230.村の集会所
本音を言うなら、そんなところだ。
“落とし前をつける/つけさせる”とは、冒険者用語で“責任を取る/取らせる”“後始末をする/させる”というような意味である。
貴族社会や学校内では使われることのない言葉だけれど、それを聞いたとき、わたしの心境にこれほど相応しい言葉があるのかと、内心感動したものだった。
(そうね。わたしはあの二人に“落とし前”をつけさせたいのだわ……)
上流社会の言葉では何と表現するものだったか、今では忘れてしまった。
*
わたしは前を歩くレッドの背中を、見るとも無しに見ていた。
レッドは、先ほどの喧嘩で獣人族の大人たちに認められたのだろう。モントレーさんとイザークさんに構われて、迷惑そうにしながらも、まんざらでもない様子だった。
(もうすぐお別れ、か……)
こんな風に、後ろ姿を見ながら歩くことも、もうなくなるのだ。
わたしは奴隷や従者だからといって、厳しい躾をしたことはない。
レッドが分を弁えていたというのもあるけれど、主人より前を堂々と歩くからといって、咎める必要を感じなかったからだ。
けれど、中には仕える者──特に奴隷に対して、相応の振る舞いを徹底させようとする人間もいる。
主人の前を歩くなどあり得ない、主人より先に寝るな食べるな、主人より後に起きるな、呼んだらすぐ来い、口答えはするな──とか、そういう類の作法である。
わたしは、レッドが前を歩いているのが好きだった。
レッドには冒険者になりたいという夢があって、そこに向かって進んでいる。
彼の歩みには迷いがなくて、きっといつか夢を実現させるのだろうな、という希望を感じさせられる。
たまたま死ねなかったから惰性で生きているわたしと違い、叶えたい夢があって、死にたくないから懸命に生きている。
レッドの歩む姿勢には、そういう生き方──命の輝きみたいなものが垣間見えて、眩しかったのだ。
彼がどこへ行くのか、どこへ行こうとしているのか、少し離れて後ろから見ているのが好きだった。
(彼の隣に並ぶには、わたしは相応しくない──)
奴隷だからとか、人間だからとかいう身分の話ではない。
惰性で生きてきたわたしには、必死に生きているレッドの隣を歩く資格がない。
(レッドが奴隷から解放されて、自由冒険者になったら──)
対等な冒険者同士として、一緒に旅をしたい。
(そんなことを言ったら、きっと迷惑がられてしまうわね)
鈍くさいのと一緒じゃ稼げねえよ、とか言われて一蹴されてしまうのだろう。
一人前の冒険者は皆、治癒魔法しか使えない回復役にはそう言うものだ。
*
モントレーさんとイザークさんに、肘で小突かれたり、わしゃわしゃと豪快に頭を撫でられたり、荒っぽい仕草で構われるレッドの後ろを、少し離れてわたしとリオンとクロスの三人が付いていく。
宿屋のご主人は、わたしたちの一番後ろを静かに歩いていた。
畑を通り抜け、いったん、最初に寄った役場のある通りに出て、そこから役場とも宿屋とも反対方面へしばらく進むと、平屋の大きな建物があった。
平屋なので、大きいというより横に細長い。
「あれが集会所だ」
「大規模な狩りを行う前に決起集会を開いたり、打ち上げをやったり、獲物の解体場所として使ったりしている。飾り気のない場所ですまないが、ここが一番広いし、調理場もあるから都合がいい」
「屋外で煮炊きができるから、肉も魚も焼き立てを提供できるぞ。細々したもんは、女衆が家々から持ち寄っている。たいしたもんはねえが、量だけはあるからたくさん食ってくれ」
宿屋のご主人と、イザークさんとモントレーさんが口々に言う。
言われてみれば、王都にあった魔物解体業者の建物と雰囲気が似ている。集会所というよりは、大きな作業場を思わせた。
建物の端から細い煙が何本か上がっていて、火を使っているのがわかる。
出入り口の扉が大きく開いていて、屋内に明かりが灯っているのが見える。
混雑時の冒険者ギルドのように大勢の人が行き来しているけれど、どちらかというと屋内よりも庭先のほうが、煌々と松明が灯っていて明るい。
「すげー美味そうな匂いがする」
レッドがそう言って鼻をひくつかせた。
確かに、何種類もの食材が焼ける香ばしい香りが辺り一帯に流れている。
「なんだか、建国記念のお祭りみたいな匂いだね」
そう言ったのはリオンだ。
王都のお祭りでは、大通りに屋台がひしめき合う。
普段は見かけない種類の屋台が、どこからともなく集まって、様々な食材を煮たり焼いたりして販売するのだ。
通り一帯が一日中、食べ物の匂いに包まれる。
常に空腹を抱えている身には、とてもつらい一日だった。
「……驚いたな」
感嘆の声を漏らしたのはクロスだ。
「あれだけ煮炊きをしていながら、魔法が使われている気配がほとんど感じられない」
「そうね。魔道具が使われている気配も全然しないわ……」
わたしは相槌を打って同意した。
確かに冒険者の野営よりも、魔力の稼働量が格段に少ない。
冒険者なら、魔法を使って火を熾すのは常識だし、魔法が苦手な者は専用の魔石を使う。
調理用の水を魔道具を使って用意することもあれば、鍋自体が便利機能を備えた魔道具になっていることもある。
捕まえた獲物を部位ごとに切り分けるため、解体魔法を使うこともあれば、時には食材に浄化魔法を掛けることもある。
調理に使う小さな生活魔法でも、大人数の食事を用意しようと思えば、何十回と繰り返し使うことになるのだ。
最低でも火熾しの魔道具と、浄化魔法くらいは何度か使う。
しかし、それだけの魔力が、集会所一帯からは微塵も感じられなかった。
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