました。癒し、導き、命を贄にしてでも秩序を守った。
そのすべてが、必要だったと信じたから。』
『でも、ふと気づくのです。――わたしは、“わたし”を知らないまま死ぬのだと』
声に、ひびが入る。
『好きな人の手を取ることもできず、子を産みながらも育てることも、母になることも許されなかった。
魂だけが残り、この地に“祈りの名残”として留まっている。まるで……風の中に溶けた花の香りのように』
アリアの手が、無意識に胸元をぎゅっと握りしめていた。
聖女は、人ではなくなるのだ――そう思った。
「……私も、同じになるんでしょうか」
『いいえ。違うから、あなたに語りかけているのです』
キクの声が、少し強くなった。
『あなたは、私とは違う選び方をしている。
誰かと笑い合い、泣きながら立ち上がり、大切な人たちと並んで生きている。
“聖女”の名の下に、誰も踏みにじらないと、そう決めて進んできたでしょう?』
アリアの喉が詰まる。
その姿を、キクはやさしく、しかし確かに見つめていた。
『あなたが私と違う道を選んでくれることが、救いなのです。
わたしの痛みを、記憶のまま終わらせないでほしい。
“聖女とは、こうあるべき”ではなく、“あなたが聖女であるなら、こうある”という姿を、示して』
アリアは、ふるふると首を振ったあと、ゆっくりとうなずいた。
「わたしは、誰かの願いを叶えるだけの存在じゃない。誰かの手を取って、共に生きる未来を選びたい。“聖女”であることが、“ひとり”であることの代名詞にならないように……」
目の奥から、熱いものが込み上げる。
それは悲しみでも、同情でもなかった。
「誓い」だった。
キクの光が、少しだけ柔らかくなる。
『それでこそ、アリア』
『あなたに、この世界を託します。――どうか、生きて』
言葉が終わると同時に、キクの姿は光とともにほどけていった。
まるで、長い冬が終わり、雪が解けるように。
そしてアリアの足元に、風が吹き抜ける。
戦場が、再び息を吹き返す。
仲間たちの気配、剣のぶつかり合う音、魔法のきらめき――それらが一気に押し寄せてきた。
「……行こう」
アリアは立ち上がる。
“私”として。
そして、“聖女”として。
選び取った、私だけの在り方で。
ーーー98話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




