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【不遇令嬢はエルフになりたい】〜介護要員として辺境の祖父の屋敷で働くよう命じられたが、ざまぁする間もなく実家が没落した件〜  作者: 一富士 眞冬
第2章

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287.装身魔法と寄宿学校の記憶

 お風呂から上がって部屋でくつろいでいると、なんだか外が騒がしいことに気がついた。

 わたしは魔法で髪を整えつつ、窓から外の様子を見た。


 *


 魔法を使えば、洗い髪を乾かすことも整えることも、簡単にできる。

 生活魔法の中では、わりと上級の魔法だけれど、使いこなしている人は多い。

 上級と言っても、属性魔法よりは魔力消費量は少ないのだ。


 こうした身繕(みづくろ)いに使う魔法だけは、寄宿学校の中にいても学ぶことができた。

 生活魔法ならば、平民でも使える。使用人を雇えない家の者ならば、最低限の生活魔法を習得してから入学するものだった。

 装身魔法は、貴族令息・令嬢付きの使用人ならば習得していても不思議はない。


 フォーマルな場でも過不足のない装いをするための、ドレスアップの魔法──髪を結ったり、メイクが落ちないように加工したり、爪を整えて色をつけたり──身綺麗に装うための小さな装身魔法は、学校内でも人気だった。

(人によって得意不得意があるから、色のレパートリーや発色の()ち時間なんかは違うけれど)

 友人同士で髪色を変える魔法を掛け合ったり、装身魔法が得意な子に頼んで、複雑な髪型に結い上げてもらったりするのは、学内のちょっとした遊びだった。


 女子生徒は総じてそんな感じだったけれど、男子生徒も似たようなもので、魔法を使って髪を(いじ)るのは基本であり、装身魔法を使えば裁縫不要で制服を改造できるとあって、流行りに乗って丈を詰めたり伸ばしたりと、色々やっていたようだった。


 でも、結局はそこまでなのだ。

 学校や寄宿舎を抜け出すために、別人に変装する──できる者などいなかった。

 変装(・・)の域まで装身魔法を駆使できる者が、いなかったのだ。

 装身魔法で変装に近いことをやったところで、それを維持することができない。


 髪の長さや色、顔立ち、瞳の色、背格好──そのうちのどれか一つだけでも、校舎を出るまで維持できないでいた。

(その程度の魔法だから、教師も寮監も、別人に変装して学校を抜け出している生徒がいるなんて、誰も考えなかったのだろうけれど……)

 たとえ、夜会に出られるほど豪華な盛り髪を作れたとしても、それを保ったままパーティーに出ることも、崩さずに踊ることもできない者ばかりなのだ。

 構築した魔法を定着させる技量も、維持するための魔力も、圧倒的に足りなかった。


 だからこそ、貴族家の子女はリリアーナ貴族学院ではなく、ローランド寄宿学校に入れられているのであり、平民の子女は多少の無理をしてでも、魔法以外の勉学を修めようとする。


 貴族ならば、いざという時には領地や領民を守って戦えるだけの魔力がなければ、跡取りとは認められない。

 たとえ従軍することがなくても、遜色なく戦える程度の属性魔法が使えない限り、跡取りのスペア(・・・)にさえなれない。

 それ以外の、魔法とは関係のない事柄で自分の価値と才能を示すしかないのだ。

 だから、貴族社会では二流校として密かに馬鹿にされていたとしても、ローランド寄宿学校で、魔法以外の知識を学ぶしかないのだ。


 平民は、魔力が多い者はアレスニーア魔法学術研究都市へ赴き、いい仕事を見つけることができる。

 しかし、そうではない者──生活魔法しか使えない者は、魔法がなくても務まる仕事を探すか、なんらかの職人の徒弟となって、何年も研鑽(けんさん)を積むしかない。

 皿洗い一つとっても、それ用の生活魔法を使える者とそうでない者では、こなせる数に倍以上の違いがある。そのため、給金にも大きな差が生まれるのだ。

 属性魔法が使える者とそうでない者については、比べるまでもない。

 だから、商家の子女は家を継ぐために勉強をするし、商談で少しでも有利になる知識や人脈を持ち帰ろうとする。


 それ以外の平民も、名前の通った学校──貴族様も通っている有名校──を卒業することで、将来の展望を明るくするべく躍起になっている。

 どこそこの貴族様と御学友、あるいは同窓生だったという肩書きがあるだけで、門戸が広がるのだ。

 ただの平民は、どんなに才能があっても門前払いされるところを、学校名や卒業生との先輩後輩との縁で、試験採用くらいはしてもらえるようになる。

 縁談のための釣り書きにも、有利な条件として記載できる。

 名のある学校を出るというのは、そういうことだ。


 ──ただし、わたしの場合はどれだけ優秀な成績を取ったところで、何の意味もなかったけれど。


 好成績をおさめて就職先や進学先を決めたところで、絶対にイーリースお継母(かあ)様からの邪魔が入ることはわかっていた。

 学業よりも、まずはお継母様に殺されないようにすることが先決だった。


 いずれ生家とは縁を切り、お継母様の影響の及ばないところで、ひっそりと生きるつもりでいたのだ。

 できるなら、途中でわたし(アリア)は死亡したと思われるように、偽装できれば最高だった。

 そのためには、冒険者になるのが手っ取り早い。

 出自と、亜人種(ハーフエルフ)のような見た目を問われない職は、冒険者しかなかった。


 別の道があったとしても、お継母様からの妨害が入れば、きっと周りの人に迷惑をかけてしまう。

 その点、冒険者なら何かあっても自衛できる人が多いだろうし、一人で活動──ひたすら採取と調合と納品を繰り返す──という選択肢もある。

 豊かではないだろうけれど、生きてゆくことはできる。

 生活が苦しい平民なんて、吐いて捨てるほどいるのだ。似たような生活水準でいながら、満足せずに文句を言っていては罰が当たる。

(それに冒険者なら、死を偽装することも容易いし)

 常に危険と隣り合わせであり、他の職業よりも命の価値が軽いのが冒険者だ。


 自分の名前くらいしか読み書きができない者でも、冒険者になることができる。

 つまりは学校の成績なんて意味がない。むしろ、学校に行けないような者こそが冒険者になる。

 学ぶことは好きだったけれど、時間的に両立することは難しかったために、わたしは学校の授業で好成績を収めることは早々に諦めた。空き時間は、採取と魔法薬の調合に()てた。

 どうせ贔屓にされている生徒だけが高得点を取るような授業など、真面目に受けるだけ無駄である──と。


 将来、役に立たないことが分かり切っている礼儀作法の授業を受けるよりは、少しでも魔法の勉強をしていたかった。

 今は属性魔法が使えないけれど、いつか使えるようになるかもれない。

 いつか、というその瞬間に備えておきたい。

 それまでは、代替になる無属性魔法を一つでも多く探して身につけておく必要があった。


 座学や筆記試験はともかく、ダンスや礼儀作法のような実技科目は、教師の機嫌と主観で点数がつけられるのだ。

 教師に気に入られている上流階級の生徒は、ダンスでステップを一つ二つ間違えたところで減点されることはないけれど、わたしのような中途半端な身分の落ちこぼれが同じミスをすれば、クラス中の晒し者にされた揚げ句に減点される。

 そういうものなのだ。


 *


 窓を開いて、乾いた髪を風になびかせながら身を乗り出すと、(くわ)(すき)をかついだ村人たちが門の方角へ走って行くのが見えた。

(──何かしら?)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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