288.不安と不穏
本来、宿屋から村の門の辺りは見えない。
平地だけれど、多少の距離があることと、その間に大小の木々や家屋がまばらに点在しているために、村の外の平原のように見通しがいいわけではないのだ。
が、そこは右目を使えば、距離があっても視認することができるし、遠見のスキルもどきの能力もある。
方角さえわかっていれば、目を凝らすだけで、その場所で何が起きているかが見て取れた。
(閉ざされた門の前に、武器を持った人たちが集まっているわね……)
武器として使う意思を持って鍬や鋤をかついだ村人と、純粋な戦闘要員である傭兵団の人々だった。
昨日の宴会で見た人狼族の人たちが、何かを大声で叫びながら指示しているけれど、何を言っているのかまではわからない。
残念ながら、わたしの能力は「見る」ことしかできなくて、音声までは拾えないのだ。
これが、あくまでも眼球であるという所以である。
(あまり、いい状況ではなさそうね)
わたしが戦闘職の冒険者なら、ここで武器を取って、場合によっては加勢するつもりで状況を調べに行くのだろう。
でも、わたしは役立たずの回復役なので、とっさに何をするべきかわからない。
現場に駆けつける? ──危険だ。
逃げる? ──仲間と村人たちを見捨てて、どこへ行くというのだ。安全な場所がどこかも、わからないというのに。
治癒魔法が必要? ──わからない。この村の人たちは、魔法に頼る習慣がない。必要とされるにしても、もっと後だろう。
リオンやクロスがいれば、彼らの動向に合わせて、どう行動すればいいか指針を立てることができただろうに。残念ながら、不在である。
そう思った瞬間、勢いよく扉がノックされた。ノックというより、もはや扉を叩き壊さんばかりの勢いだったけれど。
「アリア! いるか!」
レッドだった。
「ええ」どうぞ、と返事をする間もなく扉が開いて、レッドが飛び込んできた。
濡れた髪から滴が滴っている。
「どうしたの?」
「村の外に、魔物の群れが集まってる」
ぼたりと落ちた水の雫が、床に染みを作った。
レッドは、リオンとクロスと一緒に川縁の水浴び小屋に行ったのだ。
水浴びをして、ついでに川で魚を捕ったり潜ったりして遊んでいたら、そこで魔物の群れが村に向かってきているという知らせを受けたらしい。
「今、連絡役の村人が知らせに走り回ってる。もうすぐここにも来るはずだぜ」
どうりで、村の男たちが門の前に集結するはずである。
レッドは、途中で連絡役の村人を追い越してきたそうだ。
獣人族には、もとから脚力のある者が多い。
種族特性でもあるけれど、その中でも連絡役になろうという者は、特に脚の速さを誇っているはずなのだ。それを追い抜かすとは、レッドもなかなかやるものである。
わたしはレッドの濡れた髪を見て、どれだけ急いていたのだろうかと、驚きと感謝の念を抱きつつ、濡れた髪に乾燥の魔法を掛けてあげた。
サンキュ、とレッドが照れ臭そうに短く答える。
「そんなに拙い状況なの?」
頭も拭かずに、駆け戻ってくるほど。
「あ、いや、わかんねー」
「何よそれ」
「触りだけ聞いて、すぐ飛び出してきたから……」
リオンとクロスを置いて、自分だけ急いで戻ってきたという。
レッドが水浴び小屋を出たとき、二人はまだ、知らせを持って来た村人と話し合っている最中だった。
「つまり詳細はわからない、ということね」
シーフというジョブは、いち早くそういう情報を調べることが仕事だと思っていたのだけれど。
「仕方ねーだろ! アリアのことが心配で……って、あっ……その、ほら、オレはアリアの従者であり護衛なんだから、心配するのは当然っていうか」
レッドが急にしどろもどろになった。
「うん。ありがとうね」
「あ、ああ……」
なんだか、妙に歯切れの悪いレッドだった。
気持ちは嬉しい。
でもそれは、見方によっては、一人で真っ先に逃げ出したようには見えなかっただろうか。
仮にも冒険者でありながら“何もしない”“関わらない”と宣言したように思われなかっただろうか。
(──というよりも、今はリオンたちとパーティーを組んでいるいるわけで)
あまり、勝手な行動はしないほうがいいのではないだろうか。
「リオンにちゃんと断ってきた?」
言ってないだろうな、と思いつつもレッドに尋ねる。
奴隷というのは、基本的に言われたことをやるだけだ。
どれだけ従者として扱ったとしても、一人の冒険者として、パーティーのメンバーとしての自覚を持つには時間がかかる。
長年一緒にやってきて、気心の知れた仲間同士ならいざ知らず、わたしたちは組んでから日が浅い。
しかも、ギルドで申請した正式なパーティーではない。即席もいいところだ。
冒険者カードの機能を使って、ギルドでも一つのパーティーとして認められる組み方はしているけれど、いつ、リーダーの意向によって解散──追い出されるか、わからない。
わたしとレッドは、決して彼らと対等ではない。
対等ならば、急な解散にも文句を言うことができる。
けれど、助けてもらった上に、レベル差があることを承知でパーティーを組んで、同行してくれているのだ。
中級冒険者の彼らが、私たちとパーティーを組んだところで、メリットはない。護衛同然の立場になることを承知で、自分たちのパーティーに入れてくれたのだ。
たまたま、行き先が彼らの興味を引いたから、という程度の些細な理由で。
わたしが治癒魔法の使い手であるからだとしても、それだけでパーティーを組むほどの価値はない。
(属性魔法が使えて、攻撃の要になれるのならともかく……)
攻守の両面に秀でた魔法使いなら、すでにクロスという天才がいる。
もともと彼らは二人パーティーとして行動していたのだから、戦力に不足はなかったのだ。
完全に私たちが“おまけ”の“お荷物”なのはわかりきっている。
そんな状況で、目に余るような単独行動を繰り返せば、やっぱり解散……ということにも、なりかねなかった。
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