271.治癒魔法は雄弁に語る㉓治療と杖
「お金はいらないわ」
わたしは言った。
そして、マルコ君たちにしたのと同じ説明をした。
「あの子たちが治癒魔法を見たいって言うから、これから実演するところなの。たまたま、マルコ君のおじいさんが足を悪くしてるっていうから、実演に協力してもらうのよ。──あなたも同じよね?」
そう言ってルミカさんに問いかけると、彼女は驚いた様子で、テルミさんと顔を見合わせていた。
わたしは念のため、再度、テルミさんに断りを入れた。
「魔法を試すのは構わないのですけれど、わたしはまだ半人前なので、上級の治癒魔法を使うことは師匠から止められています。中級治癒魔法でも傷跡が消えなかったら、諦めてくださいね」
「もちろんよ! 試してくださるだけで嬉しいわ! ──そうよね、ルミカ?」
ルミカさんが大きく何度もうなずいた。
「お願いします!」
「それなら、みんなが戻ってくる前にやってしまいましょう」
実演とは言ったけれど、本当にルミカさんを見世物にするわけではない。他の人たちに気づかれる前に、さっと試して終わらせるのだ。
「ごめんなさい、ちょっと前髪上げるわね」
わたしは、きれいにセットされたルミカさんの前髪をかき上げて、問題の傷跡とやらを見た。
「──切り傷だったのかしら?」
ルミカさんの額の傷跡は、薄く盛り上がっていた。
「たぶん。小さかったから、よく覚えてないんだけど……」
「転んだ拍子に岩で切ったのよ。打ち所が悪くて十字に切れてしまって、なかなか傷口が塞がらないから、本当にどうしようかと思ったわ」
横から口を挟んだのは、テルミお母さんである。
シミとして残ってしまった程度なら、化粧で隠すこともできるだろう。化粧品も決して安くはないけれど、効くか効かないかわからないポーションよりは、現実的である。
が、これでは化粧でも上手く隠せないだろうから、ポーションを試したくなったのも、うなずける。
白粉でカバーしたところで、盛り上がった皮膚はそのままなのだ。変な吹き出物のように見えてよけいに目立つ結果になるかもしれなかった。
(安いポーションでも、怪我をしてすぐ使えばきれいに治ったかもしれないけれど……)
少なくとも、自己治癒力だけで化膿もせずに治ったことが奇跡とも言えた。
「それは、薬草のおかげだわね」
「なんとなく、臭い薬草を毎日貼られた記憶はあるわ」
テルミお母さんとルミカさんが、当時のことを思い出して化膿止めの薬草について話し始めた。
わたしは、ルミカさんの額に手をかざして、軽く詠唱をする。
『世界の管理者であり維持者である女神様、どうか恩寵をお与えください。癒やしの雫を……』
魔法は詠唱よりも、構文と魔法陣のほうが重要なのだ。だからこそ、無詠唱や短縮詠唱という技が存在する。
完全詠唱と呼ばれる初心者の詠唱でも、重要な聖句が違わず織り込まれていれば、多少の語尾の違いや文法の間違いなどは影響がないとされている。
一言一句、お手本と違わずに詠唱しなければならないのなら、戦闘中の冒険者など、一度でも噛んだら戦闘終了──どころか人生が終了になってしまう危険がある。
初級魔法に限って言えば、魔力の強弱や魔法構文の精巧さよりも、滑舌のよさが魔法発動の肝になるという、意味のわからない事態にもなる。
魔法使いの初期装備として推奨されている杖も、魔力を制御し、魔法を発動しやすくするための補助道具であり、絶対に必要というものではない。
なければないで、なんとかなるものなのだ。
クロスは、杖が折れた直後は杖なしで発動できる異国の魔法を使っていたけれど、その後は普通の魔法を杖なしで当たり前のように使っていた。
わたしは杖を買うお金がなかったから、杖なしで練習していたら、いつの間にか無手で使えるようになっていた。
そもそも生活魔法には、杖を必要としない魔法が多い。非魔法使いの庶民でも使えるように設計されているため、杖がなくても使える魔法が多いのだ。
わたしの魔法は生活魔法が主流だから、杖がないことで不便を感じたことはなかった。
ダンジョンでノアさんたちに出会う前から、治癒魔法だけは杖なしで使えた。
けれど逆に、それ以外の属性魔法は杖があってもまともに使えはしなかった。
だから、何も問題はない。
(ギルドの練習場で試したときは、貸し出し用の杖を借りたのだけれど、それでも駄目だったのよね……)
借り物の杖だったから、駄目だったのだろうか?
ふと、そんな考えが脳裏を過った。
あのころは、自分に属性がないせいで火魔法も水魔法も使えないのだと信じていたけれど、“天属性”という属性があるとわかった今なら、成功するのではないだろうか──?
(基礎だけでもクロスから教わって、四属性のどれか一つでも使えるようになってみせるわ)
そう言えば、師匠(仮)であるクロスの姿が見えなかった。
リオンとレッドはまだ焼肉コーナー周辺の人混みの中にいるようだ。
クロスは少し離れたテーブルでお酒を飲んでいたみたいだけれど、今はいない。
(どこへ行ったのかしら……?)
写本の続きをするために、先に一人で戻ったのかもしれなかった。あり得そうでは、ある。
どちらにせよ、治癒魔法を見世物に使っているところを見られたくはなかったので、好都合だった。
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
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