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新しい日々

 

 ◇




 僕の頭上を、山なりのカーブを描きながらボールが越えていく。

 それが落下する先と合わせて、フィールド内の選手配置を首を振りながら確かめた。


 よし。守備は──整っているな。


「逆サイド、行ったぞ!」


 サイドチェンジの出どころにチェックに行っていた西から声が上がる。


「西はそのまま左サイドバックについていて!」

「お──おう!」


 僕が指示を出すと、西は一度はフリーにしようとしていた相手チームの選手をマークしたまま残る。

 ボールを蹴りだしたあと攻め上がってこようとしていたその選手の顔が少しばかり苛立つのが見えた。


 ボールはサイドラインに近いギリギリのところで待ち構えていた右サイドバックの選手にピンポイントで落ちていく。


 僕はそこにプレッシャーを掛けるべく詰め寄る。


「無駄だ!」

「!」


 右サイドバックの彼はダイレクトで来たボールをそのまま蹴りかえした。

 再度、大きな放物線をなぞるように飛んだサッカーボールは逆サイドに帰還していく。


「西!」


 振り向き様に僕は叫ぶ。

 ボールは西と追いかけっこをしていた左サイドバックの選手の足先に届いた。

 軟らかいタッチで、ピタリとそれをコントロール下におさめる。


「こ、こいつ早い! しかも、あのロングボールをあっさり止めるなんて──こ、これがあの有名な頼島(らいとう)ブラザーズかよ!」


 必死に追いすがる西が驚嘆の声を上げる。

 ジュニアサイズのフィールド幅とはいえ寸分の狂いなくサイドチェンジを届け、しかもボレーで再び逆サイドに返した上で攻め上がってくる。

 ものすごいキックの技術だ。


 頼島ブラザーズ。この世界の原作である『僕タク』にも全国編で登場していた兄弟選手だ。


 一卵性の双子である彼らは、見た目まったく同じ顔をしている。

 まるで主人公がみんなそっくりになるマンガ家の絵のように。

 見分け方は髪型だ。前髪を右に分けているのが兄の丈太(じょうた)、左に分けているのが弟の竜太(りゅうた)になる。

 だがこうして左右のサイドに別れて攻めてこられると、向きの違う髪型のせいでまるで両側で鏡合わせにでもなっているかのように錯覚させられる印象もある。


 頼島ブラザーズの特徴は息の合った両サイドバック同時並列の強烈なオーバーラップだ。

 糸で繋がってでもいるかのように簡単にロングパスを交換してしまう兄弟は、フィールドをワイドに使い揺さぶりながら左右同時攻撃を繰り出してくる。


「御覧野が強いってのは──」

「──噂だけだったかもな!」


 西を置き去りに、頼島竜太がドリブルでサイドをえぐる。

 止めに入った四年生ディフェンスの青山くんも、またぎフェイントひとつで抜かれてしまった。


「いくぞ──丈太!」

「──よし、竜太! ダブル・カットインだ!」


 僕は兄の丈太をカバーしつつ走る。

 丈太にボールが回っても自由にはさせはしないが──ダブル・カットイン……あの技か。


 原作と同じあれなら僕だけでは半分しか技を防げない。


 ドリブルしながらペナルティエリア前中央に切り込んでくる竜太。

 まったく同じタイミング、歩幅、速度で丈太もまた走り込み、双子はまさに真ん中でランデブーを果たす。


「竜太!」

「丈太!」


 交差しながら、ボールは兄の丈太に渡された。

 そのままシュートのモーションに入る。


「止める!」


 僕はコースを切るように体を投げ出す。

 兄弟のスピードに遅れぎみになってしまったのでこれが精一杯だ。


「だったら──竜太!」


 丈太はシュートを撃たず、真横の弟にパスをする。

 これがダブル・カットイン。交差する双子のどっちがシュートを撃つかわからない幻惑の一撃。


 兄のシュートコースは遮ったが、弟は完全なフリーにさせてしまった。


「もらったぜ、御覧野!」


 竜太がシュートを放つ。


「木津根、頼んだ!」

「フッ──決めさせはしない!」


 僕は後ろを守る木津根にすべてを託した。

 敵の選択肢は減らしたておいたのだから、あとは仲間を信じるだけだ。


 竜太の足から振り抜かれた一撃はゴールマウスの右上を正確に捉えていた。

 原作でもゴールを決めて主人公チームを苦しめていただけのことはある。いいシュートだ。


 対する木津根は伸びやかな横っ飛びで飛翔すると、両手でしっかりとボールを掴む。

 危なげないキャッチングだ。


「ナイスセーブだぜ、木津根!」


 前線から剛士が叫ぶ。


「フン──僕の目があれば、ペナルティエリアの外からのシュートはまず決めさせないさ」


 クールに言い放ちながら木津根はキャッチ後のスムーズなモーションでボールを前にむかい蹴り上げる。

 短い期間のうちにキーパーとしての動作が完成されているのはさすがだ。


 本年度から木津根はゴールキーパーにコンバートされている。


 網守先輩の卒業後、ポジションを埋める人材を四、五年生に求めたもののなかなか難しく、木津根が自ら立候補したかたちだ。


 視力と学習能力の高さを生かし見事にキーパーの役割を務めている。

 もっとも本人によれば「僕の能力が最も活かされるのはスイーパー、あるいはアンカーだ。他にできる者がいればすぐに代わる」とのことではあるけれど。


「防がれただと!」

「いけない、みんな戻れ!」


 頼島ブラザーズが慌てて守備に走る。

 原作でもそうだったが、両方のサイドバックが上がりきってしまう彼らのチームはカウンター攻撃にめっぽう弱い。


 双子並みに正確な木津根のロングボールは、相手左サイドに空いたスペースで待機していた剛士に渡る。


「反撃だ!」


 あっという間に剛士はドリブルで敵陣深くまで侵入する。

 最初のトラップからトップスピードに乗りつつリフティングして進むという芸当まで見せながら。


「おかえしに、俺のカットインを見せてやる!」


 ルーレットやシザーズなんかのフェイントの見本市みたいなことを披露しながら、剛士は左から右へ相手のペナルティエリア内を横切って抜ける。


 いつどのタイミングでシュートを撃たれるかと対応に苦慮したことで、あっちの守備はズタズタだ。


「よっ!」


 ノールックでのヒールパス。

 翻弄しつくした後で、わざわざ意表を突くこともないような気はするが剛士は誰にも予想のつかないだろうラストパスを出した。


「たあーーーっ!」


 いつの間にか走り込んでいたのは矢吹だ。

 相変わらずスペースをつくのが巧い。


 絶妙なニアサイドのゴール前の空間を発見していた。

 見事に剛士のパスを流し込むように合わせ、ゴール隅に滑り込ませ得点をゲットする。


「やった!」

「いいぞ、矢吹!」


 ハイタッチする二人。


 本年度の攻撃は剛士と矢吹に掛かっている。

 大上先輩のいない中盤の守備力ダウンは必至だ。西には中盤に入ってもらったがそれでもまだ甘い。僕が例年以上に守りを重視する必要がある。


 成長著しい矢吹に、技に磨きがかかる剛士。

 高さやフィジカル、スタミナに弱点はあるけれど強力な攻撃陣であることは間違いない。


「あれが陽狩剛士なんだね、丈太」

「うん。あれが全国レベルとも噂になっている陽狩剛士だ、竜太」


 双子の会話が聞こえた。

 不自然に互いの名を呼びあうところも原作と同じだ。


 昨年度に良いところまで勝ち進んだり、あの院帝を下していることもあってか、僕たち御覧野第二小に伊足県外から練習試合を申し込んでくるチームも増えている。

 今日の相手もそのひとつだ。


 全国大会でベスト16まで進んだチームと互角以上にやれている。

 この事実は心強い。

 慢心は禁物だけど僕らはたぶん、いい感じに進歩していると思う。


 先制点を決めた矢吹は剛士とハイタッチを交わすした後、応援している佐倉さんのところに向かう。

 今年は横にスーツ姿の強そうな人たちが立つようになったのでどこにいるのかが更にわかりやすくなった。


 佐倉さんか……


 院帝との試合の日、レオンシュートマグナム改をXカウンターシュートで返し、更にカウンターで弾かれたシュートの流れ弾を頭に受けた衝撃で、彼女のなかに別の人格が宿っていることは間違いない。


 はたから見ていて以前より行動に変化が出ていると思う。

 前はもっと、ホワーンとした感じだったけど多少キビキビした動きをするようになった印象だ。


 何しろ矢吹から「最近さ、佐倉さんがちょっとおかしいんだよね」と相談をされるくらいに。


 矢吹に「なぜ僕に?」と問うと「えっと、鷹月くんってまわりにたくさん女の子がいるから、かな」と答えがあった。


「たくさんの女の子に囲まれている剛士が親友なだけじゃないかな」

「うーん。そうじゃなくて、陽狩くんよりもむしろ鷹月くんのほうが親しくしている女の子が多くて、女の子のことよく知ってる気がしたんだ」

「そう?」


 もしかしたら矢吹から見て僕は、色々な女の子と仲良くしているチャラいやつってイメージなのかもしれない。

 恋愛に関しては森川さん一筋なんだけどな。


 とりあえず、女の子は男よりも大人になるのが早いというか、突然に大人びてくることってあるよとアドバイスしておいた。


「そうなんだ。佐倉さんも、いきなり心の中に大人が入ってきたみたいになってさ……よくあるんだね……」


 一応、納得した風な矢吹に、僕は(ああ、やっぱりそうか)と思ったが口には出さないでおいた。

 好きな女の子がいる友人に、ああその子ね、別の人が混じってるや、とはなかなか言い難い。


 まあ、そんなこともあり、佐倉さんが転生仲間であることはだいぶ確信しているのだが、当人に声をかけて確かめるまでできずに日々が過ぎてしまっている。


 ボディーガードまでついて、矢吹でもない限り話しづらいのもあるけど。

 とはいえ、なにかきっかけでもあれば話してはみたい。



 そう考えていたある日のこと、僕には思いがけないかたちで機会は訪れることになった────


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