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 天気予報は今日一日中を晴れと伝えていた。

 これは記憶違いではないと断言できる。

 しかし、雨は現実に降り始めている。

 そしてそれ以上の確率でこの場に現れるとばかり思われていた真理の姿が、ここにはない。


 冷たい雨が、まるで僕に「何もかもが思い通りにいくと思うな」と告げているかにも思えた。




 春間サッカークラブのキックオフで試合が始まる。


 ゆっくりと、ボールロスを極端に恐れるかのような堅実なパスまわしで、春間の選手たちはフリーでいる者を探してはボールを預けていく。

 静かな立ち上がりだ。


 真理という心の支えがいない白鳥琉生は、顔つきも冴えず挙動不審に近い有り様だ。

 まるで心ここにあらずといった感じでもある。


 そんな琉生の様子を反面教師的に、ああは成ってはいけないと僕は僕に言い聞かせる。


 落ち着いて、現実を見つめて自分がどうしたらいいかを明確にすべきだ。


 真理はいない。これが現実だ。


 遅れてやってくる場合もありえる。それならばいいが、そこに願いを託すのもあまり賢い選択ではないだろう。

 こうなった以上は、この試合に真理は不在だとして考えるべきだ。


 試合はもう始まってしまっている。

 幸いなことに、雨のコンディションになったことでお互いに安全重視で探りあいをしているような序盤になっている。


 早いうちに考えをまとめてしまおう。


 僕は、この試合で真理が応援している前で琉生を打ち負かすことで真理の死亡フラグを折って捨てることを狙っていた。


 目的は、原作のとおりに真理が死んでしまわないこと。

 その手段としてサッカーの試合に勝つことを考えたのは、真理に訪れる運命に、琉生が出場する試合を真理が応援している限り琉生が負けることはないというジンクスが多大な影響を与えているからだった。


 ジンクスを根底から否定することになる、真理が応援していても琉生が負けた試合。

 これを実現することで一年後に起きる予定の、真理不在での敗戦を経験したのちに、琉生が真理に「なぜこなかったのか?」と怒りをぶつける場面。これが起こらなくなると考えられる。

 いる限り絶対に負けたことがないのと、一度でも、いても負けたことがあるのとでは雲泥の差だろう。


 真理が危険を省みず交通事故に遭うほどに、兄の試合に立ち会わなくてはいけないという強迫観念に捕らわれ、精神的に追い込まれることもないはずだ。


 原作からそう僕は考えた。


 実際の琉生は想像を絶するレベルで真理の存在すべてに依存していたし、真理は真理でいつどこで交通事故を起こしても不思議のない人物だったりはしたが。


 それでも原作にはなかった真理のいる試合でのまさかの敗北は、琉生の未来に何か大きな影響を与えるはずだった。

 ふたりの運命を変えるほどに。


 しかし、この試合に真理がいないとなっては、そのチャンスは閉ざされたことを意味する。


 残念ではある。だが絶望することでもない。

 この試合で真理の命を救えたかもしれない可能性は無くしたとしても、この試合で真理の生死がすべて決まってしまうわけではないからだ。


 真理の命を助ける目的を達成するには他にも手段があるだろう。


 確実なのは物理的なやつか。

 交通事故の場面に介入して、正義のヒーローみたく真理を助けてしまうんだ。


 ただその方法だと、しっかり問題の場面に居合わせるために真理のことをストーキングしないといけないけれど。

 やってるうちにストーキング行為にハマってしまったりしたらどうしたものか。あれは犯罪だ。なるべくなら、よしたほうがいいか。


 時間と場所さえ特定できれば、変にギリギリセーフをやらなくても真理をそこに近づかせないだけで大丈夫かもしれない。

 その方法なら、適当に真理の行動を阻害するだけで済む。犯罪者にならなくていい。


 でもそれは原作どおりのタイミングで事故が起きた場合だ。


 貴羽夜人の例にもあるように、白鳥真理の未来にも僕らと関わったことで何かと変化が起きているかもしれない。

 原作と同じ時間に、同じ場所で事故が起きるとは限らないだろう。


 あるいはすでに死亡フラグは回避されている可能性だってある。

 それはさすがに希望的観測が過ぎるだろうけれど。


 むしろ運命の変化が、悪い方向に起きる可能性だってある。

 可能性の話をするなら白鳥真理の交通事故が、今日のこの試合に遅れて急いでいるところで起きてしまう場合だってあるかもしれない。


 何らかの要因で真理の悲劇の運命が加速してしまったとしたら。


 真理が、この試合にいればその可能性は否定できた。

 でもいないからには完全には否定できない。

 そう考えるとゾッとするけれど、こればかりはもう、そうではないことを祈るほかない。


 僕は数日前に会った真理が、この試合を楽しみにしていたことを思い出す。


「決着をつける日が楽しみだわ。首を洗って待っていなさい、鷹月孝一!」


 サッカーに首を洗っておいて意味のある要素はないと思うが、あのときにはまさか真理が試合に現れないと考えるのは難しいくらいの様子だった。


 いまどこで何をしているのだろうか。

 それを思うと不安で、心配になるばかりだ。


 でも基本、僕には心配性なところがある。

 だいたいは余計なことを考えすぎている場合が多い。


 毎日、森川さんが新しい学校で八人くらいのイケメンにつきまとわれて、彼女が望まない逆ハーレム状態に頭を悩ませてやしないかと心配しているし、サッカーでもチームメイトが物凄い技に目覚め始めるのに僕だけ置いてきぼりになって、時代はサッカー選手なんだから空くらい飛んで当たり前になっているのに僕だけ浮くことすらままならない、なんてことになりやしないかと心配している。


 あと突然、異界からの門が開いて世界の侵略が始まったり、手の甲に謎の光るアザが浮かび上がったあたりから始まる世界の存亡をかけた異能バトルに巻き込まれたりしてしまわないかと期待……じゃなくて心配している。


 真理のことも杞憂に過ぎなければいいのだけど。




 事故を防ぐ。

 その手段もあるだろうけど、やはり原作を知る身としては兄妹が約束を呪いに代えてしまうほどに互いを追い詰めた物語を回避することを解決にしたい。


 例えば、この試合に勝った上で白鳥琉生にこう持ちかけるのはどうか。


「真理がいれば負けなかったって言うのかい? じゃあ、本当にそうなるか試合をしようじゃありませんか、ホホホホ」と。


 今の、この試合に勝てば、チームは次のステージに向けて準備をしていくことになる。

 春間サッカークラブとの親善試合が組めるとしたら、練習相手としては最高だ。うちの監督ならオッケーしてくれる公算は高い。


 問題は春間側が受けてくれるとは限らないことか。

 それに試合としての重要度も、今日の試合とただの親善試合では差がある。生死の運命を左右できるほど、両チームのモチベーションがぶつかり合うものになるかは疑問だ。


 ならば兄妹の関係を変えてしまうのはどうだろうか。

 そもそも真理が琉生を応援するのをやめてしまうのは。


「白鳥琉生よ、今日から君の妹の真理には僕を応援してもらう。君はもう無しにして」

「な、なんだと鷹月孝一、勝手なことを」

「フハハハ、真理も君なんかより強くて素敵なこの僕を応援したほうが幸せというものだよ」

「言ったな。ならば勝負だ」


 で、僕が勝つと。


「きゃー、鷹月孝一ってば素敵ー!」

「真理! 兄よりもそんな男を選ぶのかっ?」

「安心してください、義兄さん。これからは、真理の応援はすべて僕のもの。ふたりで幸せになりますから」

「お兄ちゃん、バイバーイ!」

「ま、真理ぃー! カムバァーーーック!」


 めでたし、めでたし、と。


 ……駄目だな。僕には森川さんという心に決めた人がいるのだから、ふたりで幸せになってはいけない。

 これはもっと別の案を考えるべきだ。


「鷹月、行ったぞ!」


 妄想を展開しているうちにもボールがまわされ、僕はそれを無難にさばいていく。

 前回対戦に引き続いて僕にマークがついてはいるが、簡単にボールを奪われたりはしない。


 僕は、この一年で試合中でも妄想を展開する技術を飛躍的に高めていた。


 とにかく、はっきりしているのは真理がこない以上は、この試合で彼女の運命を変えることはできないってことだ。


 そうである以上、僕は僕のサッカーに集中するべきだろう。


 白鳥琉生の動きは固く、ほとんど並以下の選手に成り下がってしまっている。

 そのかわりに、絶対的なエースを失った御覧野第一小が見せたように、他の選手が意識して頑張ることで春間のチームは堅固な守備を敷いている。


 剛士も、矢吹も、決定的な仕事をさせてもらっていない。


 一方で、全体的に春間が引き気味になっていることで、前回にはあったカウンター攻撃での怖さが随分と薄れてはいた。


 試合を膠着させている要因は他にもある。


 僕らの武器のひとつである、止まるパスが雨のコンディションでは使えないということだ。


 水はけを良くする溝が入っているレインコンディション用のサッカーボールでもあれば別だが、地面が濡れて滑りやすくなった状態ではパスを思い通りに止めることは不可能だ。


 それに僕の心に、どれだけ整理しても、やはり勝つことを躊躇う気持ちがあるのが否定できなかった。


 この試合の勝敗は、勝っても負けても、白鳥兄妹の運命には関わらないものになったと思う。

 しかし、僕らが勝つことで原作どおりの、真理がいないせいで負けてしまった物語に向けて前進してしまうのも事実だ。


 だとしたら、僕らは負けたほうがいいのだろうか?


 そうしたら白鳥琉生は、真理がいなくても自分は勝てたと、真理の応援はもういらないと、そう考えてくれるだろうか?


 今の琉生を見る限り、そうはならないようにしか思えない。

 今日のことで真理が責められることはないだろうが、問題の解決にはならないだろう。


 引き分けることが、この試合で最も無難な結果だろう。

 チームは先に進める。

 白鳥は、負けたわけではない。

 だとしても狙って引き分けにすることができるだろうか。

 やってみる価値はあるのかもしれない。


 でも、そんなことは勝つために真剣にやっているチームメイトに対しての裏切りにあたらないのか。

 でも、これは場合によっては人の命を左右するかもしれないことだ。よく考えない行動のために後で後悔することになりはしないか。

 でも、迷っているのはよくないことだ。どっちつかずになって中途半端になるのは止めて、方針をしっかり決めないと。


 でも────、


 試合経過とともに、僕のなかに『でも』の数が増えていくばかりだ。

 今日の僕にはベストの選択なんてないのかもしれない。

 何かを選ぶとき僕は何かを失って、何も選ばないときにも何かを失う。

 そんな袋小路に立たされている気がした。


「鷹月!」


 いいタイミングで、木津根が後方から飛び出した。

 反射的に僕は彼の足元にパスを送る。


 そこから、木津根のあのまったりしたドリブルが始まった。


 細かいタッチのドリブルには向かないだろう雨の中でも、木津根は不思議に相手選手を置き去りにしていく。

 むしろ相手が面白いように滑って転ぶので、それをただ避けるようにして進んでいるだけのようにも見えた。


 やがて木津根は白鳥琉生に立ち向かうと、ターンひとつであの白鳥を抜き去ってしまった。


「きゃ、キャプテンが!」

「あんなにも簡単に──?」


 僕をマークする選手らから驚愕の言葉が洩れる。


 残すはキーパーのみ。


「いくぞ!」


 木津根が放ったシュートは力が入りすぎたのか、大きくゴールの枠の上を飛び越えていった。


 だが木津根はというと、チャンスを逃したことに気を病む素振りを皆無に振り返ると、すぐそこに倒れこんだ白鳥琉生に大股で歩み寄る。


 そして木津根は白鳥のシャツの喉元を掴んで引きずり上げた。


「おい!」

「──な、なんだよ」

「ふざけるのは、そのくらいにしてもらおうか!」


 突然、木津根が白鳥琉生に喧嘩を売り始めてしまった。


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