249.治癒魔法は雄弁に語る②コルセットとエルフと保存魔法
お腹いっぱいでもう食べられないかも、という心配は全くの杞憂だった。
「このシチューは息子も大好物なのよ」
と、自然な流れでクリームスープを手渡されたので、せっかくだから一口だけでも……と思って口に入れたら、意外にも全て食べ切ることができてしまった。
(だって、美味しかったのだもの……!)
空腹でなくても、無理なく食べ切れるくらいに美味しかったのだ。
こういうとき、貴族令嬢でなくて本当に良かったと思う。
(いえ、本当は貴族家に生まれたわけだけれど──)
貴族令嬢の暮らしなど、わたしには無縁の話である。
ここが本当にガーデンパーティーの会場で、貴族が集まる社交場であったなら、ドレス着用は必至であった。
パーティードレスということは、下にコルセットやパニエを身に付けなければならない。
寄宿学校の実習で何度か着たことがあるけれど、あれはウエストを細く見せるためにキツく締め上げるため、ちょっと無理してでも食べ物を詰め込む、というのは不可能に近い。
実習では、コルセットの締め過ぎで気分が悪くなって、倒れた者もいたくらいなのだ。
わたしは、マイアさんに尋ねた。
「シチューに入っているのは、何のお肉ですか?」
トリやウサギ、野ネズミなどの小動物ではない。少なくとも絶対にネズミではない。明らかに味が違う。
「こういうときのための、ブル魔獣の肉よ。運良く獲れたときには、おもてなしやお祝いのために一部を保存しているの。定期的にエルフ村から魔法使いを呼んで、保存魔法を掛けてもらっているから、ずっと新鮮なままなのよ」
マイアさんは、集まる人々に次々とクリームスープをついだ木椀を手渡しながら、そう答えてくれた。
どうりで、干し肉と違って柔らかいはずである。
その辺の小動物ように変な臭みもないし、保存料の味や匂いも残っていない。
アク抜きも上手くできているようで、濃厚な旨味を十分に堪能することができた。
ブル型の魔獣というものは、どの品種も非常に高価なのである。食べたことがないので、聞くまで断定できなかった。
あとは、マルイモやタマネギに混ざって、何か甘い根菜が一種類入っていた。
食べたことのない、知らない野菜だった。
これについても尋ねてみると、野菜はアボーラの実であるという答えが返ってきた。
アボーラは、炒ったタネがおつまみとして提供されているのを見たことがある。
けれど実の部分は食べたことがない。
王都でも、市場に行けば流通しているのだろうけれど、終ぞわたしの口に入る機会はなかった。
水っぽくて不味いと評判で、お屋敷でも見かけたことはなかった。
それよりも、保存魔法というのが気になった。
王都のお肉屋さんでは、肉の保存には魔道具を使っていた。
鮮度を保つために時空魔法が付与された、食品保存庫──というより、金庫のような保存箱である。
この魔道具がもの凄く高価で、専門店でもブル肉の高級部位くらいしか保存できなかったのだ。
原理は、時間停止機能が付与された魔法鞄と同じである。
宴会で出せるほど多量のお肉を、丸ごと保存できる魔道具など、王宮にしか存在しないと言われていた。
(保存魔法……覚えられるものなら覚えたい……!)
あとでクロスに聞いてみよう。
庭は、いわゆる無礼講のスペースとなっていた。
外での飲食に使われている食器は全て木製であり、来客用の特別なガラス食器や金属のカトラリーなどはない。
よくある安食堂と同じである。
テーブルの並びも適当で、上座・下座などの区別もなかった。
確かにガーデンパーティーとは違うかもしれない。どちらかというと、リオンの言った通りお祭りの雰囲気に近い。
わたしは辺りの様子をうかがいながら、マイアさんの言っていたことを反芻した。
(エルフの集落、っていうのもあるのね……)
きっと、シアンはその村にいるのだろう。
もしかしたら、肉に保存魔法を掛けに来たのはシアンかもしれない。
(……あの子は真正エルフだったから、今ごろは優秀な魔法使いに成長しているかもしれないわね)
わたしは勝手に夢想する。
助けた少年が、元気にしていてくれたら嬉しい。
自分ことを覚えていてくれたなら、もっと嬉しい。
だってシアンは、治癒魔法しか使えなかったわたしに、自信をくれた存在なのだ。
シアンの耳を上手く再生できたおかげで、“治癒魔法しか使えない”のではなく、“治癒魔法に特化している”のだと思い直せた。
ちょっとした言い換えだけれど、言い換えることを思いついたのはシアンのおかげだ。
もちろん、シアンの耳を再生できるほどに治癒魔法のレベルが上がったのは、パワーレベリングという反則級のワザを教えてくれた、ノアさんとジャックさんのおかげでもある。
ダンジョンから出た後も、ときどき仕事を回してくれたり、危ないときには護衛を寄越してくれたり、何度もこっそりと手助けをしてくれた。
この村の人たちは、わたしが族長たちを助けた恩人のように言うけれど、本当は救われたのはわたしのほうだ。
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
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