264.治癒魔法は雄弁に語る⑯意趣返しとダンジョンの話-3
ちょっとグロ注意。
「シアンは、背中以外は体中が酸で焼け爛れていたわ。どうして背中だけ無事だったかわかる?」
わたしが言うと、少年たちが正解を巡って小突き合った。
「正面から酸を浴びたから?」
「バーカ。わざわざスライムの酸を正面から浴びるバカがどこにいるんだよ」
うん。普通は逃げようとするよね。
「二回もバカって言うことないだろ、ジーン!」
「でも……避けられなかったら、そういうこともあるかもしれないよね……」
「シアンは大きな荷物を背負わされていて、まず溶け落ちたのはその荷物だったのよ。おそらく、荷物があったから走って逃げることもできなくて、捕まって酸で痛めつけられて、弱ったところを捕食されたのだと思うわ」
「「……」」
「そもそも、どうしてシアンが大荷物を背負った状態で、一人だけスライムの体内にいたのか──」
思わせぶりに続けると、今度は女の子たちが返えてくれた。
「仲間とはぐれたとか、迷ったとか……?」
「まさか仲間の人たち、全員食べられちゃったの!?」
ミラノちゃんが爆弾発言をし、場が凍り付いた。
「「「!!!?」」」
「だったらまだ、シアンも幸せだったかもしれないわね」
わたしの物言いに、一同が怪訝に首をかしげていた。
──同じ魔物にパーティー全員が捕食され、満腹になった魔物が、たまたま最後に残ったシアンだけ保存食として、すぐには食べなかった。
そういう構図だったなら、不幸なことだけれど、シアンはまだ救われただろう。
捕まったシアンもいずれ同じ運命をたどるのだとしても、散々、自分のことを痛めつけたパーティーの冒険者が、悲鳴を上げながら先に死ぬ光景を見られるのだ。
でも、現実は違う。
「わたしはシアンから直接聞いたわ。同じパーティーの冒険者から、わざとビッグスライムに向かって突き飛ばされたのだと。彼らはシアンを囮にして逃げたのよ」
「「ひどい!」」
「最低な奴らだな」
「許せねえな、そいつら」
「ヒト族の、亜人種への態度なんてそんなものよ。──大丈夫、契約の首輪が効果を失っていたから、その冒険者たちは死んでいるわ。シアンを囮にしたけれど、結局、スタンピードからは逃れられなかったのね」
「奴隷……?」
「……エルフ奴隷は、貴重だから大切されるんでしょう? 貴族が愛玩用に買い占めているって、あなたさっきそう言ったじゃない!」
ミラノちゃんは、はっきりと意見を言うし、意外と賢い。
「大切にされるのは、両方の長耳がきれいに揃った真正エルフだけよ。シアンは何かの理由で片耳が千切れてしまったから、欠損奴隷として捨て値で売られて、性質の悪い冒険者に買われた。荷物持ちや雑用係として、魔力が枯渇するまでこき使われて、殴られて、最後には魔物の餌よ」
やはり、亜人種奴隷がどのような扱いを受けるか、本当のところは知らないのだ。
田舎では、牛や馬などの農耕用の家畜と、それと同等に働く農奴は貴重な労働力である。
意味もなく家畜を痛めつけたり、殺したりしないのと同じように、農奴を虐待することはない。
それだけでなく、この村に奴隷身分の者はいないのだろう。
元奴隷や、身分以外の理由で差別される者はいるかもしれないけれど、この亜人種村は基本的に身分差がなく、平和なのだ。
ノアさんや、代々の族長さんたちの手腕であるとも言える。
だからこそ子供たちは、無邪気に奴隷の種類について聞いてきたり、家畜を呼び寄せるような気安さで、奴隷を呼びつけようとするのだろう。
そこに蔑みや、揶揄ってやろうという負の感情はない。
放牧している馬に“ニンジンやるからこっちおいでー!”と呼びかけるのと同じなのである。
だとしても、言われた側は不愉快なことに変わりはない。
(レッドは村で放牧されてる家畜じゃないのよ!)
わたしは、言葉を失っている彼・彼女らに続けて言った。
「シアンには最初は名前もなかった。シアンという名前はわたしが付けたのよ」
「み、み、耳が傷ついただけでそんな酷いことになるの……!?」
ティアナちゃんが自分の猫耳を押さえて涙目になっている。
「心配ないわ。耳で価値が変わるのはエルフだけよ」
脆弱で、荷運びや普請の労役には使えないと思われているから、容姿が拙いことになった者は急激に価値が下がる。
剣で言ったら、優美な装飾が施された細身の魔法剣のようなものである。
魔力が切れた状態で打ち合えば、簡単に折れてしまうために実戦で使われることはない。もっぱら好事家の収集品である。
それが、見た目が損なわれて美術品として価値がなくなり、さりとて実戦でも使えないとなれば、もはやただのゴミでしかない。
なまくらでも、太くて丈夫な剣(鉄の棒)でぶん殴ったほうが、よほどダメージが入るのが実戦というものだからである。
つまり、奴隷は丈夫であることにこそ、価値があるのだ。
「人間は、エルフ族には容姿と魔力しか価値を見出していないけれど、それ以外の一般的な獣人族については、体力のほうを重視しているから大丈夫よ」
耳や尻尾が千切れたくらいで、投げ売りされたりしないから。
獣人族でも、女の子ならいくらでも用途があるからね。体力のある女の子は大歓迎でしょうね。
獣人族の男性は、手足が欠損したとしても、動ける限りは使ってもらえる。戦えるのなら、たいして価値は下がらない。
だから、捨て値で売られた挙げ句、ダンジョンでスライムの餌になる心配はしなくていいのよ──そう言って、わたしはにっこりと微笑んだ。
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