225.勝敗の条件
この勝負、お兄様が害されたら負けなのである。
逆に言えば、お兄様に家督を相続させることができれば、わたしの勝ちということだ。
嫡男が死ねば、お父様もシャーリーンの婿に家督を継がせるしかなくなる。
(その後に、お父様自身が殺されるかもしれないことを、考えているのかいないのか……)
それはどうでもいいとして。
伯爵家の全権がイーリースお継母様と、シャーリーンの婿という見知らぬ跡継ぎに移った後、彼女らはゆっくりとわたしを探し出して殺すこともできるのだ。
わたしを殺そうとした動機の大半が、秘匿すべき化け物を恐れてのことならば、今さら追及の手が緩むとは思えない。
むしろ、化け物退治の大義名分の下に、権力を利用した大掛かりな狩りが始まる可能性すらある。
彼女らにとって、わたしが人間だろうと亜人種だろうと、追い詰めて殺すことは単なる遊戯でしかない。
邸内で毒を盛った上、苦しみのたうち回る姿を見てほくそ笑むか、遠く離れた場所に猟犬を放ち、飼い犬の賢さを堪能するか、チェスのように何手でチェックメイトまで持っていけるか、試みる程度の暇潰しなのだ。
「秘匿すべき化け物」と呼ばれたわたしを、恐れているからこそ始末したいのと同時に、過程を楽しむつもりでいる。そこには、わたしのことを化け物と呼びながらも、心の底では亜人種と侮る姿勢が見て取れた。
結局のところ、どうせ純粋な人間ではないのだから、何をしようと許されると思っているのだ。
(そう思っていられるのも、今のうちよ)
彼女らは、わたしの見た目が亜人種というだけで、虐め殺しても構わない対象として扱った。
わたしが本当はレナードお父様とフィレーナお母様の実の娘であり、初代ヴェルメイリオ家当主であるタクトお祖父様の孫であり、正真正銘ヴェルメイリオ家直系である事実は、都合よく忘れ去られているようだった。
(無学な亜人種奴隷をいたぶるのとは、わけが違うということを思い知らせてあげるわ)
彼女らは言うだろう。
フィレーナお母様を毒殺したことも、わたしを殺そうとしたことも、証拠が残っていないのだから、罪に問うことはできないと。
確かに、そうかもしれない。
わたしが五体満足で生きている以上、殺人未遂を証明することは難しい。
でも、他の罪ならどうだろうか?
余罪は絶対にある。
たとえば、ごく最近の悪事──盗賊たちを雇って駅馬車を襲わせた件。
乗り合わせていた無関係の人間が複数亡くなっている。調べれば、証拠になるものが出てくるかもしれない。
お継母様たちを告発するための足掛かり──然るべき機関に捜査を促す切っ掛けとしては、十分なはずだ。
お父様が出資している亜人種奴隷の売買に至っては、完全に違法である。
上手く隠しているようだけれど、裏稼業の者にとっては周知の事実でしかない。
危ない橋を渡っている彼らが、資金源──つまりは報酬の取り立て先──が明らかではない仕事を、容易く引き受けるわけがないのだ。
(暗殺者ギルドと取り引きをし始めてから、さして長くもない“アイリス”でさえ、知り得たのだから……)
アイリスが知ったのは偶然とはいえ、同業者間では普通に口の端に上る程度の事柄だ。
証拠や証人を集めることは、不可能ではないかもしれない。
フィレーナお母様に毒を盛る手伝いをさせられたメイドや、イーリースお継母様が毒を購入した相手は、今となっては見つけることが難しい。
(とっくに口封じされているでしょうしね……)
わたしと違って、きっと簡単に死んでしまっただろう。生きていたところで、怖がって口をつぐむに決まっている。
けれど、裏稼業の者なら今も存命の可能性がある。
なにしろ、殺人幇助や殺人請負が通常業務なのだ。口封じに殺そうとしたところで、素直には死なない。それどころか、うかつに手を出せば反撃され、大事にされる危険すらある。
依頼主にとっては、厄介な相手だ。
しかも彼らは、当然ながらそういう事態に備えて依頼主の弱みを握ったり、取り引きの証拠を残していたりするのである。
ただし、悪事に通じた者たちだからこそ、証言を頼むことや、証拠品を譲ってもらうことは難しい。
金さえ積めば何とかなるという話でもない。
裏には裏のルールがある。
たとえ、亜人種奴隷の売買に関わっている貴族の名前が、その界隈では明日の天気よりも確かな事実であったとしても、証人や証拠に近付けるか否かはまた別なのだ。
(でも突くとしたら、その辺りしかないかしらね……)
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
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