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サクラな生活

 


 運び込まれた病院で、私はもろもろの検査を受けさせられた。


 これでもかーというくらいに頭を調べ尽くされてしまった。

 それはもう徹底的にだ。


 いいとこのお嬢様だからってことが影響しているのか、後になってから問題が出てきたら病院的にもちょっと不味いぞってのがあるのかもしれない。

 そりゃ頑張ってやろうともするよね。

 とりあえず前世ではこんなに懇切丁寧にお医者さんから扱われた覚えがなかった。もっと雑だった気がする。


 結果は異常なし。


 ある意味じゃ、異常がないわけないんだけど、どうやら現代医療のちからを存分に注ぎ込んだところで前世の記憶を有しているか否かを診断することはできないらしい。


 まあ、この人なんか転生してるーってバレたら面倒くさそうだから、わからなくて良かったんだけれども。


 丸2日を検査のために入院させられ、退院できたのは3日後のことだった。

 お嬢様とはいえ、過保護すぎないかとは思う。


 気にしていたサッカーの試合結果は、退院のお迎えに来てくれた矢吹くんから聞くことができた。


 御覧野第二は院帝に勝てたそうだ。

 だけどその日のうちに行われた第2試合で勇辺(ゆうべ)SCとかいう強豪チームとの対戦に惜しくも負けてしまったらしく、全国大会の切符は最後の最後で勝ち取れなかったみたい。


 矢吹くんの不在に重ねて、鷹月孝一が足首を痛めていたせいで欠場したことも響いたとのことだ。


 陽狩剛士ら『僕タク』でもお馴染みの選手たちが奮闘したものの、いつもより決定的な場面を創りきれなかったチームは無得点のまま、失点もなかったのだが試合時間を終えた。

 そのあと行われたPK戦で勇辺SCに競り負けてしまったらしい。


「ごめんね。あのとき、私が怪我しなかったらよかったね」


 哀愁が漂うくらい落ち込んでいた矢吹くんに私は謝罪の言葉をかけた。

 彼が勇辺SCとの試合に出られなかったのには私にも原因があるのだから。


 矢吹くんはブルブルと小型犬のように首を振って否定した。


「か、勝てなかったのは僕がいなかったせいじゃないよ! 鷹月くんが出られなかったからだよ!」

「そうなの?」

「そうだよ! 鷹月くんさえいれば何とかしてくれたに違いないんだ……」


 その話し方からは、矢吹くん自身の能力を否定するというよりは、むしろ鷹月孝一の能力のほうを確信している感じを受けた。


 私は矢吹くんからしばらくの間、サッカー選手としての鷹月孝一がいかに素晴らしいかについて熱く語って聞かされた。

 矢吹くんの口から次々と溢れるように言葉が紡がれるのは稀なことだ。

 鷹月孝一のことを高く評価しているのが伝わる。


 主人公、矢吹隼からここまで称賛されるとは。

 かつて『僕タク』の熱心な一部ファンのあいだでは、鷹月孝一有能説がまことしやかに囁かれてはいたものではあるけど。


 でも、矢吹隼って、こんなに鷹月孝一大好きキャラだったっけ?

 そこはなんか違和感しかない……


 違和感といえば、高校生からサッカーを始めるはずの主人公が、もうすでにサッカーをやっている時点でおかしい。

 完全に『僕タク』から話が逸れてしまっている。


 でもどうしてこうなったのか。

 私がこの世界に転生してきている影響なのだろうか?


 はっきりと記憶が甦る以前から、前世の人格が私であるところの佐倉香緒里の言動に何かの変化を生じさせていたのだとしたら……


 そのせいで、幼馴染の矢吹くんにサッカーを始めさせたのかもしれない。

 可能性はありそうだ。


 なんにしても今さら『僕タク』のとおりに矢吹くんのサッカー人生を高校からリスタートさせるわけにもいかない。

 なかったことにできるレベルを遥かに越えて彼は既にサッカーに関わってしまっているのだから。


「それに鷹月くんはね──」


 私が思考を逸らしている間にも、矢吹くんの鷹月孝一トークは止めるまで終わりそうもない。

 何故か頬までほんのり染めながら。


 なんだかよくわからない対抗心が芽生えてきた。


 私だって『僕タク』の鷹月孝一への想いは負けてはいない。

 高校生のほうの鷹月孝一の話題なら一方的に夜通しで語り明かせるくらいの自信がある。


 さらに佐倉香緒里としても、矢吹くんと一番仲良しなのは自分なんだって嫉妬心みたいなのが出てきている。

 これはむしろ鷹月孝一への対抗心だ。


 鷹月孝一と矢吹隼、そしてふたつの人格を持った私とで、ややこしい三角関係だか四角関係だかが築かれつつある。


 そんな私の気も知らず、饒舌に鷹月孝一のパスセンスの妙について解説する矢吹くん。

 少し悪戯心が沸いてきてしまった。


「矢吹くんは、私よりも鷹月くんのことが好きみたいだね?」


 ツンを表現して拗ねてますよアピールをしながら言ってみた。


 彼は、あわてふためいて否定し、鷹月孝一が確かに好きと聞かれれば好きだけども、私へのとは好きの種類が違うと説明しようとしながら勢いで私のことを「大好きだから」とか告白してしまい、真っ赤になって恥ずかしがって爆発する。


 私はそんな彼に意地悪なことを言ったと謝りながら、自分の心の中心に間違いなく存在している矢吹隼(おさななじみ)への恋心を意識せざるを得なかった。




 退院後、私はもとの生活に戻った。


 佐倉香緒里としての記憶もしっかりしているので、学校生活に混乱や支障はない。


 普通に小学生として学校に通い、家庭では前世との生活の格差に半ば呆れたりしながらも、お嬢様生活を楽しむ。


 良いものを食べて、良いものを着せられて、無駄に広い邸宅に暮らす。

 自室も豪華だ。

 勉強部屋と遊び部屋と寝室が別にあるのだ。

 これだけで、前世の社畜OL時代に住んでいたワンルームを面積で軽く越えている。

 ベッドに天蓋とかいらなくない?


 前世でオタクだったこともあり、瀬葉須さんに少女マンガとかが欲しいかなって話をした。

 佐倉香緒里が与えられていた本は児童向け小説とかばかりだったから。それも悪くはないのだけど。


 私が瀬葉須さんに伝えたかったのは、今度どこかの書店に立ち寄りたいですよ、という希望だった。


 多額の身代金がひらひらフリル付きの服を着て歩いている状態に近い私はハイリスク過ぎて、ひとりで街を歩かせてはもらえないのだから。

 だけど、お願いしたいことは簡潔にかつ具体的に伝達しないといけないことを思い知らされるはめに陥ることになった。


 マンガ欲しい発言の翌日、学校から帰ると遊び部屋に知らない本棚がいつのまにやら設置されていて、棚にはびっしりと綺麗にマンガ単行本が埋め尽くされていたのだ。


 たぶん小学校高学年あたりの層をターゲットにして発行されている少女マンガが、おそらくは現在連載中のものを一通りだろうか、まとめて集められていると思われた。


 つまり、り◯◯、◯ゃ◯、◯か◯し、◯と◯◯の作品ほとんど全部だ。


 こ、これが金持ち……ってことなの?

 しかも本棚がまた高級かつ可愛らしいやつだ。とても良い木材を使っている。

 マンガの並びが、出版社別からの作者名で五十音順とかもう完全に書店の棚だ。


 とにかく所持してしまった以上はすべて読もうと私は心に決めた。

 片っ端からマンガを読む日々が始まったのだ。




 ある日の休み時間のこと。


 私は鷹月孝一と廊下ですれ違うことになった。

 クラスが違うのであまり会う機会がない。

 退院してからは、ほぼ初遭遇だった。


 まず、足首を怪我していたと聞いていたのが問題なさそうなのに安心した。


 次に、どうやら私の知らない女子がクラスで集めたノートを職員室に持っていくのを半分持ってあげているシーンであることを察して、その女子を妬んだ。

 鷹月孝一。誰にでも分け隔てなく優しい人だとは矢吹くんも持ち上げていたが、そのとおりだ。


 しかも、ノートを全部持ってあげるのはその子のためにならない。半分に留めて自分の義務を果たさせることも忘れないとは、真面目か! 生真面目か!

 だが、そこがまたいい。


 私は廊下のあっちから接近する鷹月孝一にドキドキしてしまう。


 矢吹くんという者がありながら、これは駄目なんじゃないかという意見には反論したい。

 私の鷹月孝一への気持ちは主婦がアイドルを追っかけるのと同じだ。同じだから浮気じゃない!


 やがて鷹月孝一のほうでも私に気づき、お互いに軽く会釈を交わした。

 現状、私とあの人との関係はあいだに矢吹くんを挟んだ「知り合い」ということになる。


 恋愛ゲームだったら好感度ポイント無蓄積に近い。


 しかし、鷹月孝一はすれ違うときに私に言葉を囁いたのだ。

 私にだけ聴こえるトーンで。


「──ツインテールが乱れているよ。気をつけた方がいい」


 最初、何のことだかさっぱり意味がわからなかった。


 私の髪型はいつもどおりのはずだ。

 でもあの鷹月孝一がせっかく伝えてくれたのだ。

 一応は鏡を見て確認することにした。


「……──まあ、たしかに」


 あの人は間違ってはいなかった。

 私のツインテールは実際に僅かではあるが左の付け根の部分がずれて曲がっていたのだ。


 よく気づいたな。

 そう思うレベルだが、そうと知って見ていると何だかかなり気になってはくる。


 私はいつもの位置に髪型を修正した。

 おお。しっくりきた。


 顔が変に整いすぎているのも、ちょっとのズレが気になる要因かなとは思った。

 昨夜、マンガを夜更かしして読んだ生活の乱れが髪型に出てしまったのかもしれない。

 気をつけるようにしないと。


 そのうち敵キャラから髪のダメージ蓄積とトリートメントをしているかまでを心配されたりしないようにしたいところだ。




 放課後のこと。


 いつもの交差点を曲がったところで、瀬葉須さんが待機しているだろう。

 なるべく早く行くべきだ。


 瀬葉須さんは気にしない気がするが、私が気にする。

 平気で人を待たせて平気な人間にはなりたくない。


 今日はサッカー部の活動もない日だから、学校に用はもうない。

 帰ってマンガでも読もう。続きが気になる。

 あ、でも、その前に宿題か。

 小学生の宿題なんて、私にはイージーモード過ぎて作業ゲーみたいなもんだけどね。


 私はランドセルを背負い下校の途につく。


 音楽室からピアノの音がする。

 誰かが弾いているのだろう。なんかやけに上手い気がした。


 この曲、知っている歌だ。


 私は思わず口ずさむ。

 何だっけ……何かのアニメの曲だ。


 ……


 ──って、アニメ版『僕と女神のタクティクス』の第一期主題歌『女神の微笑む90min!』じゃん!

 どうしてこの曲が音楽室から鳴ってるのよ!


 意味がわからない。

 なぜなら作品としての『僕タク』はマンガもアニメも、この世界には存在しないことになっているからだ。


 それはすでに確かめている。


 私は、しばらく躊躇したのち決意を固め、ひとつ上の階にあたる音楽室に向けて駆け出した。


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