219.取っ組み合い
猫族の獣人のくせに人間側に付いた裏切り者だの、亜人種狩りに捕まって奴隷にされた間抜けだのと罵る若者たちと、殴る蹴るの応酬で取っ組み合いを始めるレッド。呆気に取られて見守るそれ以外の面々。
さすがに殴り合いの最中には半獣化を解いていたことと、短剣を抜かなかったことには安堵したけれど、自分より体格のいい四人の獣人を相手にして、一歩も引かないどころか圧倒するレッドの勢いに、今度は四人の若者が次々に半獣化し始めた。
人間のわたしたちを揶揄いにきたはずだろうに、すっかりターゲットはレッドに固定されている。
王都でも、路地裏で不良グループが喧嘩していたり、ギルドや酒場で大人が殴り合うのを見たことがあるけれど、それらとは違って、野良の犬猫が集まって道端で騒いでいる光景に似ていた。
「てめえ……! 獣人族の恥さらしめ! ただじゃおかねえぞ!!」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ! まとめてかかってきやがれ!」
薄暗い中、跳んだり走ったりと忙しない。攻撃を入れてはすぐに跳び退くレッドと、それを捕まえ、押さえつけて殴ろうとする若者たち。捕まって一発殴られれば、強引にその手を振りほどいたレッドが、殴ってきた相手に痛烈な蹴りを入れ返す。
目まぐるしい動きに、どうやって止めていいかもわからず、鈍くさい人間代表のわたしは、おろおろと傍観するしかなかった。下手に近づいたら巻き込まれそうだ。
「元気だねえ」
とは、暢気なリオンの言葉である。
「うるさいのはお前らだ」
クロスが頭を冷やせの一言とともに水魔法を発動させた。
とたん、緩いウォーターボールがばっしゃーんと、取っ組み合いをしている五人の上に降りかかった。
(わあ……!)
わたしは驚き半分、感心半分でその光景を眺めた。
ウォーターボールは水属性の攻撃魔法なのだけれど、極限まで威力を抑えれば、ただの水の塊となる。
つまりは、上手くやれば“桶に水を溜めるだけ”のような使い方ができるという証明だった。
生活魔法は基本的に、その場にあるものを動かすことしかできない。
桶に汲んだ水を花壇に撒く魔法はあっても、何もない空中から水を出現させ、降らせることはできないのだ。
わたしは一瞬、レッドのことを忘れて、属性魔法の新たな可能性に目を輝かせていたと思う。
「昔から、犬猫の喧嘩は水をかけて沈めるものと相場が決まっている。ウォーターボールが不満なら、次はアイスバレットでも見舞おうか」
淡々と言うクロスに、びしょ濡れになった四人組は、さらにモントレーおじさんに一括され、這々の体で捨て台詞を吐きながら去っていった。犬、犬、猫、猪の獣人四人組だったようだ。
「すまねえ。あいつら、村でも鼻摘まみ者の悪ガキどもでな。来ると思ったぜ」
「俺たちは大丈夫です。何の被害もありませんでしたし」
リオンはそう言うが、レッドは水浸しの泥だらけである。
それをリオンとクロスは「自業自得だ」と、生温かい笑顔で見つめていた。
「レッド……久々に同族と会ってはしゃぎたい気持ちはわかるけれど、ほどほどにしてね」
「そんなんじゃねーよ」
わたしはレッドに軽く手をかざして治癒魔法をかける。腫れた頬や切れた唇を治し、擦りむけた拳に触れる。
「他に痛いところは? 全部を目で追えたわけじゃないから、自己申告してくれないとわからないわよ」
「もういい。放っとけよ」
その手を迷惑そうに振りほどいたレッド。
代わりに、外野から面白がった声が返事をした。
「腹に何発か食らってたぞー」
「その分、倍は蹴り返してたけどな」
見えていたらしい獣人族の二人が教えてくれたので、わたしはレッドのシャツを強引にまくってお腹を出させ、アザになっている箇所に手をかざす。
高出力の治癒魔法なら触れずに一発で治せるけれど、もうレッドに強い治癒魔法をかけたくはない。また魔素中毒にさせてしまったら……と思うと、怖くてできなかった。
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