277.治癒魔法は雄弁に語る㉙余興であれ
「どっちも治療はしとらんよ。十中八九、治らないだろうにヒト族に払う金なぞねえ」
「じいちゃんってば、またそんなこと言って……! 右膝だけでも治してもらったら、また歩けるようになるかもしれないだろ!!」
半ば諦めた口ぶりのおじいさんに、マルコ君が食ってかかる。
「右膝は別に折れたわけじゃねえんだ。痛み止めの薬草を貼って、休んでいればそのうち治る」
「そう言って何か月経つんだよ……! じいちゃん、ずっと真っ直ぐ立てないままじゃないか! 外にだって出られないし……!」
「えーと……」
おじいさんとマルコ君の口論が始まってしまったので、わたしはまた「お金は貰えない」ことと、その理由を説明する羽目になった。
「これから、ダンジョンでノアさんとジャックさんに掛けたのと同じ魔法を、マルコ君のおじいさんに掛けてみます。成功しなくても、これは“ダンジョンでの冒険譚を実演する”という余興の一環なので、お代はいただきません」
わざとらしく、棒読みで興行の司会のように宣言する。
そう、これは余興なのである。
ミラノちゃんとティアナちゃんが、余興であることを強調するように、パラパラと拍手をして続行を促した。
この二人は、わかっていて“わざとらしい余興らしさ”を演出するために一役買ってくれている。空気を読める、いい子たちだった。
(右膝は痛みが出ているようだから、間違いなく魔法が効くでしょうね。左脚は……)
右目で簡易的な鑑定をしたところ、おじいさんの左脚は、治っているとも言えるし、治っていないとも言える、微妙な結果だった。
折れた部分はつながっているのだから、治っていると言えば言える。
が、後遺症が出ているのなら、完全に治っているとは言い切れない。
恩寵の右目の限界と言うか──わたしに治癒術者としての知識がないため、詳細な鑑定結果は得られないのだ。
(とりあえず治癒魔法を掛けてみましょう)
繰り返し治癒魔法を掛け、大量の魔力を浴びせ続ければ魔素中毒になるけれど、効果がないということは対象に魔力が作用していない──身体に魔力を取り込めていないということだから、副作用が出ることはない。
効果の有無がわからなければ、一度、試しに掛けてみよう。
それが現代魔法使いの基本スタンスなのである。
治癒魔法だけでなく、戦闘中に使われる属性魔法も同様である。
有効な攻撃属性がわからない場合、効きそうな魔法を片っ端から試すことになる。
属性魔法が使えないわたしには関係のない話だったけれど、いつか使えるようになったその日のために、戦闘中の魔法については何度も調べた。
(無駄なことをしていたわよね……)
結局、属性魔法──攻撃魔法は使えるようにはならなかったのだから。
そもそも人間の魔力には限界があるため、実際に“とりあえず試す”方式を採用している魔法使いは少ない。
というよりも、普通の魔法使いは魔力の無駄を極力嫌う。
多くの患者を治療しなければならない治癒術者など、駄目もとで試すというやり方では、魔力がいくらあっても足りなくなる。
そのため、本職の治癒術者には高度な鑑定スキルや、診察・診断のための専門知識が必要になるのだ。
最適な種類の魔法を、的確な威力で行使することが求められる。
しかし冒険者の場合、治癒魔法での治療の多くは戦闘中である。
敵と直接に切り結ぶ前衛の後ろ姿を見て、大雑把な判断をするしかないのだ。
詳細な診断は必要ない。
複数箇所の傷をまとめて治せるように、規模と威力がものを言うのだ。
(確か、大艦巨砲主義……というのだったかしら?)
ちょっと違う気もする。あれは魔法戦艦に関する用語の一つだったはずだ。
だから他の冒険者たちは、わたしが治癒魔法を濫発することを嫌うのだ。
たとえ、わたしの魔力が無尽蔵だったとしても、多くの冒険者はその事実を知らない。
説明したところで、耳を傾けてもらえるとも思えなかった。
理解してもらえるまで、懇切丁寧に説明する気力もない。
説明したところで、どうせ理解してもらえないのだ。
荒唐無稽すぎて“理解できない”のではなく、最初から“理解する気がない”のだから、説明するだけ無駄である。
瀕死のドラゴンさえ治せそうなほどの魔力量だなんて、誰も信じるはずがない。
(“瀕死のドラゴン”云々というのも、完全にわたしの体感による予想値であって、根拠がないから強く主張もできないし……)
人間は、基本的に未知のものを嫌がる。
魔法でも、魔法の使い方でも、スキルでも、自分たちが理解できないものは、まずは排除し、遠ざける。
大病のせいで、片目だけ目の色が変わったなんて話は、前例がないので誰も信じない。
後天的に魔力量が増大し、ほぼ回数制限なしで治癒魔法が使えるようになったとか、スキルのような細々とした便利能力が増えたとか、そんなことは誰も信じない。
前例がないからだ。
だから、自分たちと同じ作法に則って魔法を使わない人間を嫌うのだ。
高レベルの聖女様や司祭様ならともかく、駆け出し低レベルの、採取依頼しか受けられない底辺冒険者が何を言ったところで、戯れ言としか思われない。
まあ、冒険者として依頼を受けるということは──特に、討伐依頼を受けるパーティーは──命がかかっているのだから当然の自衛だろう。
戯れ言をほざく頭のおかしい娘をパーティーに入れたところで、戦力になるはずもないからだ。
(それに……あまり魔力量が多いことを主張すると、ハーフエルフ疑惑を持たれ兼ねなかったしね……)
ハーフエルフには虹彩異色が多い。
片目を隠す髪型をした上で、魔力量が多いという発言を繰り返せば、亜人種疑惑を持たれるのに時間はかからない。
容姿は人間と変わらなくても、魔力量が多い、魔法に対する造形が深い、年を経ても美貌が衰えない、というだけで亜人種の疑いを受け兼ねない世の中なのである。
確か、|七尖塔のエリン・メルローズ《クロスのお師匠》様も、その手の疑いを持たれて変な噂が流れていたはずだ。
(でも、)
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
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