誘われて
「きゃっ」
「あーはいはい」
石段を登る途中で、案の定つまずいた白鳥真理を支え上げた。
そんなに急な段差ではないのだけど。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「あーなにそれ、お姫様ぷれー! あたしもやりたいなー」
それを見ていた早優奈ちゃんが同じことをして欲しがる。
手したトレーにはさっき屋台で購入したばかりの『みらのそば』がある。
「危ないから真似は駄目だよ」
「ぶー」
早優奈ちゃんは割り箸で『みらのそば』を口に運んだ。
観覧野市の名物『みらのそば』は塩焼きそばをメインに、食べやすく刻んだ蛸と青海苔をトッピングしたB級グルメだ。
丸ヶ璃多姫という幕末期に観覧野に嫁いできたお姫様がたいそう気に入ったっていう逸話から『ひめそば』という別名もある。
「早優奈、歩きながら食べないの。行儀悪い」
「ちぇ」
姉の架純ちゃんに注意され、ふて腐れた顔をする早優奈ちゃん。
だがしかし架純ちゃんの背後では保護者であるはずの明美さんが串団子を満面の笑みで頬張っていた。
「鷹月よ、この石垣の反りを見ろ。素晴らしいと思わないか」
「えっ……そり?」
目を輝かせる木津根に同意を求められたが、いまいち良さはわからなかった。
彼は唸りながら曲がり角に立ちはだかった高くそびえる石垣の壁に手を添える。
「それにこの石の組み方……堀の深さも申し分なく、計算し尽くされた櫓の配置……まさに鉄壁だ」
惚れ惚れしながら語る木津根。
「あーあんなとこに空いてる穴から矢とか鉄砲で狙うのか。たしかに攻めんのは難しそうだな」
上を見上げながらそう言ったのは剛士だ。
「そうだろう、陽狩。君もそう思うか」
「でも、あの辺とか登れそうだけどな」
「ふっ……そう敵兵が安易にそう思うように組まれているんだ。実際は途中から登りきらなくなる。まあ、陽狩の身体能力なら登ってしまいかねないがな」
剛士は木津根と、どうやったらこの城郭を攻略できるかで盛り上がる。
「ほら、あんたたち。だらだらしないで先に進むのっ!」
「はーい」
「おう」
「ふん。情緒のない……」
真理が急かすので僕らは先を急いだ。
「今日は、お城を観に来たわけじゃないんだから!」
「おおっ!」
剛士が見下ろした景色に声を上げる。
僕らは城内の櫓のひとつに上がってきたところだ。
太い木材で組まれた手すりから顔を出すと、眼下には深いグリーンが四角く切り取ったように広がる。
全長にして約120ヤード。全幅およそ80ヤード。
サッカーの公式戦が行える、世界共通規格の天然芝フィールドがそこにはあった。
切り揃えられた美しい芝。シンメトリーを描くライン。対峙するゴール同士。
どれも見覚えがある光景だ。
だがそこから一歩離れた外側には、一風変わった情景がある。
スタンドの座席は何やら畳と木でできているようだし、客席とフィールドを隔てるフェンスは石垣と白壁になっている。
そんなフェンスに吊るされた企業広告は、垂れ幕に紋のようなアレンジの施されたロゴと毛筆っぽい漢字で描かれていた。
監督や控え選手が座るベンチはなんだか戦の陣幕風だし、電工掲示板も和風に造られていて和紙のような質感の画面に浮かび上がるように文字や数字が表示される。
篝火のような照明、選手を応援する幟、そしてメインスタンドからそのまま大空にまで突き立てるように伸びた天守閣。
「すげー。いつきても、何か特別だよなー」
剛士は何度も頷く。
他の面々はしばらく雰囲気に圧倒されたように静かだった。
観覧野スタジアム。
市内にあるサッカー専用スタジアムだ。そして日本初にして唯一の城郭型サッカー専用スタジアムでもある。
ゴール裏に陣どった満員のサポーターから法螺貝が吹きならされた。
合わせてチームカラーのユニフォームでスタンドを染める人々が応援歌を合唱する。
ここは地元のプロチームであるカルチョモノノフ観覧野FCのホームスタジアムでもある。
まさに他の土地から攻めてくるアウェイチームを迎え撃つ城そのものだ。
「サンキューな、白鳥妹! 物見櫓席なんてなかなか取れない席なのに」
剛士の言うようにサッカー場の四隅に特別に造られた櫓からの眺めは抜群だし、座敷からくつろいでプロの試合を生観戦できるなんて最高だ。
僕からもちゃんとお礼を言っておかないと。
「ありがとう」
「べ、別にあんたたちを喜ばそうとか、そ、そんなんじゃないんだからっ」
なぜか真理は顔を赤くして怒る。
「お兄ちゃんのチームがたまたま練習試合でスケジュールが重なったから……お兄ちゃんが鷹月たちにチケットを譲ってやったらいいって言うから……」
真理の言葉に、剛士は「じゃあほとんど白鳥兄に感謝でいいな」と言い木津根は「うむ。兄のみに恩義を感じればいいだろう」と同意した。
「あ、あんたたちね……とにかく、お兄ちゃんに勝って私たちの地域の代表として勝ち進んだんだから、大会予選でぶざまに負けないためにもプロの試合を観て、よーく勉強しなさいってこと!」
ビシリと真理は今にも試合が始まりそうなフィールドを指差す。
言われなくともといった感じで剛士と木津根は観戦モードに入る。
だが架純ちゃんたち姉妹とその母は、櫓のまったく逆側から景色を見ていた。
「眺めいいね」
「いいねー」
そこから観覧野市内を一望できるのだ。
「でも、お兄さんの試合があるなら応援にいかなくてもよかったの?」
僕は思っていた疑問を真理に投げかけた。
「いいのよ。これは、私たち兄妹にとって越えなければいけない試練なの。私は遠いところにいても、お兄ちゃんを信じて……そして、勝て勝て電波を送るから」
「ふうん」
「べ、別に、あんたとここに来たかったわけじゃないんだから、か、勘違いしないでよねっ」
わざわざ頑張って否定しなくても、そんなことは一言も言っていないのだが。
真理が観覧野スタジアムでの試合のチケットが余った、行くか?と申し出てくれたのは先週のことだった。
剛士と木津根が行くと手を上げ、小学生だけではということで明美さんが引率してくれることになった。なぜか、架純ちゃんと早優奈ちゃんも着いてきた。
矢吹は例によって、リア充爆心中なので予定が合わなかった。
「ねえ、鷹月孝一」
試合が始まり、しばらくしてから隣に座った白鳥真理が話しかけてきた。
互いに視線はボールと選手を追ったままだ。
「うん?」
「大会予選、気をつけてね」
「ああ」
「私、勝ち進んだのが、お兄ちゃんのチームじゃなくて良かったって考えちゃう」
「──どうして?」
一瞬だけ、試合から目をそらし真理の顔を見た。
真剣な眼差しでサッカーボールの行方を追う顔を。
「だって、もしもお兄ちゃんが、あいつと試合をするってことになったら今ごろは心配で頭がおかしくなってそうだから」
「ああ、あいつか」
「あんたも気をつけて。あいつのシュートはすごい威力だから」
真理の警告に、僕は来週に迫る大会予選の第一試合に思いを馳せる。
相手は決まっている。
院帝学園附属小学校のサッカーチーム、院帝SC(U-12)だ。
県内でも常にトップの地位を争う名門チームとの対戦になってしまった。
そしてその中心選手にしてエースストライカーこそは力石玲央。
獅子心の渾名をもつ、原作『僕タク』で主人公の矢吹隼の最大のライバルフォワードだった強敵だ。




