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【不遇令嬢はエルフになりたい】〜介護要員として辺境の祖父の屋敷で働くよう命じられたが、ざまぁする間もなく実家が没落した件〜  作者: 一富士 眞冬
第2章

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266.治癒魔法は雄弁に語る⑱闇治療

「でも、そんな大怪我を、君が全部治したんだよね?」

 話が一段落ついたところで、そう言ったのはマルコ君だった。

 この子は怖がりで控えめな性格みたいだけれど、なぜか治癒魔法の話にだけは食いついてくる。

 わたしは、彼の無言の圧力にたじろぎながらも「そうね」と肯定した。


 がたん!

 急にマルコ君が席を立った。

 わたしの傍まで駆け寄ってきて、友人たちの前であることも気にせず、腰から直角に折れるような深々としたお辞儀をした。


「お願いします! 僕のじいちゃんを治療してください!!」


「「マルコ!?」」

「お願いします!!」

 深々と頭を下げたまま、少年は繰り返した。

「何言ってるんだよっ!?」

「駄目に決まってるだろ! ダンジョンの外で魔法使ったら捕まるって、前に来た冒険者が言ってたじゃないか!」

 少年たちが次々に席を立ち、にわかに慌ただしくなった。


 え? 何? どういうこと?

「ちょ、ちょっと、顔を上げてよ。そんなことしなくていいからっ」

「問題になったら、僕が無理言って頼んだからって、全部僕のせいにしてくれていいからっ! 僕が代わりに罰を受けますから! どうかっ、お願いします!!」


 この子はいったい今まで何を聞いていたのだろう。

 散々、怖い話を聞かせたというのに。

 アンデッドに襲われる夢でも見て、今夜眠れなくなればいいのにと思って、()われた通りにわざと(・・・)詳細に話したのに。

 結局のところ“骨が見えるような大怪我でも、治癒魔法で治せる”ということ以外は耳に入っていないのだ。


「その……お金はないけど……その代わり、僕があなたの奴隷にでも従者にでも、何にでもなりますからっ!」

「マルコ、いい加減にしろ。お客さんを困らせるな」

 ジーン君が止めて、ロック君と一緒になって、マルコ少年を席に戻して座らせる。

 ミラノちゃんとティアナちゃんの二人が、ちらちらと何か言いたそうな視線でわたしを見ていた。

 

「誰か事情……説明してもらえる?」

 この流れでは、そう言うしかなかった。


 *


「マルコのおじいさんは、寝たきりなのよ」

 そう言ったのは、ミラノちゃんだった。

「もう半年くらいになるかな」

 それくらいだよね、とティアナちゃんと目配せし合う。

「転んで脚の骨を折って、歩けなくなってしまったの」


 家族に傭兵団員でもいれば、治癒魔法を頼む程度の蓄えはあったかもしれないけれど、それ以外の村人は対価として支払えるほどの資産を持ち合わせていないのだという。自給自足のため、それで事足りてしまうのだ。

「エルフの治癒魔法って、そんなに高いの……?」

 王都の治療院では、骨折くらいなら庶民でもなんとかなる程度の金額だったはずだ。


 捻挫や骨折なら、初級の治癒魔法で治るはずである。

 複雑骨折でも、何回か重ね掛けすれば治る。

 中級の治癒魔法なら、一瞬で治せるだろう。

「……違法(モグリ)だから」

 マルコ君はぽつりと言った。


 治癒魔法は王立教会と治療院の専売である。

 商売として治癒魔法を使っていることが教会に知られれば、違法行為として処罰を受ける。

 危ない橋を渡っている分、料金を割り増ししているのだ。

 いわゆる闇治療院である。

 王都でも、教会の許可を得ていない治癒術者が密かに営業していたらしい。

 わたしは場所さえ知らなかったけれど、お姉さんの同僚が堕胎に行って、散々な目に遭ったと言っていた。たぶん料金のことも含むのだろう。


 正規の治療院にかかるには、身元や職業を証明するものが必要になる。

 冒険者なら冒険者カード、または就労している職種のギルドカード。それ以外ならば、身元のはっきりした人の紹介状や、親子代々で同じ治療院に通っているという実績などである。


 つまり、流れ者や頼る宛のない移民、地方からの出稼ぎ人、身元を明かせない犯罪者、地元の生まれであっても不法就労をしている者などは、正規の治療院にかかることが難しい。

 正規料金で治療を受けることができたとしても、後から罪を問われて面倒なことになるのである。


 わたしの知っているお姉さんの例で言えば、公的に認められた娼館で働いている娼婦は、正規の治療院にかかっても問題はない。

 が、私娼である者は正規の治療院にかかって私娼であることがバレると、罰を受ける──というか、公営の娼館から睨まれて、その後の商売が難しくなるのだという。


 獣人族が傭兵団を結成して出稼ぎをするのと同じ理屈で、エルフ族は魔法を売って生活の糧にしているのだ。

 当然、教会の許可などないから違法──闇治療ということになる。

 その上、平原には教会認可の正規治療院もない。

 付加価値に危険手当の上乗せ、二重取りもいいところだろう。

 それでも、命に関わる場合は頼まざるを得ない。


「ポーションは?」

 マルコ君は半泣きの鼻声で答える。

「父さんが、やっと初級ポーションを手に入れてきたんだけど……そのときにはもう手遅れだったみたいで……」

 変な状態で骨が固まってしまったらしく、怪我としては治ったものの、歩けるようにはならなかったそうだ。

「その後、旅の魔法使いの人に頼み込んで診てもらったんだけど、一度治ってしまった古傷は、それ以上は治せないって言われて……」


 ジーン君がマルコ君を庇うように言う。

「その後も、マルコは外の野営地に冒険者が来る度に魔法使いを探して頼みに行っていたんだ」

「すぐに大人に見つかって、止められたけど」

 ロック君も、友人の努力が実らなかったことを強調した。

「こっそり人間(ヒト族)の冒険者を村の中に入れるのは、ルール違反だからな」

「チョー怒られた!」

 川を凍らせたときよりも怒られたらしい。


「あたし、シアン様にも頼んだのよ!」

 とはティアナちゃん。

「でも……でもね……。シアン様、治癒魔法は使えないんだって……」


 それはおかしな話だと思う。

 かなり高度な氷魔法を駆使出来るのに、治癒魔法が使えないということはないだろう。

 わたしのような半端者ならともかく、真正エルフ族なのだ。

 初級の治癒魔法なら、新人魔法使いでも冒険者ギルドで講習を受ければ使えるようになる。


 その点を問うと、マルコ君がぼそぼそと答えてくれた。

「えっと……正確には“初級の治癒魔法しか使えない”って言ったんだ。だから、時間が経った傷は治せない、って。自分は初級の治癒魔法しか習得してないから無理だ……って」

 大人に止められるまでの間に、他に二人の魔法使いを見つけて頼んだけれど、どちらも助けにはならなかったらしい。


「ひでえんだぜ。一人目の奴は、“もう一回折って上級ポーション使えば治るんじゃね?”とか言ったんだよ!」

 そのときのことを思い出したのか、ロック君は憤慨していた。

「もう一人は“中級第一種”っていう治癒魔法が使えるって言ってたけど、ダンジョンの外で、それも依頼の遂行中でもないのに治療に当たるのは違法だから、って断られた」

「……でも、古傷は中級以上の治癒魔法じゃないと治らない、ってことは教えてくれたよ」

 ジーン君とロック君は、マルコ君が村の外の野営地に行くときに、一緒について行ったのだそうだ。仲間思いの悪友たちである。


 けれど、その魔法使いたちの言っていることは、わりと正しい。

 もう一回、骨を折ってから上級ポーションを試すという案も、全くのデタラメというわけではない。緊急時の治療例としては、過去にも存在したはずだ。

 ただし、そういう施術を行う治癒術者は、もれなく(やぶ)ヒーラーと呼ばれる。

 マルコ君の頼みを聞いて、診察だけでもしてくれたということは、意地悪で言ったわけでもないのだろう。

 違法であるのも確かだし、だから断るというのも筋が通っている。

(でもマルコ君としてはやりきれないわよね……)

拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

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