216.エルフになりたい㉗青ざめた猫
魔法学園編入の話は、どうしても堂々巡りになる。
クロスはわたしの才能とやらに固執するけれど、わたしは先にイーリースお継母様の件を解決して、アルトお兄様の安全を確保したい。他人任せになんて、できるはずもない。
編入したところで、気になって勉強に専念できる気がしない。
失敗すれば、学園に刺客が攻め込んでくるかもしれない。学友を巻き添えにしてしまうかもしれない。クロスのことも、リオンのことも、厄介事に巻き込んでしまう。
(それに……レッドを奴隷身分から解放しないまま、わたしが死んだり投獄されたりしたら……)
レッドはまた、奴隷商会に逆戻りだ。
わたしは、レッドには冒険者になるという夢を叶えてほしい。
──でも、自由市民であり冒険者となった者を、従者として束縛することはできない。
そのことは、今は考えないようにした。
まだ、お祖父様がどんな人かもわからないのだ。
とりあえず旅が終わるまでは、このままの関係でいたかった。
「そもそも、どうしてアリアが兄貴を救ってやらなければならない。ご立派な騎士様になろうともいう人間が、己に降りかかる火の粉も一人で払えないのかよ」
「お兄様は、自分でなんとかできると思うわ。でも、わたしはお兄様に家族を告発するような真似はさせたくないの。それと、わたしの手で復讐したいという、ただの我が侭」
わたしにとっては、レナードお父様は赤の他人も同然だ。
彼に父親らしい振る舞いを期待するのは、とっくの昔に諦めた。
勘当同然に辺境へ追い遣られるのだから、親子の縁は切れたと言っていいだろう。
イーリースお継母様とシャーリーンについては、最初から他人だ。
でも、アルトお兄様にとって、レナードお父様は血の繋がった父親なのだ。
イーリースとシャーリーンの悪事を暴けば、お父様の罪も暴かれる。
実の親を断罪するなど、褒められた行為ではない。お兄様自身が罪に問われなかったとしても、経歴には傷が付くだろう。
「それなら、なおさら学園で研鑽を積むべきだな。防御魔法と攻撃魔法は習得しておいて損はない」
「その話は、お祖父様と相談してからね」
どうせ、堂々巡りなのだから、話しても無駄だ。
もし、わたしがアレスニーアの魔法学園に編入したら、レッドとは自由に会えなくなる。
大金が入れば、それまでにレッドを買い上げて、解放してあげることもできるかもしれないけれど……。
その辺り、レッドはどう考えているのだろう。
学園の中に入れないことは聞いたはずだ。
外で待っていてくれるとは言っていたけれど──と思って、ふとレッドに目をやると、レッドは向かいの席で真っ青になって硬直していた。
「レッド、どうしたの?」
声をかけると、レッドはガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
それから、ギクシャクとした動作で私の傍まで来て、いきなり足下に突っ伏した。
(えっ、何!?)
レッドが、わたしの足下で土下座しているのだということに、一瞬遅れて気がついた。
いくら奴隷だといっても、今まで、そんな行動をしたこともなければ、させたこともない。
「どうしたのよ、急に!?」
それとも、どこか体調でも悪いのだろうか。
これは土下座ではなく、蹲っているだけとか──?
クロスを見ても、彼は理由がわかっているように平然としている。
わたしは、余計にわけがわからない。
するとレッドが絞り出すような声で言った。
「アリア、すまねぇ。申し訳ない。何の言い訳もできねえ。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」
よく見ると、床の上で握り締められた拳が震えている。
「どうしたっていうのよ? とにかく立って、顔を上げて! ちゃんと説明して!」
それでもレッドは、なかなか動こうとしなかった。
「レッド、立ちなさい」
仕方なくわたしは命令口調で言った。
契約の首輪を介した魔法で強制的に言うことを聞かせなくても、自分が奴隷であることを嫌というほど身体に叩き込まれている彼は、高圧的に命令すれば反射的に言うことを聞く。
「席に戻って、こちらを向いて、きちんと理由を説明なさい」
そこまで言うと、レッドはようやく立ち上がって、のろのろと席に戻った。
クロスは、事情はわかっているから聞くまでもないという様子で、
「後は主従で話をつけろ。講義は終わりだ」
とだけ言って去っていった。
なんというか、レッドの不可解な言動には、微塵も興味がないのだろう。
(それとも、口を挟むべきではないという配慮……?)
わからないことだらけだった。
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
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