新たな目覚め
ボールは、はるか彼方に飛び去った。
ホイッスルがしばしの間をあけてからのち、ためらい気味に鳴らされる。
主審はさんざんスローイングかゴールキックかを悩んだ末、院帝の右サイドペナルティエリア近くからのスローイングでのリスタートを指定した。
「俺のシュートを──脚で弾き上げるとはな!」
フィールドの内と外の誰もが驚いた顔をしているなかで、いちはやく立ちなおったのは最もショックを受けていてもおかしくはないはずの力石玲央だった。
「楽しくなってきたぜ!」
その両目は、凛々と闘志の炎を燃やす。
彼の心は傷つくどころか、熱くなるばかりのようだ。
「観覧野第二の背番号『11』か……」
力石玲央は初めて僕という存在を認識したのだろう。
獅子心は僕に射るような視線を注ぐ。
「普通っぽいが──あなどれないな!」
どうやら、その他大勢だったモブ的立ち位置から要注意な選手くらいには繰り上げられたみたいだ。
原作での鷹月孝一が力石に対しては「なんて強さだ!」とか「なんて速さだ!」とか「なんてすごい精神力なんだ!」と、そんな台詞で彼を要所要所で持ち上げるくらいの存在だったことを思うとなにやら感慨深くもある。
「鷹月、大丈夫か!」
木津根が心配そうに寄ってきた。
「ああ、なんとか防げたよ……」
「台風の目か。理論は正しいが、あのスピードで迫るボールの芯をインパクトするのは並大抵ではないぞ……今のでも、わずかに遅れていたが本当に大丈夫なんだな?」
「あ、そうなんだ」
やはり木津根は『台風の目』というキーワードだけで、力石のシュートを弾く方法を理解したようだ。
僕は、今のキックが遅れていたと聞いて驚いた。
ちょっと早く当てすぎたかもしれないイメージだったんだけれど、木津根が言うのだからやはり遅れていたんだろう。
「まあ、何にしてもゴールを防げたんだから良かった」
「うむ……だが右足は無事か? 痛みはないのか?」
「えっ……」
あれだけのシュートを蹴り上げたわりには、衝撃は大したことはなかった。
原作で描かれたように、意外と中心は静かだった。
それは間違いない。
でも──
「うん、少し痛いかもしれない」
「そんなものか? だったらいいが」
木津根がえらく心配してくれているが、痛みといっても騒ぐほどのレベルでは──
……結構、痛いかもしれない……。
ちょっと嫌な汗が出てきた。
「おい……今、表情筋が緊張したぞ。痩せ我慢するな」
「う、うん、まあ、なんとかなるよ……」
木津根が相手だとなかなか誤魔化せない。
でもまったく踏ん張れないわけでもないし、大丈夫だろう。
「まあいい、次は他の仲間に任せるんだ」
「わかった。でも、木津根には──」
「僕にはできない。それはわかっているさ」
木津根は平然と言ってのける。
自分の限界がどこにあるのかが彼には見えている。
だから木津根孝高という選手は、ときにあっけないほど簡単に諦めることがある。
だがそれは自身の能力の現在値に対する諦めだ。
チームの勝利を諦めないために、自分にできないことは仲間に任せる。
それが彼のやり方だ。
「台風の目を蹴るためには、正確なキック技術、猛スピードを捉える反射神経、力強いキックのパワーが必要だ」
「うん」
「だとすれば、鷹月にも完全には不可能だとすると、僕らのチームで該当するのはおそらくはただひとり……」
木津根は前線の仲間たちを睨む。
「下半身の骨格を鑑みても、やはり陽狩よりもここは……、──君の出番だ、矢吹!」
指名された矢吹は、なんとかディフェンスの死角に入り込もうとコソコソとしていたところだった。
それが唐突に呼ばれ、集中線に取り囲まれた人物のようになったことで驚愕に固まる。
「ぼ、僕?」
人差し指を自分に向ける矢吹。
「そうだ! 僕の計算によって、君にならあの強烈なシュートをさっきのように防げること、そしてそれを続けることが導きだされた!」
「えーっ!」
矢吹は、木津根によって強引にゴールキーパーの手前のポジションに立たされた。
そこでフィールドのあらゆる位置から放たれるレオンシュート・マグナム改に対応するために。
最前線から高い得点能力をもつ矢吹を失うのは痛いが、まともに撃たれれば即失点もののシュートを防げるのだとしたら得点に勝るとも劣らない活躍だから惜しくはない。
もう一度、僕が『台風の目返し』をできるのかといわれると、絶対の自信がないのも事実だ。
右足、ちょっと痛いし。
そして木津根は正しい。
原作で主にあのシュートを防いでいたのは野生の勘冴え渡る伊立だったが、最後のシュートに対抗したのは主人公矢吹だったのだから。
とはいえ、木津根に何をさせられるのか説明されたあとの矢吹が見事なまでに怯えていて、なんとも人身御供な感じが漂ってしまってはいるのだけれど。
そして矢吹は、後ろに下がって間もなく与えられた役割をはたすことになった。
「唸れ右足──!」
力石玲央が自在にポジションを動き、僕らのチームメイトが誰もいないゾーンを利用してシュート体勢に入る。
挑戦的な表情は「止められるものなら、止めてみろ!」と言わんばかりだ。
「でりゃああああぁぁぁーー!」
放たれたシュート。
「うっ、うわぁっ!」
寸前まで小動物のようにブルブルと震えていた矢吹だが、その瞬間が訪れたときには見違えるくらいキリッとしていた。
いつもながら本番に強いやつだ。
矢吹はいつものボレーシュートの要領で飛び上がり、力石玲央のシュートが通るであろう軌道を完全に予測して蹴り当てた。
「たぁーーーっ!」
矢吹のキックに跳ね返ったボールは、レオンシュート・マグナム改のスピードをほとんどそのままに、昔なつかしピンポンゲームのごとく飛んだ。
そして院帝のゴールを強襲するものの、わずかに浮き上がったことでネットには刺さらずポストを強く叩いた。
キーパーは一歩も動けなかった。
「だ……駄目かっ!」
跳躍から着地しながら、矢吹が悔しそうに声を上げる。
どうやらしっかり狙っていたらしい。
決まりはしなかったが、あれこそまさに原作の院帝戦で矢吹が勝ち越しのゴールを決めた技……主人公矢吹の無限の才能を代数Xで表し呼んだ必殺の反撃『X・カウンターシュート』だ。
この目で見られる日がくるとは。
「フッ──ハハハハッ! 惜しかったな!」
実に楽しげに笑うのは力石玲央だ。
彼は味方ゴールポストから跳ねてきたボールの落下点に素早く入り、豪快なシュートからは想像もつかない柔らかいタッチでトラップする。
「まだまだ、いくぞ! 唸れ──」
即座にまた台詞を律儀に叫び、シュートを撃つ力石。
止めにいく隙もない。
「矢吹!」
「う、うんっ!」
木津根が促し、矢吹はまたシュートに立ち向かう。
「うぉりゃああああぁぁぁーー!」
「たぁーーっ!」
ゴール前からゴール前へボールは光のような速さで飛び、また返っていく。
今度は狙い違わずゴールマウスの枠に向かって。
「くるか──だが、やらせない!」
それを力石玲央が阻む。
矢吹の放ったカウンターシュートを、更にカウンターで蹴ったのだ。
「だぁああああぁぁぁーー!」
まさかこのままふたりで往復するシュートのラリーが繰り返されるんじゃないか。
そんなことが僕の脳裏をかすめた。
しかし、力石玲央が弾き返したボールは見たことない歪なカーブを描いて逸れていく。
こっちのゴールの枠からは完全に離れていった。
ホッとした僕だが、それもつかの間のこと。
ボールは異様な縦回転で予測不能な挙動で飛翔していくと、試合を観ている人々がいるところを襲った。
「いかん──避けてくれェ!」
獅子心が絶叫するが、誰もが矢吹のような反射神経を持っているわけではない。
無理な願いだった。
「きゃあっ!」
悲鳴が上がる。
試合を食い入るように観ていたひとりの女の子の。
「そ、そんな──」
顔を蒼白にした矢吹が走る。
「──佐倉さんっ!」
僕も後を追う。
右足が痛みを増しつつあるが、それどころではなかった。
「やめろ、矢吹!」
倒れこんだ少女を助け起こそうとした矢吹を止めたのは僕ではなく、監督だった。
「で、でもっ!」
「頭を打っているんだ。下手に動かしちゃ駄目だ!」
聞いたことのないような厳しい声で、監督が怒鳴る。
「ドクターを! 誰か、電話を持っている方は救急車の手配をお願い致します! みなさん少し下がってください!」
矢吹が伸ばそうとした手を握りしめ、降ろす。
どうやら僕の出る幕はなさそうだった。
監督は必要な処置を迅速に行ってくれた。そして、興味本位で向けられたカメラのレンズに手をかざして塞ぎ、撮影者にむけて首を横に振る。
地面には佐倉さんが意識を失って仰向けに倒れている。
髪止めが跳ばされたのだろう。いつものツインテールの片方がほどけてしまっていた。
「佐倉さん……!」
矢吹の呼びかけにも反応がない。
佐倉香緒里。矢吹の幼馴染でガールフレンド。
最近はふたりが仲良くなりすぎて、矢吹がなんか付き合い悪い感じになっていた。
「──くっ! まさか、こんなことに……」
悔しげに力石玲央が呟く。
猛々しい選手といっても少年は少年だ。
ショックを受けているのがわかる。
「だ、大丈夫かよ……」
「でも……でもよ……このあいだの爺さんも、今じゃピンピンしてるみたいだし……」
院帝の選手たちがボソボソと話しているのを僕は背中で聞いた。
前にも、似たようなことがあったってことだろう。
「んっ……」
「さ──佐倉さん!」
苦しげに佐倉さんが少し動く。
意識を取り戻しつつあるみたいだ。
──まてよ、前にも似たようなこと……
僕のなかで何かが引っ掛かった。
そうだ。以前にも、こんなことがあったのを僕は知っている。
力石玲央のシュートを、頭に受けて意識を失う……。
「う……ん」
ゆっくりと、佐倉さんのまぶたが開く。
「よ……よかった……佐倉さん」
崩れるようにへたりこんだ矢吹。
それを不思議そうに見つめた佐倉さんの瞳。
その目の奥で、ふたつの輝きが静かに混じり合うのを僕は、たしかに目撃した────
第二章 命をかけた戦い ~END~




