272.治癒魔法は雄弁に語る㉔お礼と薬草
一瞬、考え事をしていた間に、ルミカさんの傷跡は消えてなくなっていた。
薄暗い屋外でほんのりと手元が光ったけれど、目を引くほどのことはなかった。
周りの松明や調理に使用しているかまどの火のほうが、ずっと明るいからである。
初級や中級程度の簡単な治癒魔法ならば、考え事をしていても、他の手作業をしていても、息をするように使うことができる。
他に取り柄がなかったから、それだけは繰り返し練習してきた。
自分はもちろん、ときには傷ついた獣を探して練習台にしたこともある。
パーティーを組んだときには、おそらくは一般的な魔法使いの三、四倍の頻度で治癒魔法を連発していたし、その合間には支援系の無属性魔法も掛け続けた。
不器用だから、それぞれを同時に使う二重展開のようなことはできなかったけれど、速射と連射には自信があった。
(それでも、火魔法とかの属性魔法を使える魔法使いに比べれば、無能に等しいのだけれど……)
松明の明かりだけでは少し薄暗かったものの、今は右目を使えるので、見ようと思えば暗がりでも見える。
前髪を上げて、視界を遮らない状態でも“恩寵の右目”を制御できるようにすることは、今のわたしの課題なのだ。
クロスからもらった小花のヘアピンは、今もわたしの髪に留まっている。
(大丈夫、ちゃんと必要なものだけ見ることができているわ……)
幸い、この場にはレイスやゴーストなどを背負っている人はいなかった。
戦場に出る機会が多そうな、傭兵団の人たちが集まっている辺りを見たときも、意外なほどにレイスを憑けている人は少なかった。
(この村には魔法を使う人がいないからかしら……?)
空気中の魔素が少ないから、魔力の集合体みたいなレイスは、存在しづらいのかもしれない。
「はい、できました。よかった、きれいに消えましたよ」
「本当に!?」
「本当だわ!」
わたしが言うと、自分の額を自分では見ることができないルミカさんが素っ頓狂な声を上げ、テルミさんが驚きの声を上げた。
魔法に縁がないからか、冒険者の人たちとは全く違う反応なのが面白い。
冒険者は、治癒魔法で怪我を治すことを普通だと思っているから、いちいち驚いたりはしないのだ。
(この二人、成功するとは思っていなかったんだろうなあ……)
疑っていたわけではなく、駄目元というか、一縷の望みをかけて……という感じだったのだ。
わたしが貴重な魔力を使って治癒魔法を試すことには、とても感謝してくれていた。
ただし、それは賭けのようなものであって、効果がなくても落ち込まないように、最初から自分たちを戒めた上での頼み事だったのだ。
不思議なことに、マルコ君たちもルミカさんたちも、魔法使いでありながら杖を持たないわたしのことを、疑問には感じていない様子だった。
魔法使いは杖を持っているものだという常識は、冒険者の中だけなのだろうか?
少しでも攻撃力を上げる必要がある冒険者の魔法使いと、そうではない魔法使いでは、違っていても当然なのかもしれなかった。
(そういえば……シアン様が杖を使って魔法を為した話は聞かなかったわね……)
もし、杖を使って魔法を行使していたのなら、絶対にティアナちゃんが言及していたはずである。
ルミカさんが、スカートのポケットから小さな鏡を取り出して、髪をかき上げて自分の額をまじまじと見た。
「嘘じゃない……本当に消えてる……」
それから、傷跡があった辺りをごしごしと指でこする。
「ルミカ、よかったわね!」
やっと現実を理解したのか、満面の笑みで喜びを分かち合う母娘。
特にテルミお母さんは嬉し泣きで、最後のほうは涙声になっていた。
ルミカさんは驚きながらも、しっかりとわたしを見つめ、深々と頭を下げてお礼を言ってくれた。長い兎耳が、こちらに向かって突き出される。
次いでテルミさんもわたしに向かって何度も頭を下げるものだから、二組の兎耳が眼前でぴょこぴょこと踊るのは、何とも言えない光景だった。
「いえ、気にしないでください」
気にしないでいいと言ったわたしの言葉は、きれいに無視された。
「そんな! ぜひお礼をさせてください!」
ルミカさんがわたしの手を握り締めながら、お礼をしたいと言い募る。
「お金はないけど、薬草ならいっぱいあります! ね、お母さん!」
「ええ、もちろんよ。魔法使いの方にちょうどいい薬草があるから差し上げるわ」
結局、翌日にルミカさんの家を訪問することが決まってしまった。
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