243.宴会⑬(特別ではないこと)
王都の町の中を歩くのは、本当は少し怖かった。
ギルド周辺は強面の大人が多いというのもあるけれど、同時に魔法使いも多い。
いつ、隠蔽魔法が見破られるかわからなかった。
ギルドから離れた市場の辺りでも、亜人種だとバレれば石を投げられ、まともに買い物などできない。
奴隷ではない、野良の亜人だと知られれば、捕まって売られる可能性さえある。
そういった危険を避けるため、貧民街などに隠れ住む獣人の中には、自らダミーの首輪を付けて、主人持ちの奴隷の振りをする者までいるくらいなのだ。
王都にいても何もいいことはないであろう彼らが、それでも王都を離れないのは、他に行くあてがないからである。
郊外の農村なら、少しはマシな生活を送れるかもしれないけれど、それはあくまでも奴隷としてだ。
農奴として労働力に数えられるから、家畜程度には大切にされる。
寝る場所が、屋根も壁もない吹きさらしの路地裏から、納屋のような掘っ立て小屋に変わって、食べ物も働き口も得られるけれど、代わりに種族の尊厳は失われる。
奴隷にはなりたくない。けれど、王都から出て長い旅をして、ここのような亜人種の集落まで落ち延びる手段を持たない者が、王都の端々に取り残されているらしかった。
落ち延びるための旅に出発するには、まとまった額の旅費がいる。
道中で必ず遭遇するであろう魔物を退ける力がいる。
人間は、魔物や野盗の危険から身を守るために、商隊を作って集団で行動したり、護衛の付いた駅馬車を使って移動するのだ。
魔物が出ない都市の中では、道端で夜を明かすこともできるけれど、城壁の外ではそうはいかない。
野宿をするにも最低限の備えは必要だし、道中で獲物を狩って食料にするにも、それを調理するにも道具がいる。
いくら体力に自信のある種族でも、手ぶらで長旅は自殺行為だ。
奴隷狩りに見つからないよう、密かに移動しなければならないから、人間のように商隊を組んで魔獣を威嚇するわけにもいかず、持ち合わせがあったところで、駅馬車には乗せてもらえない。
人間に擬態して馬車を利用するなら、変装のための衣装や小道具が必要になる。
道中、常に獲物が狩れるわけでもない。多少の携帯食も用意しておかなければ、いずれ体力が尽きて動けなくなる。
苦労して奴隷商会から自分自身を買い戻したとしても、そこで貯えが尽きてしまい、王都から移動できなくなる者たちは多いらしいのだ。
わたしも、一歩間違えばそうなっていた。
旅に出る前のわたしは、まだ自分のことを“大病のせいで虹彩異色になってしまっただけの人間”だと思っていたから、ハーフエルフと間違えられないように、隠すことに必死だった。
別に、エルフやハーフエルフという種族が嫌いだったわけではない。
(血の繋がったお祖母様の種族だもの……)
けれど、やはり石を投げられるのは怖かったし、買い物ができなくなるのは困る。
人通りが多い町の中では、魔物が出る森の中を歩くときよりも、実は緊張していたかもしれない。
(どこに監視の目があるか、わからなかったしね……)
お継母様が送り込んでくる刺客も脅威だったけれど、遠くから監視だけされているというのも気持ちが悪いものだった。
屋敷の使用人に見つかれば、お継母様に黙っておく代わりにと、厄介な要求をされかねない。
低級冒険者から巻き上げられる金額など、高が知れているけれど、下働きの使用人からすれば、いい小遣いだ。
弱味を握られ、後から脅されるのも、搾取されるのも御免だった。
本当は、何も気にすることなく町を歩いて露店を冷やかしたり、お店の人と他愛もない会話をしたり、友人と食事に出かけたり……平民の普通の女の子がするような、穏やかな休日を過ごしてみたかった。
楽しそうに町歩きをしている同年代の女の子や、堂々と買い物をしている女性冒険者を、羨やんだことは何度もある。
けれど。
この村では周りの目を気にする必要がなく、自然体でいられた。
ここでは亜人種が特別な存在なのではなく、特別なのは人間のほうなのだ。
外の世界では人間のほうが多いから、亜人を差別することが当たり前になっているけれど、この村で特別視されるのは人間のほうであった。
ハーフエルフを名乗っているわたしは、何の疑問もなく同族として受け入れられた。レッドも同様。
リオンとクロスは、人間のほうなのだけれど、わたしの仲間だからという理由で逗留を許された。
外とは逆の展開に、なんだか戸惑ってしまう。
いつもなら、オマケ扱いされるのはわたしたち亜人種のほうなのだ。
リオンたちと滞在していた村での短い期間でさえ、それを感じた。
亜人種が村をうろつくのは気に入らないが、冒険者パーティーの一員であるなら仕方がない、といった雰囲気だった。レッドはパーティーで飼われている奴隷の振りをするしかなかったし、わたしは人間の振りをするしかなかった。
(隠蔽魔法なしで食事するなんて、何年振りだろう……)
リオンたちと出会う前には、考えられないことだった。
レッドと一緒に入れる店は限られていたし、底辺冒険者の身では絡まれることも多かったから、極力、外食は避けていたのだ。
それが、今は目の前には温かい料理があり、飲み物も自由にいただける。
(特別扱い、してもらっちゃった……)
出された料理を普通に食べていただけなのに、とっておきだという秘蔵の果実水までいただいてしまった。
(……ちょっと、テンカの実ばかり食べ過ぎたかしら)
テンカ好きだと思われたみたいだった。
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
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