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ふたりのセッション

 

 頼島ブラザーズを擁するチームとの試合を3-0で勝利した翌日。

 僕は放課後の音楽室でピアノを弾いていた。


 いつの間にか、この古びた鍵盤にも馴染みを覚えるようになっている。


 何度か使わせてもらううちに、ちゃんと所定の位置に鍵を返却しておきさえすれば、ある程度は自由に音楽室を使わせてもらえるようになっていた。


 今日はお気に入りのジャズピアノナンバーを奏でたあと、原作の曲をまたあえて弾くことにした。


 楽曲の題は『魂と命のリフレイン』だ。『劇場版 僕と女神のタクティクス・鋼鉄のストライカー』での主題歌。

 どこか宗教感のある荘厳さを漂わせながらも、ビートの効いたロックテイストで熱く歌い上げる名曲で、当時を代表するアニソンのひとつと言えるだろう。


 使用された『鋼鉄のストライカー』も地上波アニメが放送終了した熱の冷めやらぬ頃に放映され、興行収入もそこそこ行ったとかで人気があった。


 特に終盤の試合シーンで描かれた、サッカーボールを視点にしてゴールキーパーのキックから矢吹隼がシュートを撃つまで、御覧ノ坂イレブン全員を経由する場面を躍動感一杯にワンカットで繋げた一連の場面は、アニメーション史に残されるべき映像として語り継がれる出来映えだった。酔いそうになるけど。


 ストーリーは『僕タク』での選手権優勝のすぐ後、矢吹隼と菱井麻衣が海外に旅立つ前の時期にあった記録に残されることのない戦いを描いている。



 見事に高校サッカーの頂点に立った御覧ノ坂サッカー部。彼らのもとに一通のメールが届く。

 それはかつて菱井麻衣の父、菱井寮が生前に指導した欧州チームからの挑戦状だった。


 来日した挑戦者を激闘の末に破る矢吹たち。

 だがそれは真の戦いへの序章に過ぎなかった。御覧ノ坂に破れたチームのキャプテンは嘆願する。


「勝利に固執するあまり魂を売り渡し、心を失ってしまったチームメイトがいる。サッカーサイボーグと化してしまった彼を倒し、目を覚まさせて欲しい」と──


 そして告げらた鋼鉄のストライカーの名は、まだ父とともにいた頃に麻衣が兄のように慕い憧れていたエースのものだった。

 彼の心を取り戻すため、麻衣と矢吹たちの御覧ノ坂サッカー部最後の作戦が始まる──!


 ……


 なつかしいなー。この世界では未来のことだけど。

 力石とかそれまでのライバルが助っ人に現れたり、劇場版ならではの大迫力の爆破シーンがあったり、人気アイドルが声を当てているゲストヒロインが出てきたりもして、そこはかとなく詰め込みすぎの感もあったけど名作だと思う。


 こうして主題歌を演奏していると、場面が少しずつ思い出されてくる。

 鷹月孝一が大きく出てくる場面はないけど。

 試合にはフル出場してるはずなのに。


 でもまったく台詞がなかったわけじゃないから完全なモブキャラではなかったか。


 音楽室の扉が勢いよく開かれたのは、そんなふうに僕がノリノリで曲を弾いているピークのときにだった。


 小柄な人物が入ってきたかと思うと、その人は開けた勢いのまま逆に扉をピシャリと閉め、驚愕する大きな瞳をこちらに向ける。


「佐倉さん……」


 思わず僕は指を止める。


「まさか……あなたが」


 かすれ声でそう呟くと、佐倉さんは沈黙した。

 数秒のあいだ、無音が音楽室を支配する。


 しばらく僕らは見つめあっていた。


 驚きの色が佐倉さんの表情からゆっくりと薄れていき、次第に何かを理解したであろう顔つきに変化するのがわかった。


 たぶん彼女も、僕が同じ立場の人間だと理解したのだと思う。


「佐倉さん?」


 そろそろいいかな、と僕のほうから声を掛けると、フワッと彼女の顔が赤くなった。

 目をそらし横を向く。


「──つ、続けて!」

「えっ?」

「い、いから続けて……んんっ、むしろ最初から弾いて……くれない……かな?」


 アワアワした感じで、しどろもどろになる佐倉さん。


「いいけど」


 僕は依頼通りに『魂と命のリフレイン』をリピートスタートする。

 驚いたことに佐倉さんは大きく息を吸ったかと思うと、ピアノに合わせて歌い始めた。



 ♪堕天使が微笑むように優しく


 忘れていた傷の痛みを呼び覚ますの


 命はまたどこに還る


 女神の囁きを漆黒の闇の底で聴いたなら



 少年たちはまた戦う 誰のために?


 最後の門の守人は


 すべての矢を受け止めるでしょう


 震える両手を伸ばして


 盾持つ子らは風下に


 立ちはだかるの誇りを胸に



 悲しみがこぼれないように優しく


 走り続け君の微笑みを取り戻すの


 絆は今どこに宿る


 女神の嘆きを戦場の土の上で感じたなら



 (間奏)



 少年たちよ────♪



 拳を握り締め、心を込めて佐倉さんは熱唱する。

 ああ、この人は『僕タク』が好きなんだなってことが伝わってくる。


 しっかりビブラートを効かせたりとか歌詞に合わせて感情を込めたりしていて小学生には違和感のある熱唱ぶりだ。

 ぼんやりと、ひとりカラオケで日頃のストレスを発散するために歌い散らす疲れたOLの姿が幻影としてちらつくのは気のせいだろうか。


 この歌、サッカーアニメの主題歌のはずなんだけど、あらためて考えるとなんだかよくわからないな……


 そんなことを何故か冷静に考えてしまう僕を置いて、佐倉さんは途中の(語り)の部分も完全に一字一句違えずに一曲を歌い上げた。




「ふう……」

「おつかれ」


 唐突に思いっきり歌ったせいか、佐倉さんはゴフゴフと咳き込む。


「しまっ……み、水がない……」

「僕の飲みかけのスポーツドリンクならあるけど」

「えっ……」


 佐倉さんはしばらく停止した。


「……く、ください」


 躊躇するそぶりを見せつつも、それを飲む。

 落ち着いたところでようやく僕らは話を始めた。


 佐倉さんは不満げに僕を見る。


「あんまり驚いてないのね」

「うん。僕のほうはそれとなく気づいていたから」


 しばらくはひたすら僕から佐倉さんに話をするのに終始することになった。


 まずは佐倉さんが前世の記憶を取り戻したであろう瞬間を目撃していたことから説明する。


 そしてそのままの流れで、僕が記憶を得たのが四年生のゴールデンウィーク中だったこと、それからこの世界で僕が起こしてきたいくつかの変革について話をした。


 矢吹をサッカー部に誘ったこと。

 寮さんとの出会い。

 止まるパスの修得。

 木津根の勧誘。

 貴羽夜人のこと。

 白鳥兄妹との試合────


「なるほどね……」


 佐倉さんはうんうんと腕を組みながら頷く。


「これでいくつかの疑問点は納得できたな。でもね……」

「でも?」

「私がここ最近で感じていた最大の疑問点の答えにはなっていない!」


 力強くそう言う佐倉さん。


 最大の疑問点。色々と不思議なことが多い世界なのは確かだけれど、何のことかは想像もつかない。

 あるいは僕が認識できていない根本的に変なことが、佐倉さんの立場では見えているということだろうか。


「この世界が『僕タク』の世界観だってことは間違いない。ね?」

「うん、そうだね」

「それで私が疑問に思っていることっていうのはね……この世界の設定が原作のマンガ版に準拠するものなのか、それともアニメ版のほうなのかってことなの!」


 それって……大事なこと?


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