276.治癒魔法は雄弁に語る㉘被験者交代
*
テルミさんが去ると、入れ違いのようにしてマルコ君たちが戻ってきた。
マルコ君のお父さんであろう、短髪で片耳だけが垂れている犬族の男性と、その背に負われている年配の男性。──と、大人二人を囲むようにして歩いている犬族少年が二人と、猫族少女が二人。当のマルコ君と、ロック君。ミラノちゃんとティアナちゃんであった。
「魔法使いのセンセーはどこだい?」
「父ちゃん、こっちこっち!」
そんな言葉を交わしながら庭を突っ切ってくるものだから、わたしは猛烈に気恥ずかしくなった。
(“先生”と呼ぶのはやめてくださいっ〜)
クロスにでも聞かれたら、半人前が何を言っているのかと怒られてしまう。
そうこうしながら到着した大人二人、少年少女ら四人、ジーン君とわたしは、マルコ君のおじいさんを屋内の空きスペースに案内した。
ほぼ全員が庭に出ているので、屋内は閑散としていた。明かりの数も減っていて、薄暗い。
ジーン君とマルコ君が率先してイスを並べ、おじいさんが横になれる場所を作ってくれる。ロック君が室内用の角灯とロウソクを持ってきて光源とした。
「随分ちっこい嬢ちゃんだな。治癒魔法の使い手というから、もっと年嵩の魔法使いを想像していたんだが……。前に野営地で見つけてきた女魔法使いより若いじゃねえか」
「父ちゃん! やめてよっ、失礼だよ」
「おじさん、大丈夫ですよ。彼女の魔法は、野営地のヒト族とは比べものになりません」
ジーン君が擁護してくれる。
ジーン君は先ほどのルミカさんの治療を見ていたから、毛ほどの躊躇いもなく言い切った。
マルコ君もお父さんに向かって言い募る。
「父ちゃんも知ってるだろ? 族長のノアさんと、副長のジャックさんを治療してくれた恩人の話! モントレーさんとか門番たちが、変質者呼ばわりされながら探していたハーフエルフの女の子!それがこのアリアさんだよ!!」
変質者扱いの話は村中に伝わっているのね。
「ハーフエルフっぽい女の子に片っ端から声を掛けて、名前を聞いて、変質者呼ばわりされなかったのは、白狼のユージュさんだけだよ」
わたしの疑問に、ジーン君が的確に答えた。
あれ? わたし今の疑問、声に出してたかな?
ユージュというのは、ジャックさんとマイアさんの息子さんで、放浪癖があってなかなか家に帰ってこないとかいう例の彼だ。
「ユージュさんが門番や見回り当番だったときの武勇伝、聞く?」
それも村では有名な話らしい。
なんでもユージュさんは、野営地を訪れたヒト族の女性にまで名前を聞き、探し人の特徴や逸話を持つ女の子を知らないかと尋ねて回っていたらしい。
なぜか、彼が尋ねると誰もが快く受け答えしてくれるのだという。
亜人種の女の子は全員が気軽に名前を教えてくれるし、ヒト族の女性も喜んで会話に応じてくれるのだそうだ。
少年たちの間にだけ流布している噂では、彼が村から消えるのは、ヒト族の町に行って情報収集をしているからという話だった。
耳や尻尾をマジックアイテムで誤魔化し、旅芸人の振りをして、女性に声をかけることを繰り返しているのだとか。
(それ……ただのナンパでは……?)
ナンパの概念を理解していない少年たちには、ユージュさんの行為が崇高な情報収集のように思えるのだろう。
だって、本当にわたしのことを探すのなら、第一に王都へ行くはずだ。
わたしは寄宿学校から直に屋敷へ連れ戻されたため、王都を出ることを誰にも話す時間がなかった。
連絡手段を決めていなかったら、レッドとも生き別れになっていたところだった。
けれど、ノアさんたちが獣人ギルドを辞めて故郷へ帰ることになったのは、それよりも前である。
ノアさんたちは、わたしが王都から急に姿を消したことを知らない。
そのため、ノアさんの指示で情報収集をしているのなら、ユージュさんは王都へ向かったはずなのである。
そもそも、ノアさんが族長として出した命令は“もし恩人が村を訪れることがあったら歓待してやってくれ”程度だったはずだ(たぶん)。
わざわざ、近隣の村で聞き込みをしてまで探すはずがない。
……まあ、ユージュさんがどこで何をしていようと、わたしが口を出す筋合いではないから、どうでもいい。
それより、マルコ君のおじいさんである。
一直線に長く並べたイスに足を伸ばして投げ出し、座っているというよりは半分寝そべっている犬族の老人は、右脚を痛そうに庇っていた。
「はじめまして、」
わたしは挨拶をしながら、恩寵の右目を駆使しておじいさんの様子を診た。
「ああ……折ったのは右脚ではないのですね……」
無意識につぶやいてしまった。
「「「!!」」」
その瞬間、おじいさん本人と、マルコ君のお父さんと、マルコ君が息をのんだ。
「こりゃ本物だ……」
と、マルコ父。
傍ではマルコ君が目をキラキラさせて、期待した表情でこちらを見ている。
(ごめんなさい!)
わたしはマルコ君たちの視線に耐えられなくて、心の中で謝った。
(わたしは本職の治癒術者ではないから、実力で診断しているわけではないのよ! 診断が当たっていたからって、そんなキラキラした目で見られても困るのよ……!)
恩寵の右目のおかげで、鑑定の真似事ができるだけなのだ。
あまり期待されると、居心地が悪い。
治癒魔法自体はともかく、診断は素人である。
患部の状態がある程度わかるのは、わたし自身の努力の結果ではなく、後天的に身についた恩寵の賜物なのである。
本物の治癒術者の人たちと比べたら、ズルもいいところだ。無許可で魔法治療をして捕まる前に、素人診断を怒られるだろう。
「孫が無理を言ってすまんのう。折ったのは左脚なんだが、無理をして右脚まで傷めてしまってなあ」
おじいさんは、折ったのは左の太腿の骨だが、今一番痛むのは右膝なのだと訴えた。
「左はもう諦めたさ。右膝さえ痛まなければ、家の中を移動するくらいはできるからの」
「今までの魔法使いは、どちら側の治療を?」
おじいさんは首を振った。
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