意味深な義妹
「おはよう、孝一くん」
「ああ……うん、おはよう」
少しもおはやくはない時間帯なのだが、僕は同じ挨拶を返す。
どこかの業界的なノリだろうか。
「今起きたって感じだね」
「そうだね……昨夜はついに実装された種子島様をゲットするのに頑張ってたから」
「タネガ……ああ、『銃器乱舞』だね」
「そうそう」
ご満悦といった顔から察するに、架純ちゃんは種子島をお迎えできたようだ。
銃器を擬人化させたキャラクター銃器男子を揃えて育てるゲーム『銃器乱舞』もまた女の子のあいだで人気のあるタイトルだ。
種子島といえば戦国時代に伝来した火縄銃だが、これの擬人化されたキャラというと何かで見た記憶があって、あれは確かサムライの姿をしたポルトガル人だったと思う。そして雨が苦手。
他のキャラだと、ベレッ◯やグ◯ックのような有名どころの拳銃から始まり、アサルトライフルからサブマシンガン、ショットガンなどがあるらしい。
古今東西の銃器が時代や性能を問わずイケメンの姿になってプレイヤーの手に渡るのを待ち望んでいるわけだ。
そんななかに火縄銃とか居て役に立つんだろうかという気はしないでもないが、そこはゲームなのでバランスが取られているのだろう。
「種子島様って強いの?」
「うん。連射性能はいまいちだけど一撃は強いよ」
「ふうん」
「えっとね、M1◯ーランドおじ様よりも、ちょい上かな」
「……」
そんなわけないというツッコミは野暮なんだろう。
世間ではこのゲームの影響で、それまではマニアの趣味だった銃の世界が一気呵成に若い女性のあいだで広まっている。
一部には以前からサバイバルゲームに参加しているアクティブな女性もいたんだけれど、『銃器乱舞』はもっと広い層の女性に銃の魅力を浸透させることになったのだ。
専門雑誌や書籍が一時、書店やネットショップから姿を消した。
エアガンやモデルガンを買い集める女性が専門店に押し寄せ、メーカーは想定外の増産に嬉しい悲鳴をあげて対応することになったりもした。
このゲームのせいで、どこにでもいそうな女子大生が普通にフリントホック式とパーカッションロック式の違いについて解説できるまでに銃器に詳しくなり、ガンマニア顔負けの専門知識を覚えるようにまでなったりしているそうだ。
社会現象というのはすごい。
数ヶ月前に某合衆国のカジノとかがある街で起きた発砲事件では、使用された拳銃が『銃器乱舞』で人気のあるものだと報道されるや、これにファンが反応し「私の◯グサウエル君を人殺しに使うなんて許せない!」ということで署名活動が行われた。
政府から某国政府や全◯ライフル教会に向けて銃規制に取り組むよう要請することを嘆願する、数万に及ぶ署名が提出されたのだった。
「さてさて」
架純ちゃんはリビングの収納を開く。
そこから古びた木製のケースのようなものを取り出した。
「今日はこれで遊ばない?」
「バックギャモンだね」
特に断る理由もない。
午前中に目を酷使したあとだからゲームで遊ぶにしても、こういうアナログのほうが助かるところではある。
たぶん架純ちゃんも似たコンディションなのだろう。
視力の低下はオタクの天敵だ。気をつけたい。
女の子と二人きりで遊ぶというのは、森川さんに対する裏切りにならないかと考えなくもない。
だけど架純ちゃんは義理の妹だ。
僕は、自分が森川さんにやってもらいたくないことは僕のほうでもしないって線引きを決めている。
もしも森川さんに親の再婚相手が連れてきた男の子の義弟がいたらどうだろうか。
ベタベタしない程度に良好な関係でいてもらえたらと思う。
一緒にゲームで遊ぶとか、勉強をするくらいは大丈夫だ。
うん。……うん。大丈夫。
森川さんが僕のことを、ちゃんと大事に思ってくれているなら変に嫉妬せずに耐えられそうな自分を確かめた。
この基準を自分で守っている限りは、僕は森川さんに後ろめたくならないでいられる。
だから純粋にゲームを遊ぶことを楽しむぶんには問題ない。
架純ちゃんはテーブルに四角い木製のケースを置くと、金属の留め具を外す。
ケースが真ん中からふたつに開いた。
独特の長い二等辺三角形の模様が並ぶ遊戯盤。
ふたつの種類の材質が違う木で作られた複数の駒に、6面体ダイスが2個。
そして、バックギャモンならではの2から64までの偶数が刻まれたダブリングキューブ。
アンティーク感のある遊戯盤には過度にならない程度に装飾がなされている。
丸い駒は、かなり剥げてはいるものの、それぞれ鷹と獅子が紋章風に描かれていた。
20世紀中期にトルコかギリシャあたりで造られた骨董品だそうだ。
なぜにこのような物体が鷹月家のリビングに常備されているかというと、こういったアナログゲームの変わったものを発見しては購入してコレクションするのが父の趣味だからだ。
他にも、将棋、囲碁からチェス、ドミノ、トランプ、花札など和洋問わず色んなものが揃っている。
僕が気に入っているのはガラス製の囲碁盤と、洋モノ中世ファンタジー感あふれる金属細工の人形が駒になったチェス盤だ。
こう中二心を掴んで離さない感じがとてもいい。
「今日は負けないからね」
「受けてたつよ」
僕らはテーブルを挟んで座ると、初期配置にバックギャモンの駒を並べる。
うしろから、2ー5ー3ー5、と。
なんだかサッカーのフォーメーションのような気がしないでもない。
ダイスを振り合って、架純ちゃんからのスタートになった。
「どうぞ」
「行くよ──てゃっ!」
架純ちゃんは気合いを込めてダイスを2個振る。
ダイスの出目は元気とか根性とか勢いでどうにかなるものではないと思うけど。
両手を組んでひねりこんで覗いてもジャンケンに勝てないのと同じように。
「6ゾロ、キター!」
「……」
バックギャモンとはつまり、短く言い表すなら『対戦型すごろく』だ。
日本にもその昔、盤双六として伝わり似たものが存在していたのだそうだが色々とあって廃れ、今ではいわゆる絵双六が『すごろく』として残っている。
すごろくとバックギャモンの大きな違いは複数の駒を使うことと互いのゴールとスタートが逆の位置関係になっていることだ。
ダイス(サイコロ)を振って出目だけ駒を前進させるのは同じ。
だけど相手の駒が複数止まっているマスには自分の駒を置くことはできない。
どれか動かせる駒を選んで前に進めることになる。
相手の駒がひとつしかないマスには駒を進めることができて、更にそこにあった相手の駒を『ふりだしにもどる』にさせられる。
そして『ふりだしにもどる』にさせられた駒は、次の番手で振ったダイスの出目を使って盤上のスタート地点から再出発させていかなければならない。
ゴール地点から6マス以内に自分の駒を全て進めることができたら、そこからダイスの出目を使って駒をひとつずつゴールさせることができる。
先に全ての駒をゴールさせられた方が勝ちだ。
ダイスを使うので運が勝負を決める要素もあるけれど、ダイスの出目でどの駒を動かすのかで判断力が試される部分も大きい。
攻めるのか守るのか。
リスクをとるか、とらないか。
日本ではあまり普及していないが世界的には人気と歴史のあるゲームだ。
「うわー、そんなところに駒があったら動かせないじゃない」
「そう思って駒を置いてるんだよ」
架純ちゃんは安全重視で最速でゴールを目指すタイプだ。
やることが読めると僕も対応がし易い。
最初のゲームは僕が勝たせてもらった。
手加減をして、それがわかると架純ちゃんが怒ってしまうので手は抜かないことにしている。
前に将棋を指していて手加減がバレて、滅茶苦茶責められた経験がある。
偶然を装おって負けられるほどは僕が巧くないってことも言える。
「まだまだ勝負はこれからよ」
「うん」
僕らは再び各自15個ずつの駒を配置する。
デジタルゲームならこれか瞬間的にスタート状態にスタンバイできて勝負を再開できるのだが、ときにはこういうアナログのわずらわしさというのも良いものだ。
中古品というと前世の僕はあまり好きじゃなかったけど、この古びた丸い駒をつまみ上げていると、中古もここまでくると趣があって価値があると感じられる。
父はまた仕事で海外に出張中だから、また何やら収集してくるかもしれない。
たしか今はチェコだかポーランドだか、どちらかだったはずだ。
まあ家にいても、とにかく存在感のない人なので、いてもいなくてもあまり変わらないのだが。
そういうところはさすがに鷹月孝一の父親なんだなと思う。
そんな父の在宅時の趣味はチェスの棋譜を打つこと。
小さな書斎にこもってジャズの名盤を流しながら、何10年も前のチェスの名人が争った勝負を再現する。
なんかジョンなんとかさんの閃きが凄いとか、ポールなんとかの知能と美学が芸術の域だとか言っていた。
あまり真似したいとは思わないが、趣味なのでとにかく楽しんだ者が勝ちって世界だろう。
「ねえ、孝一くん」
「なんだい」
「孝一くんて、好きな女の子がいるでしょ?」
駒を動かしながら、架純ちゃんが唐突に恋バナを投じてきた。
おっと。これは僕を動揺させて勝とうという作戦か。
だがそうはいかないぞ。
「いるよ」
僕はこれといった感情を出さずに、ダイスを振りながら応えた。
ポーカーフェイスならぬポーカーボイスだ。
ちょっと上擦ったかのような気がしたのは何かの間違いだ。
そもそも森川さんのことが好きなのを隠す気は前からないわけだし。
あえてまで説明はしなかったのは、聞きたくないだろうと思ったのと、聞きたいそぶりも見せてきてはくれなかったからだ。
架純ちゃんが聞きたいというのなら、僕は森川さんの素晴らしさについて、とうとうと語ってあげてもよいのだ。
僕は更なる質問があるのかと心の用意をした。
のろける準備はできた。
だが、架純ちゃんは黙々とゲームを続ける。
6度ばかり順番が入れ替わって、やっと架純ちゃんが口を開いた。
目を合わせず、どこか他人事のような口ぶりで。
「私も、好きな男の子がいるんだ」
おおっと。そっちは準備してなかったぞ。
まさか僕のほうがまだ森川さんの名前を出してない流れで、それは誰かとか聞けない。
前々から、架純ちゃんは僕のことを好きっぽい感じを出してきてはいる。
だからといって「それって、僕?」とか聞いてしまうのは、なんか自意識過剰な気もするし、もし違ったら超絶に恥ずかしい。
もう地球を一周走ってきた助走で深い穴に滑り込み潜りたいくらい恥ずかしいだろう。
なにしろ架純ちゃんのことだから、好きな男の子とは種子島様のことでした、なんてオチも否定できない。
「へえ、そうなんだ」
「そうなの」
なんとも言えない感じで、僕はそのままゲームを進める。
ギリギリのいい勝負になったのだが、乱数の神様は架純ちゃんには微笑まず、わずかな差で僕が先に上がって連勝をした。
「ねえ、まだ続けていいかな?」
「うん」
僕らはまた駒を、最初の並びに整える。
ダイスは架純ちゃんをまた先手に選んだ。
誕生日が約1ヶ月違いの僕の義妹は、今度は5のゾロ目を出して微笑む。
「私、まだ簡単には諦めたくないんだよね」
「……」
──それは、バックギャモンのことを話しているんだよね?




