262.治癒魔法は雄弁に語る⑭意趣返しとダンジョンの話-1
ちょっとグロ注意。
「ダンジョンでスタンピードに遭った、という話は聞いたのよね?」
意趣返しはまだ終わってはいない。
わたしは改めて、最初からダンジョンの話をすることにした。
あれを胸躍る冒険譚として楽しみにしている少年少女に、現実を教えてあげなければならない。
意地悪をしたいわけではない。
あくまでも釘を刺すだけだ。
外で亜人種がどういう扱いを受けるか、知る由もない無邪気な子たち──守られて育ったいい子ちゃんたちへ、年長者からの警告である。
(意地悪のつもりはないけれど、嫉妬ではあるかもしれないわね)
もし、ノアさんが子供たちに聞かせるために配慮して、わざと詳細をぼかした冒険活劇として語ったのだとしたら、その気遣いを無駄にすることになるけれど。
子供には、子供扱いせずに現実を教えることも、時には必要なのである。
*
「だいぶ詳細が端折られているみたいだから、できるだけ詳しく話すわね」
皆でテーブルを囲んで仕切り直す。
転移装置の部屋で出会ったところから聞いているようだから、まずはその当たりから話し始めるのがいいだろう。
「わたしはもっと下の階層にいたのよ。そこから脱出のために、転移装置のある部屋を目指して移動していたの」
「もっと下……ってことは」
男の子たちは、ダンジョンは下層に行くほど難易度が高いことを知っているようだ。そんな下層まで潜っていたのかと、わたしを見る目が少し変わる。
「中級冒険者向けのダンジョンだから、下層と言ってもノアさんとジャックさんなら余裕で踏破できるでしょうね」
実際、合流した後には楽勝で上の階を目指していた。
「ジーン君は“ヘイト集中の妙薬”って知ってる?」
「いや……聞いたことはないな」
「じゃあ“パワーレベリング”は?」
「族長が受けていた貴族の依頼だろ。その仕事でダンジョンに行ったんだって聞いてる」
「さすが族長よね。貴族から仕事を依頼されるだなんて」
何もわかっていない女の子たちは、単純に族長のことを褒め称える。
「パワーレベリングっていうのは、大金を払える依頼者──主に貴族ね──が、ズルをして戦績を上げるための仕組みよ。冒険者には“レベル”って概念があるのはわかるわよね?」
うん、と皆がうなずく。
「貴族も、冒険者とは違うレベル体系があるから──」
「剣術とか槍術とか、戦闘系のレベルを上げておかないと、戦の指揮を執るときに困るからだろ」
さすがジーン君。傭兵見習い(雑用係)だけはある。
「けど実戦叩き上げと、レベルだけの奴は、見ればわかるって先輩たちが言ってたぜ?」
「その通り、実戦ではあまり役に立たないかもしれないわね。でも貴族は見栄を張りたがる生き物だから」
わたしが貴族をその辺の動物のように“生き物”と称すると、ティアナちゃんが声を上げて笑った。
お金を払ってパワーレベリングをして、またお金を払って鑑定の義を受けて、他者に誇示できるようなレベル証明を手に入れたがるのだ。
そしてその肩書きを、軍勢の指揮を執るときの権威の足しにするのである。
上位貴族ならばレベリングなどしなくても、優秀な部下を揃えることでカバーできる。が、弱小貴族ともなると、当主本人が現場に出なければならないことも多々あるのだ。
その際に、中身が伴っていなくても多少のレベルがある指揮官と、そうではない指揮官では、やや前者のほうが人心を掌握しやすい。
「“ヘイト集中の妙薬”っていうのは、そのパワーレベリングのときに使うアイテムで、すっごく臭い水薬よ。それを被っていると、敵の全てが臭いのする者へと集中するの。ノアさんとジャックさんは、二人ともそれをたっぷり被った状態で、転移装置の部屋で死んで──じゃなかった──倒れていたわ」
「今“死んでた”って言った?」
ロック君が的確に突っ込む。
「ごめんなさい。アンデッドと見間違うような酷い状態だったから、そのときの印象が強くて」
「アンデッドと見間違うような状態ってどんなのよ? 族長もジャック副長も、とっても強いんだから、そんな変なことになるわけないでしょうっ」
ミラノちゃんも的確な反証である。
「確かに二人とも強いわ。中級者向けのダンジョンなんか、鼻歌を歌いながら闊歩できるわよ。でもね、数の暴力には適わなかったみたい」
「適当なこと言わないでよ」
自分たちの英雄を貶すようなことを言われて、ミラノちゃんは怒っていた。
「ノアさんは、顔面の半分が抉れて血まみれ。片目は潰れ、その影響で反対側の目も視力を失っていたらしくて、わたしを魔物と間違えて攻撃してきたわ。全身傷だらけなのは当然として、起きあがることも困難なほど消耗していたのよ。
全身、乾き切らない血にまみれてぐちょぐちょの──半分は魔物の返り血だとは思うけれど──顔面崩壊した臭い男が這いずりながら近寄ってきたら、誰だってアンデッドだと思うでしょう?
獣人族だったし、ヘイト集中の妙薬を被っていたから余計だわ。パーティーの仲間に裏切られて囮にされた挙げ句、力尽きて死んだ軀のなれの果てだと思ったのよ」
アンデッドだと思い込んでいたから、目が潰れていようが骨が見えていようが、内臓が飛び出しそうな大怪我だろうが、耐えられたのだ。アンデッドなら、そういう見た目の者もいるだろう、と。
「「「……」」」
「嘘だろ……」
ミラノちゃんだけでなく、誰もが信じられないといった様子で絶句していた。
わたしだって、最初から重傷を負った生者だとわかっていたのなら、あの酷い有様を直視できたかどうか、自信がない。
「ジャックさんも似たり寄ったりの状態よ。肩口の肉がごっそり抉れて骨が見えていたわ。あれ、何かに噛み千切られたのじゃないかしら……? 本当に、あんな重傷でよく動けたものよね。血が止まっていたのが不思議なくらいだわ」
「ほ、ほね……」
「ほら、アンデッド系ってスケルトンとか、骨が見えてる魔物がいるじゃない?」
「あ……ああ、うん……」
ジーン君もロック君も生返事だ。マルコ君にいたっては、言葉も出ないらしい。月のない夜に怪談話でも聞かされたような怯え方だ。
「ああいうのの仲間かと思ったのよね」
「「……」」
村の英雄をアンデッドなんかと間違えるなんて! と、またミラノちゃんが怒るかと思ったけれど、意外にも冷静だった。
「重傷を負ったとは聞いていたけど……」
どうも聞きたかった冒険譚とは違うらしいということに、いち早く気づいたミラノちゃんは静かに呟いた。
「ちなみに、レッドは前の戦闘で片脚を切り飛ばされたわ」
冒険者にはよくあることだ、とばかりにさらに衝撃的な事実を、わたしはしれっと付け加えた。
「え……だって彼、脚……」
「今はちゃんと両足揃っているわよ。わたしが魔法で治したもの」
意味がわからないという様子の五人は、目を白黒させている。
脚を切断されるほどの大怪我を負ったはずなのに、件の少年は元気に焼肉を頬張っている。
でも、半死半生だったという族長とジャック副長も、村に戻ってきたときは五体満足で元気だった。
あれ……?
そんな彼らの混乱が、手に取るように伝わってきた。
けれど、それには構わずわたしは続けた。
「シアンは──あ、ややこしいから保存魔法のシアン様のことは様付けで、ダンジョンのシアンのことは呼び捨てで呼ぶわね」
呼び分けについては、ティアナちゃんが了解してくれたから大丈夫だろう。
「シアンは、ビッグスライムの保存食にされていたの」
「「「!?!?」」」
ダンジョンにビッグスライムがいたことを知っているのだから、シアンが捕食されていた話も聞いているだろうと問いかければ、皆が「捕食って何!?」みたいな顔をして揃って首を横に振った。
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