変わる物語の予兆
「話があるんだが、ちょっといいか?」
御覧野第一小との二巡目の試合前、僕らのチームが集まりつつあるところに第一のキャプテンが話しかけてきた。
こちらのキャプテンである大上先輩が無言でコクリと頷く。
第一と第二でめちゃくちゃ仲が悪いとかの関係でもなし、拒否するような理由もない。
「ありがとう。大上と前野、あと陽狩あたりに貴羽からの伝言があってな」
「伝言? そーいや、貴羽のやつ今日はいないのか」
前野先輩は試合の舞台となるサッカー場の周囲を見渡す。
「どうりで、女の子が少ないわけだ。うん、いつもの陽狩ファンと同じくらいしかいない」
納得顔をしている先輩だが、いつもの陽狩ファンだけで学校のクラスがふたつは組めるくらいの人数がいるわけで、女の子が少ないという表現には多少の違和感が伴う。
もっとも、貴羽ファンをさらに合わせるとライブ会場状態になってしまうわけだけれど。
「でー貴羽はまた調子悪くしちゃったんだ? まあさ、俺らは楽になるけど、可哀想にな。あいつサッカー好きなのに、病気さえなければなあ」
「いや、今回はそうじゃなくて、貴羽は関西の病院に移ったんだ。病気を完全になおすためにな」
「あ、そうなんだ?」
表情豊かに驚いた顔をする前野先輩。
横で、大上先輩もわずかに眉が動いて驚いたらしいことがわかる。
「うん、だから貴羽はもう御覧野にはいない」
さびしげに告げる第一のキャプテン。
僕は話を聞きながら内心で先輩たち以上に驚いていた。
貴羽夜人が御覧野から離れてしまい、それからずっと戻らないで御覧ノ坂高校に進学しなくなったとしたなら、それは原作と違う展開になってしまうからだ。
第一のキャプテンによると、貴羽さんが患っている難病に対して劇的な効果が期待できる画期的な治療法が見つかったとかで、その最先端医療が受けられる病院が国内では二ヶ所しかないらしく、貴羽さんはそのうちのひとつである関西の病院で治療を受けるために行ってしまったということらしい。
「そっかー。よくなるといいなあ」
「うん。で、貴羽からの伝言なんだけど──ゴホン──」
第一のキャプテンは咳払いをすると、髪をおおげさなしぐさでかき上げる。
そして流し目。
「大上君たち、第二小のみんな……また君たちのチームと対戦するのを楽しみにしていたんだけど、残念ながらできなくなってしまった……」
どうやらこの人は、貴羽夜人のモノマネで話をしているつもりらしい。
だがそれは、まったくさっぱり似ていない。
第二小の面々が冷たい目で見ているのを気にかけることもなく、第一のキャプテンはモノマネ?を続ける。
「中学で同じチームになることも、おそらくはないだろうね。でも、いつか君たちがサッカーを続けている限り、僕らはどこかで再会できる……。そんな気がしているよ。……だから、またきっとどこかで同じボールを蹴ろう……」
僕は、なんとか脳内で貴羽さんに変換しながら伝言を再生しようとした。
だが不可能だった。
似ていないモノマネのクセが強すぎたのだ。
「いつか……きっと、ね……」
むしろ我々を笑かすのが目的ではないかと疑うレベルだ。
「……とまあ、以上が貴羽からの伝言だ。どうだ、ちょっとあいつっぽくやってみたんだけど、似ていただろう?」
「いや、全然」
「な……なんだと!」
第一のキャプテンは、自らの渾身のモノマネが低評価だと知ると、心にダメージを受けながらも目的は果たしたこともあり、そそくさと去っていった。
「貴羽いないのかー。ほっとしたような、なんかちょっと残念なような、変な気分だなー」
前野先輩の言葉に大上先輩が微妙に頷く。
みんなが同様に、前野先輩の気持ちに近い意見でいるように見えるなか、木津根は貴羽さんとの対戦を未経験だから、なんだかよくわからんといった感じで、唯一、剛士だけが不満そうにしている。
「オレはフツーに残念だな! この何ヵ月かで、あの人との差が縮まったのか、それとも広がったのか……確かめたかったのに!」
まあ剛士はそう言うだろう。
僕は黙ったまま、貴羽さんが御覧野を去ったことの意味を考える。
原作で、小学生から中学生にかけての貴羽夜人の描写は、ただ難病に苦しみながらもサッカーを愛し、サッカーに愛されていたということぐらいだ。
だから画期的な治療法というのが結果を出さずに、高校生になる頃には貴羽夜人は御覧野に戻っていたのだとしたら原作のストーリーは変わっていないことになる。
貴羽さんには残念なことではあるが、まだその可能性はあるんじゃないだろうか。
しかし、やはり貴羽夜人の運命には明らかな変化が起きたのだと考えたほうが正しいように思える。
僕が原作に対して起こした最大の干渉は、おそらく矢吹をサッカーに誘ったことだ。
主役の人の設定を根本からいじってしまったのだから物語としては大事件だろう。
ついで木津根を引き込んだこと。鷹月孝一の中身に違う人がいるので言動がたぶん本来と違うこと。
そして、鷹月の変化にあわせて親友の陽狩剛士にも、渾名が『閃光』から『魔法使い』に差し換えられるなど違いが現れている。
そんな状況のなか、貴羽夜人は原作とは違う矢吹隼、陽狩剛士、鷹月孝一と対戦をするという接触をもっている。
これが未来を変えるだけの影響を与えたってことなのかもしれない。
ちょっと試合をしただけのことだけど、それがこんなかたちで変化を与えるのには驚かされた。
このことから僕は、僕にとっては良いことと悪いことのふたつがあると思った。よくダンディな人が言っている「良いニュースと、悪いニュースがある」的なやつだ。
良いニュースは、運命が意外と簡単に変えられるかもしれないってこと。
これならば、菱井寮と白鳥真理の死の運命も、そんなに難しくなく回避できると考えていいのかもしれない。
「でもさ、ちょっと待てよ。貴羽のやつ、関西に行っちまったのか……」
前野先輩の言葉を、ちょうど僕は耳にした。
どうやら先輩も僕が感じた悪いほうのニュースに思い至ったらしい。
そうだ。貴羽夜人が病を完治させたまま関西に定住したなら、どういうことになるか。
御覧ノ坂高校サッカー部が原作どおりに高校サッカーで勝ちを重ねて全国での戦いに駒を進めたとき、貴羽夜人はどこか別の高校に所属する対戦相手として僕らのまえに対峙するんじゃないかってことだ。
病気の懸念を払拭させて、試合にフル出場できる貴羽夜人が敵になる。
考えただけで恐ろしいが、その頃には御覧ノ坂イレブンも僕のせいで矢吹とか木津根が成長していそうだから、わけわからないくらい強くなっているかもしれない。
剛士じゃないけど、ある意味では戦うのが楽しみでもある。
たぶんそのときは原作を越える超絶サッカーが展開されることになるだろう。
考えようによっては悪いニュース扱いするばかりのことでもないか。
ある意味では、そうなったらなったで、僕がまだレギュラーポジションを守っていられるかという問題もあるけれど。
もちろん貴羽さんの治療がどうなるかで、高校サッカーで戦うかどうかはまだわからない。
長引いて間に合わないかもしれないし、あるいはもっと早く、中学生で対戦する日が訪れる場合もあり得る。
運命はまだ未知数だ。
前野先輩が、今はまだ見ぬ未来を憂いながら、貴羽夜人にもたらされるかもしれない可能性を指摘する。
「……てことは、貴羽のやつまさか……まさかあいつ、関西弁で喋るようになっちまうのか?」
────いやそれ、なんの心配やねん。
第一小との試合。
内容はひたすら第二小の僕らが押し込み、第一小はゴール前に人を集めて耐えしのぐっていう展開になった。
それは予想外ではなかった。
前の試合では貴羽さんが出てくるまではとにかく圧倒していたのだから。
しかし、得点には限りなく近づきながらもボールはネットを揺らすことなく、ただ時間ばかりが過ぎていった。
第一小は、これまでにない集中力で守備をしている。
開始しばらくこそ、第一のキャプテンだけはモノマネ全否定のショックを引きずっているように見えたものの、やがてはそれも持ちなおしていた。
「これで、どうだ!」
「ぬっ!」
剛士が、ペナルティエリア内で鋭く切り返しを反復し、ディフェンスを振り切りながらシュートを撃つ。
「止めるっ!」
キーパーが横っ飛びに伸ばした手の、グローブの先がボールに触れシュートコースを枠から逸らしてしまう。
「これも防がれた!」
剛士が、空を仰ぐ。
もう何度、シュートを止められたのかわからない。両手の指では足りないくらいだ。
こんなに一試合のうちにシュートを放ったのもチームとしては初になるかもしれない。
それでもまだ無得点。
試合は後半の真ん中あたりに差し掛かり、このまま守りきられるのではないかという思考がチームに生まれ、それぞれの顔に焦りが見え始めている。
「第一小に、こんなに守られるなんてな!」
前野先輩が苦々しげに言った。
貴羽夜人のいない御覧野第一になら楽に勝てる。
そんなおごりがあったのかもしれない。
自分たちで試合を難しくしてしまった面は否定できない。
だが、僕たちに問題があっただけのことではなかった。
相手は、あきらかに前回の対戦とは違うチームになっている。
前回では伸びて来なかった脚が僕らの攻撃を防ぎ、前回よりは一歩も二歩も速く前に進む走りが僕らに自由なサッカーをすることを拒んでいた。
貴羽夜人がいない。
そのことが、こんなにもチームを強くしてしまうのかと、僕は感心してしまった。
以前なら、貴羽さんがきっと何とかしてくれる。そんな考えが、どこかチームの空気に満ちている印象だった。
だが今は、チームのひとりひとりから自分が戦わなければいけないっていう気迫が感じられる。
絶対的なエースを失ったはずのチームなのに、前回の敗北という結果よりもまさる引き分けという結果に手が届きそうなところまで来ている。
僕は彼らから、戦う気持ちの大切さを、あらためて教えられた。
しかし、それが例え引き分けだとしても対戦相手の狙いどおりにさせる気はない。
「矢吹!」
僕は声を掛け、ボールを受けたはいいもの囲まれてどうすることもできなくなっていた矢吹からパスを貰う。
スッと、第一小では唯一になるゴール前ペナルティエリアの外にいるフォワードの選手が、僕の前に出てくる。
彼がやっているのもフォワードでありながら、ほとんどが守備だ。
「孝一!」
剛士がパスを要求する。
だが今、剛士にまわしたところで、ここまでの試合のリピートにしかならない。
「鷹月ぃ!」
前野先輩が、第一のキャプテンを背中で押さえながらパスを欲しがる。
先輩なら、あのままボールを収めてキープすることもできる。
だがその先がない。
矢吹も、走り回ってはいるが使えるスペースを見つけられず苦労している。
攻撃陣の三人に共通しているのは顔に浮かぶ焦燥感だ。
「さてと──」
僕は、不思議なくらい自分が冷静だと思った。
試合全体を観測する技術を磨いてきたことで培われた感覚が、今の段階はまだ焦る場面ではないことを教えてくれる。
そして僕は、この試合を勝利に導くために模索する。
望む物語を紡ぐための一手がどんなものであり得るのかを。
僕自身の選択によって、運命の分岐点を創り描くために。




