呼び覚まされた記憶
お待たせいたしてしまいました。
やっと、第三章を始めさせていただきます。
またコンディションとかモチベーションとかの具合で更新速度は遅かったりすると思います。でも一話ずつ、進まないことには完結というゴールにはたどりつかないので、とにかく一歩を踏み出していこうと思います。
お付き合いいただけましたらば幸いです。
◇
────私が前世の記憶を思い出したのは、頭を襲ったものすごい衝撃のせいだった。
小学生のサッカーチームが全国大会に出場するために、ひとつしかない県代表枠をかけて争うトーナメントの第1試合。
仲よくしている同級生の男の子がチームにいて活躍しているってこともあって、私は彼を応援するためも最前列に陣取って観戦をしていた。
フィールドのライン間近。
選手の少年たちから息づかいまで聴こえてくる、最高の特等席だ。
だけど、それが良くなかったのか。
ただ運が悪かったのか……
なんだか小学生のサッカーとは思えないレベルでの超絶な攻防の応酬が目の前で繰り広げられるのを、ただただポカーンと眺めていた私に、対戦相手側のエースストライカーが蹴ったボールが飛来してきたのだ。
避ける間もなく、サッカーボールは私の脳天を強襲した。
あまりにもといえばあまりにもな激震に意識が吹き飛び、苛烈な戦いの余波に巻き込まれた感じになってしまった私はその場に昏倒してしまう。
まるで電源を失ったモニタ画面のように暗転した世界。
きーん、という耳鳴りが、どこか遠くからするようにも感じた静寂。
そのとき、私のなかで何かが覚醒した。
それはもうひとりの私の記憶──
「──佐倉さん! 佐倉さん!」
何度も私を呼ぶ、少年の声。
少しずつ水の底から浮かび上がるかのように、その呼び声がクリアになっていくのがわかった。
そうだ。私は佐倉──佐倉香緒里だ。
それが今世での私の名前。
観覧野第二小学校に通う5年生の女子。
サッカーをしているカッコいい男の子が大好きな女の子。
間違いなく私は佐倉香緒里なんだけど、そんな私のなかに私じゃない私の意識が芽生えていた。
もうひとりの私。
別の名前を持ったひとりの女性の記憶が、抗うこともできない勢いで雪崩れ込むように私の意識へ投げ込まれてきたような感じだ。
例えるなら、てっきりワンルームだと思っていたマンションの壁がいきなり剥がれて、実はもうひと部屋ありましたぁ!みたいな感覚だろうか。
そりゃすぐには受け入れにくい。
しかもこの部屋がやたらと散らかっているときているわけで……
前世の私。彼女を一言で言い表すなら『オタク』だ。
アニメ、マンガ、ゲームを中心に私の世界は回っていた。
そして、かつての我が人生のすべては推しキャラのためにあったといっても過言ではない。
世知辛い現実から逃避し、夢を見せてくれる『彼』らと甘~い時間を共有するために、私は『彼』の登場するあらゆるコミックを全巻揃えつつ副読本もコンプし、DVDとBDは購入特典が違ったら両方ゲットしたし、グッズやら薄い本やらを買い漁った。課金もした。
他人がどう思うかは知ったことではないけれど、あれはあれで満ち足りた生活であったと述懐している私がいる。
今にして考えても後悔はない。
右手を上げて曇天を晴れにできるくらい悔いなしだ。
「う……ん」
ゆっくりと意識が鮮明になってきた。
私がまず見たのは、心配して私を取り囲んでいる人々の姿だった。
いくつかの顔は逆光で影になっていて定かではなかったが、一様に私が目覚めたことで一安心しているように思えた。
ずっと私を呼んでいた男の子が、その場に座り込んだ。
「や……」
矢吹くん。
その名を呼ぼうとした私の口は思ったよりも乾いていて、うまく音を出せなかった。
「おォ……お嬢様ぁ……」
私の隣でも、思わず座り込んだ人物がいた。
運転手の瀬葉須さんだ。
佐倉家が雇っている運転手さんで、いつも私を途中まで学校に車で送り迎えしてくれている人だ。
校門の前に黒い外車を停めて降りるのは、乙女の羞恥心が許さない。
ひとつ前の角で車から降りて登校するのが私の日課だった。
前世の私が、すごい金持ちのくせに何故に普通の公立校に通うかな、とツッコミを入れる。
「本来であれば、お嬢様を護る盾を務めねばならぬ我が身が、よもやとっさには動かぬとは……この瀬葉須、一生の不覚!」
なんだかものすごく悔やんでいる。
だけど、けっこうなお歳の人なので、さっきのボールを対処しようというのは瀬葉須さんにはなかなか難しい話ではないかと思えた。
「えっと……私は大丈夫だから……ね?」
私はゆっくり起き上がりながら瀬葉須さんに話しかける。
大したことなかった体にしておかないと、このまま切腹でもしそうな雰囲気だ。
実際、前世を思い出した以外は身体に異常は無さそうだ。
痛みももうほとんどない。
「お嬢様……なんと慈悲深い!」
瀬葉須さんはいたく感動してしまったらしく、本気で本物の涙を流し始めた。
前世の記憶が甦ったせいで、自分の立場を客観視できることもあり、この人は無制限に私を甘やかし尽くす人だと認識した。
今後は気をつけたい。
救急車のサイレンが聴こえると思ったら、ここに到着した。
どうやら誰かが私のために読んでくれたらしい。
大丈夫だと訴えてみたものの認められることはなく、私は近郊の総合病院に搬送されることになった。
試合の続きは気になるところだけど、そんなワガママを言うわけにもいかない。
「じゃあ、矢吹は……西と交代して、一緒に病院に行くんだ。あとのことは気にするな」
「えっ……!」
サッカーチームの監督が発した言葉に一番驚いたのは私だ。
矢吹くんの、ついさっきまでの活躍のことを思うと、試合途中でいなくなるのはチームにとって厳しい展開のはずだから。
「か、監督……」
当の矢吹くんはどちらも選べないって気持ちが隠しきれない顔をする。
引き裂かれる思い。それが私にまで伝わってくるような気がした。
「そんな……まって──」
私は大丈夫だから、矢吹くんは試合を続けるべきだ。
そう言おうとするよりも早く、意外な提案をしてくる人物が現れた。
「自分も病院に同行させてください」
力石玲央。
対戦相手のエースストライカーだ。
真剣な眼差しは、偽りや冗談を言っているわけではないと思えた。
「女の子に怪我をさせたまま平常心で試合を続けるなんて……俺にはできやしない……」
「力石くん……」
「それに俺も試合を離れるなら、君が試合を離れたとしても、お互い不利になりすぎることはないだろう?」
「えっ……そんな……僕は……」
うまく返事ができない矢吹くんの肩を、強めに監督が掴む。
「それはとてもいい話だ! 是非とも、そうさせてもらおうじゃないか!」
私は監督の輝いた目の奥に、大人の打算が光るのを見た。
さっきまでは二枚目感を出していたのに、急に残念な人に戻ってしまった。
だけど確かに、ふたりがいなくなって有利になるのは、どちらかといえば観覧野第二だとは思う。
監督的にはラッキー気分かもしれない。
これって私の怪我の功名的なことだろうか。
ともかくも、力石くんは自分のチームの監督に律儀に頭を下げて了承を得ると、瀬葉須さんや矢吹くんと一緒に救急車に同乗してくることになった。
「お痛わしや……」
別に問題ないのだけれど、瀬葉須さんは車内でずっと嘆いていた。
たぶん私が救急搬送されること自体が、この人にとって起こるべからざる悲劇的な出来事なんだろう。
それはまあ、救急車に乗るなんて前世ではなかったから初めてのことだし普通だとは思わないけれど。
救急車自体はありふれたものだけど、その内側に自分がいるのは何やら不思議な感じもある。
私は無言で並ぶふたりの少年の顔を見比べる。
そして、とても大事なことにようやく気づいた。
今になってやっとだ。
でも事態が事態だったから、落ち着いて考えてみる隙がなかったのだ。
……この人ら……マンガのキャラじゃん?
間違いないだろう。矢吹隼といえば『僕と女神のタクティクス』の主人公だ。
隣にいる彼は、そのライバルキャラだし。
……ていうか、私も登場人物?
佐倉香緒里といったら『僕タク』のキャラではないか。
矢吹隼の幼馴染。このあたりも符合してしまっている。
おっとり天然系お嬢様にして、ロリ顔巨乳キャラの、あの佐倉香緒里か!
でもでも、佐倉香緒里ってダブルヒロイン的な扱いだったのは序盤くらいで、しばらくしたら存在感なくすし、三角関係っても負けフラグ立ちまくりの幼馴染ポジションで、最終的には男性読者のためのサービスシーン担当みたいな……そんなキャラだったじゃありませんか!
「お嬢様、ご気分が悪そうではございませんか!」
「あ、大丈夫です」
瀬葉須さんが察してきてしまうので私は取り繕う。
私は心配げに見つめてくる矢吹隼を意識する。
この子、今はこんなだけど将来的には私を棄てて他の女に走ることになるのか。
なにそれ、婚約破棄的な?
……あれでも、なんで矢吹隼が小学生でサッカーをやってしまっているんだろうか。
そのあたり『僕タク』の設定と違っている気がするのだけれど。
うーん。これは一体、どういうことだろうか。
まあ、いい。
私にとって、特に前世の私にとっては大事なことは他にあるのだから。
私はさっき見たのだ。
間違いない。あの少年こそ、前世で『僕タク』にハマっていた時に私の推しだった人物。
矢吹隼を菱井麻衣に奪われる前提なら、私ははなから彼を攻略するというのもありかもしれないとも思う。
佐倉香緒里としての人格が矢吹くんに執着をみせる一方で、前世のオタクとしての私は、彼との思わぬ遭遇にドキドキと胸を高鳴らせていた。
鷹月孝一。本物の彼に出会えるなんて夢のようだ。




