279.治癒魔法は雄弁に語る㉛快癒と誤解
「おっ、痛みが消えてるぞ!?」
一方で、一瞬きょとんとしていたものの、マルコ君とおじいさんは地道に検証を始めていた。
「じいちゃん、立てそう?」
痛みが消えたことで、立ち上がって歩くことを試そうとするおじいさんに、マルコ君のお父さんが手を貸そうとする。
「大丈夫だって」
その手を断り、しっかりと自分の力で立つおじいさん。
「すごいな……」
思わず素のつぶやきが漏れたようだった。
その姿は、さっきまで息子に背に負われていた老人とは思えない。
傍目にも、驚くほどしゃきっと背筋が伸びて、十歳くらい若返ったように見えた。
本人は、大きく伸びをしたり前屈をしたり、その場で足踏みやジャンプをしたりして、慎重に身体の動きを確かめている。
「どうですか?」
「ああ、両脚とも全く問題ないよ。ついでに持病の腰痛も治った。それより、急に食欲がわいてきたな」
おじいさんは、顔を上げ鼻をひくつかせ、空気中に満ちる焼肉の匂いを嬉しそうに嗅ぎ取っていた。
「嬢ちゃん──いや、魔法使いの先生よ」
「“先生”はやめてください」
今度こそ、わたしは慌てて被せ気味に否定した。
「お嬢ちゃんで全然構いませんよ」
「なら、アリア嬢ちゃんよ」
「はい」
「ありがとうな」
改まった雰囲気でこちらに向き直ったおじいさんから、真剣な顔をして握手を求められた。
その手には、テルミさんと同じような力強さと温度があった。
「いえ、たいしたことは……」
面と向かって治癒魔法にお礼を言われたことなどなかったから、上手く返すことができない。ごにょごにょ言って誤魔化した。
だって、本当にたいしたことはしていない。
討伐依頼を受けたパーティーに同行させてもらったときと違って、戦闘中ではないのだ。
治療対象が動かずにじっとしていてくれるから、魔法を外すことは起こり得ないし、ダンジョンで会った誰よりも軽症である。後遺症だけなら、怪我のうちにも入らない。
何より、戦闘中と違って敵味方の攻撃の合間を縫う必要がない。
タイミングを外してしまい、罵倒されることもないのだ。変な萎縮をしなくて済む分、少ない労力で的確に魔法を作用させられる。
「いいや。さすが、族長らが一目置くだけある。君は自信を持ちなさい」
「ええと……」
肯定するべきなのか、否定するべきなのか、よくわからなくなってきた。
「それと、孫が無理を言ってすまなかったな」
「あ、いえ……」
わたしのほうも、最初から話題を逸らすために提案するつもりでいた余興だから、それほど無理を言われた感覚はない。
「これでもう、孫に心配をかけなくて済むよ。こう見えて、マルコに泣かれるのが一番堪えるからな」
「じいちゃん!」
それは言ってくれるな、とマルコ君が狼狽えながら抗議している。微笑ましい。
「まさかとは思っていたが、これほどとは……」
マルコ君のお父さんは、支えようと伸ばした手が宙ぶらりんになり、驚いている。彼の介助は全く必要なかったのである。
「おい、マルコ」
「なあに、父ちゃん」
「お前、対価に何を差し出した?」
「えっ、何もないよう!?」
「嘘を言うな!」
「いたたたたたたっ……! 父ちゃん耳引っ張らないでようっ」
マルコ君のお父さんが、息子の獣耳をつかんで白状しろと迫っている。
「こんな完璧な治癒魔法が、無料の余興のはずがないだろうっ!」
「でもお……」
マルコ君が、救いを求めるようにこちらを見た。
「本当です。対価は、ご馳走をたくさんいただいたので、それでいいです」
「お嬢さん、うちの息子が何を約束したかわかりませんが、勘弁してやってください。何か代わりになるものを俺たちのほうで用意させてもらいますんで」
なんかこれ、わたしが法外な金銭を要求する悪徳治癒術者だと思われている……?
「あ、いえ……本当に、余興の一環なので……」
言っても信じてもらえないかもしれないけれど、一応弁解してみる。
「これ、その言い草はアリア嬢ちゃんにも失礼だろうが。少しは息子の言い分を聞いてやれ」
姿勢良く立って話を聞いていたおじいさんが、割って入ってマルコ父を諫める。
「だって親父! 俺がエルフ村の治癒術者に掛け合ったときには、片脚の治療で馬一頭を要求されたんだぞ! 両脚に加え、腰痛まで治るような魔法を使わせて、それで無料だなんて調子のいい話があるものかよ!」
「……」
エルフ族の人たちは、どれだけ足元を見たぼったくり価格を設定しているのだろう。返す言葉がなかった。
半分(本当は四分の一)とはいえ、エルフの血を持つ者として、申し訳ない気持ちがした。
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