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獅子の咆哮

 

「──よしッ!」


 まさに電光石火。


「やったあ!」

「すごーいッ!」

「陽狩君、最高っ!」


 ネットが揺れた瞬間、四方から黄色い歓声が上がる。


 試合の幕開けは、キックオフも早々にドリブルで切り込んだ剛士のゴールからだった。

 守備の股下をくぐり抜ける、狙い済ました左足でのシュートが見事に決まった。


 いつものことながら魅せてくれる。


 剛士は軽やかにライン際をランニングしながらも、前髪の先をつまんで擦るゴールパフォーマンスを披露する。

 おなじみのジョニーポーズだ。


 僕らにとっては幸先のいい立ち上がりになった。


 院帝といえば、全国大会での好成績が期待される名門チームだ。

 地域リーグを初めて勝ち上がってきたのはたまたま何人かのいい選手に恵まれただけで、基本的には凡庸なチームと思われているのが僕たち。

 苦戦が予想されてはいた。


「なるほど、陽狩剛士……レベルを上げているという噂だったが」


 通りの良い、少年にしては太い声が聞こえた。


 声の主、対戦チームのフォワードがセンターサークルにボールを止める。

 院帝からのリスタート。

 失点からの流れにも関わらず余裕のある笑みを彼は浮かべていた。


「おもしろいじゃないか!」


 力石玲央だ。

 (たてがみ)のような独特のヘアスタイル。眉も揉み上げも毛先がはね上がっていて力強い。

 何よりも目力が半端なかった。

 今にも着火しそうな熱い目をしている。


 敵が強いほど燃える。

 剛士もそうだけど、戦闘民族的なリアクションをするタイプの選手だ。

 自分の力があれば1点や2点は必ず取り返せる。その自信と実力がある人間だからできる焦りのない笑み。それは、決して舐めプレイの類いではない。


 プレイ再開を促す、主審の笛が響く。


「お返しを──させてもらう!」


 力石玲央がまるでマンガのように右足を後ろに引き上げた。

 弓を引き絞るようなその動き。

 本物のサッカーでは、まず見ることのない体勢だ。


 しかし原作最大の敵は、そんな不自然な姿勢で一時停止する。


「唸れ右足! 支えよ左足! 獅子が咆哮を上げるとき、紅蓮の弾道が炎の嵐を巻き起こす──!」


 あの台詞は……


 実際、目の前で大真面目に発されてみると聞いているこっちが、ちょっと恥ずかしくなってしまうあの台詞は……!


「シュートを撃つ気だ!」

「えっ、で、でも!」


 前野先輩が指摘し、矢吹が戸惑う。

 キックオフのタイミングではセンターサークル内に踏み込めない。

 なにをされようと防ぎようがなかった。


「く、くるぞっ! みんな伏せろ!」


 前野先輩が、僕たち後ろにいる味方に叫んだ。

 まるで爆発物処理班が作業に不備があって警告するときのような感じで。

 それは冗談で言っているわけではなく、先輩は本気で心配しての言動だ。


 力石玲央は味方が足裏で軽く転がるように蹴ったボールを、信じがたい勢いで脚を降り下ろしてシュートする。


「でやあああぁぁぁーーー!」


 破裂音に似た、シュートキックとは思えない響き。

 そして、ヒュンだか、ブォンだか、そんな感じのボールが風を切る音。


 サッカーボールが変形するのを、僕は目の当たりにした。


 マンガ、アニメではスポーツものでよくある演出だが、本気でその場にいるときにやられると恐怖がすごい。

 瞬間的に見ただけで、マンガの決めゴマのようにはっきり印象的に目に焼きついたわけではない。


 だけど実感した迫力ときたら、2次元で感じたこととの比では言い表せないものだった。

 単純に、命に関わる危険を覚えた。


 ボールは、僕のわずか数メートル横を過ぎ去っていった。


「これで同点。ここからあらためて試合開始だな!」


 ゴールが決まり、力石玲央が宣言した。


 場内がざわめく。

 剛士のときとはまったく違う反応だ。


 それはそうだろう。

 剛士のシュートが華麗な技なら、今のは圧倒的なパワーで決めた得点だ。


 だから試合を見守る人々は剛士には感嘆し、力石には畏怖を覚えた。


 だけど、今のは……


 僕は木津根のところに駆け寄る。

 確認しておく必要があった。


 まさか、もう完成していたなんて……


「木津根!」

「鷹月。なんだ」

「今の、見えたよね?」


 人並外れた動体視力を持った木津根なら、僕には完全にわからなかったさっきのシュートを正確に認識しているはずだ。


「どんな回転をしていたか知りたいんだ」

「……う、うむ。回転か。今のシュート、進行方向を軸にした時計回りの……僕の立ち位置からだと反時計回りに周りながら迫ってくる回転が掛かっていたぞ」

「やはり!」

「あんな回転を掛けるキックができるとはな」


 人間の技と思えないシュートに唸る木津根。


「そしてあの球速……」


 力石玲央のシュートが強烈な威力をもっていたのは1年と半年前に対戦したときから、すでにそうだった。


 だが彼のシュートには弱点があった。

 精度が低く、ゴールの枠をはみ出してしまいがちという。

 10回撃って、やって1度か2度は狙い通りに飛んで点になる。そんなノリだった。


 原作『僕タク』での力石玲央はそんな弱点を克服する技を開発している。


「……レオンシュート・マグナム改!」

「? 鷹月……やつのシュートのこと、なにか知っているのか」


 思わず口走った僕に、木津根が問いかける。

 なぜに僕がそれを知るのかは不自然かもしれないが、こうなっては隠している場合ではない。


「線条痕って知ってるかい」

「なにっ……そうか、だから!」


 ただひとつのヒントで木津根は力石玲央のシュート、レオンシュート・マグナム改の秘密を理解したようだ。


 原作でのエピソードだ。

 シュート精度の低さに悩んだ力石は、自身のキックに正確性を持たせる(すべ)を求めて世界を放浪していた。


 そんなとき彼は一本のライフルに出会う。


 遥かな遠方にまで正確に射撃できるライフル。

 こんなシュートが撃てれば。憧れと尊敬にも似た気持ちで、少年は長く力強い砲身を撫でたのだった。

 そうして、力石玲央は発見する。


「この(みぞ)は──なんだ?」


 そこに新たなシュートのアンサーがあったのだ。


 しかしあのエピソードはもっと彼が成長してからのはずだ。

 原作が加速している?

 矢吹がサッカーを始めてしまったからだろうか。


 僕の目前に立つ木津根は、眉間を抑え眼鏡をなおすしぐさをする。そこに眼鏡はない。


「なるほどな……放たれた弾丸が正確に飛ぶのは銃の内側に刻まれた溝による恩恵だ……螺旋状の溝を抜けることで弾は旋回しながら放射される……ゆえにまっすぐ進むのだが、それをサッカーボールでやってしまうとは!」

「うん……すごいよね」


 かつて原作の読者であった僕は、レオンシュート・マグナム改の理屈はともかく実現してしまう人間を超越しっぷりに読みながらツッコミを入れたものだった。


 だけど、できてしまっているものは仕方がない。

 やっちゃっているんだから、できるもんなんだと認めるしかない。


 とにかく力石玲央は、くるくる回ることでまっすぐに安定しながら飛ばせるシュートを身に付けてしまったのだ。


「あのシュートの威力……へたに足を出せば怪我をするぞ」

「そうだね」


 木津根の言うとおり、レオンシュート・マグナム改は危険極まりない。


 あのエピソードで力石玲央がシュートを練習したボールには渦条に焦げた跡がつき、球体としての形状も変形してサッカーボールとしては使い物にならなくなっていた。

 それを見たアメリカ人のおっさんが「オーマイガッ!」ってコメントしている場面があった。


 力石玲央がシュートを撃つ前にやたらと喋るのは中二病だからというだけじゃない。

 今から蹴るぞ、危ないぞって警告をしている意味もあるんだ。


 トラックがバックするときや、カーブするときに機械的なお姉さんの声が出るのと同じことだ。


 獅子の咆哮は、対戦相手に怪我をさせまいという王者の優しさから発されているのだ。舐めプレイではない。


「でも、攻略法はあるよ」

「なにっ?」


 木津根が驚く。


 僕にとっては当然のことだ。

 原作では矢吹のチーム、観覧ノ坂高校が力石の率いる院帝学園に勝利している。そういう物語だ。


 だからレオンシュート・マグナム改を破る手段も描かれている。


「それはなんだというんだ?」

「うん、それはね──」


 木津根に説明をしようとするが、またホイッスルが鳴らされ試合が再開される。

 僕はポジションに戻らないといけない。


 まあ、大丈夫だ。

 木津根ならワンヒントで答えを導きだすだろう。


「台風の目だよ!」


 そう伝えて、僕は自分の位置に戻る。

 再開した試合は激しいポゼッションの奪い合いになった。


 お互いパスをまわしてボールをキープしようとするところに、どんどん選手が詰め寄って自由にはさせない。


「こっちだ!」


 力石玲央がボールを要求する声。


「そんな後ろに──しまった!」


 ボール回しの最中、力石はほとんどディフェンスの位置にまでポジションをさげていた。

 名門を相手にして自陣でみんなが守りを固めていた僕らだ。

 そこにはだれもプレッシャーを掛けられない。


 スピードのある、剛士と矢吹も逆サイドにいて間に合いそうもなかった。


 フィールド全域からが、力石玲央のシュートレンジだというのに。


「いくぜ……唸れ右足! 支えよ左足──!」


 振り上げられた足の下に、院帝ボールでパスが渡りグラウンダーでボールが転がっていく。

 またあいつのシュートがくる!


 木津根はシュートの攻略法を理解したかもしれない。


 原作で攻略法を考え出したのは他でもない木津根だった。

 しかし、実際にその方法で防いだのは守備の相棒の伊立だった。


 野性味溢れるディフェンダー伊立は、まだチームにはいない。


 ここはもう僕がなんとかするしかないだろう。

 幸か不幸か、シュートコース上に僕はいる。


 やるしかない。


 僕は覚悟を決めた。


「台風の目を……射ち返す!」


 日本に毎年、夏から秋にかけて襲来する台風。

 ときには甚大な被害をもたらす台風だが、どんなに超大型で勢力を誇る台風であろうと、その中心は不思議と静かだという。


 それが台風の目だ。


 つまり超強力なレオンシュート・マグナム改も渦状に回転している以上はその中心点は穏やかなのだ。


 ……冷静に考えれば、そんなわけはない。

 そんなわけはないのだが原作でそういう理論がまかり通ってシュートを弾き返してしまっているのだから、この世界ではそれが可能ということになる。……なるはずだ。


 失敗すれば負傷は免れないかもしれない。

 空振りして恥ずかしい感じになる可能性も高い。


 だけど僕は、ここに伊立がいないからには自分が身をもってシュートが防げることを示すべきだと思った。


「どぉりゃあああぁぁぁーーー!」


 力石玲央のシュートが放たれた。


 あまりにも速いシュートだ。

 ある程度は勘を信じるしかない。


「そこだっ────!」


 僕は思いきって、右足を振り抜く。


「!?」


 足の甲にすごい衝撃があって、サッカーボールが爆散したんじゃないかって錯覚をした。

 でも、さすがにそれはなかった。


 次に僕が確認したのは、ゴルフボールがドライバーで打たれたときに飛翔していくのに似た挙動ではるか彼方に飛び去っていくサッカーボールの姿だった──


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― 新着の感想 ―
[一言] 「台風の目」とか昔ジャンプでやってたリベロの武田思い出した。 扇風機の真ん中押さえると止まるやつ、懐かしい。 キャプ翼要素もあったり、色んな作品のオマージュが効いてて良い。 ツッコミ不在で…
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