パスの選択肢
ふたりの選手に挟まれている以上、ボールをキープしたままでい続けるのは困難だ。
ワンタッチかツータッチで他にまわす必要がある。
僕は、剛士からパスを受けるたびにフォワードのポジションにいる前野先輩か矢吹にむけて、あるいは後ろの剛士に戻して簡単にさばくようにボールを供給していった。
もちろん、二名のフォワードがいつでもボールを受けられる状態にあるわけじゃない。
だから剛士から出されるパスのタイミングを計るのが要点になった。
フォワードがパスを受けられるタイミングから逆算して、僕はボールを持つ剛士に合図を出す。
すると、僕が中継点として機能できるわずかな間隔を逃さずにボールが送り出されてきて、僕はそれを受けて、すぐに蹴る。
出し手が剛士で、受け手が僕でなければなかなか叶わなかったことだ。
こうして後半開始から僕らのチームはパスがまわり始めた。
白鳥琉生の壁を撃ち破り、得点するまでには至らないまでも春間のディフェンスラインをずるずると下げて押し込めていくことができていた。
「うりゃあーー!」
やや離れた位置からだが、フリーに近いかたちができたので前野先輩がミドルシュートを狙う。
先輩はそこそこのシュート力がある。
低く鋭い弾道で、力の入ったシュートがゴールを目指して飛ぶ。
いいシュートだったが、これは春間のゴールキーパーが横っ飛びでキャッチして防いだ。
「くっ! 俺の、マーベラス・アルティメット・シュートを受け止めやがっただと!」
悔しがる前野先輩。
技の名前は別として、今のはこの試合にチャンスシーンのリプレイ映像が流されるようなことがあったとしたら必ず取り上げられていただろう場面ではあった。
白鳥が矢吹の俊敏な動きに引っ張られていたこともあり、またとない大きなチャンスだった。
「でも、いいな! 今の感じでもっといこうぜ!」
先輩は悔しさを引きずらなかった。
前向きな空気になっている。
攻撃にリズムができてきていた。
前野先輩はいきいきした顔になってきたし、矢吹の表情も目力が入り出して主役感を帯びてきていた。
流れは確実にこちらに傾いていた。
「あの陽狩ってやつは、ドリブルがエグいだけじゃなくて、ゲームメイクまでこなせるのかよ」
「確かに、あいつがボランチに入ってから見違えるように敵のパスがまわり出しましたね」
「ああ。恐ろしいやつだ……」
僕のマークについているふたりの話し声が耳に入る。
「おい! やっぱり、マークにつく相手を変えたほうがいいんじゃないのか?」
あらためて3番の選手が、白鳥真理に意見を求めた。
フェンスのむこうで、あきれたように首を横に振る真理。
「もう! 何いってんのよ! 相手の流れがよくなったのはあなたたちが鷹月孝一を抑える仕事をまったくできてないせいでしょ!」
「うっ……」
言葉に詰まる3番の選手。
真理の指摘のとおり、ふたりのマーカーは僕についてはいるけど実際の働きとしては後半になってからというもの一欠片の功績も上げていない。
マーカー対策が上手くいっているからだ。
木津根によってもたらされた彼らの情報はなかなかに実用的で、ことごとく隙をついたようなかたちでボールを受けることができていた。
しかも、パスがまわればまわるほどに僕よりも剛士に警戒が流れていくので、かなりやりたい放題に近い感じだった。
彼らからすれば、僕を抑えられないのはパスが出てくるもとに原因があるような感覚があるみたいだった。
「無闇に目立つ陽狩剛士の影に隠れて、実際にチームの攻撃を操っているのは鷹月よ! 騙されないで! あいつが敵の黒幕なんだから!」
どうやら白鳥真理には見抜かれていたみたいだ。
たしかにこの試合後半で剛士から出されるパスは、ほとんどそのすべてを僕からコントロールさせてもらっていた。
黒幕だとか、壁のエンブレムから声だけ出てくる悪い人たちの親玉みたいな言われかただけれど、心当たりはあった。
すべて僕のしわざでした。
黒幕と書いてフィクサー。
影の支配者。
オタク的には一度は憧れを抱くキャラ属性だ。
そして、もしかしたら鷹月孝一の資質を思うに目指すべき方向性なのかもしれなかった。
「マークする相手を変えても、あなたたちふたりでは陽狩剛士を止めるのは無理よ! 鷹月孝一を止めておくのが現実的なの!」
「……お、おう、そうか」
「ああ……そ、そうだなあ」
黒幕とか持ち上げておきながら、剛士よりもあれは弱いみたいな言いかたをしてくるとは。
これが上げて下げるという口撃か。
だがたしかに悪の黒幕というとアニメやマンガでは意外なほどに打たれ弱かったりするものだ。
主人公がボロボロのヘロヘロになりながらも放った起死回生の一撃だけで、それまでは余裕で無傷だったラスボスがコロッとやられるなんてのはよくある話だ。
一撃だけで。
特に尺の短い劇場版に見られる傾向に思えるが、僕自身はその系譜を継がないようにしたいものだ。
打たれ強い黒幕を目指そう。
まあ黒幕を目指すとしたらの話だけど。
それにしても、どうやら白鳥真理は相手チームの選手よりもよっぽど僕を見ているらしい。
「!」
ふと何げなく見ただけのつもりだったけれど、真理と目がバッチリ合ってしまった。
なんとなく、合ってしまった視線をこちらから逸らすのは対戦しているチームの強力な協力者が相手ということもあって、何かの負けになるような気がした。
「……」
それはたぶん真理も同じなのだろう。
まっすぐに大きな目でこっちを見つめ続けてくる。
まるで少女マンガ雑誌の表紙に居そうな大きな瞳だと思った。
少し距離はあるから、中にお星様があるかまでは確認できないけれど。
そして整った顔立ちをしている。
「な……!」
やがて目を外す時期を完全に逸した僕ら。
お互いが退くに退けないまま見つめ合ううちに、じわじわとだが真理の顔に動揺が見え始めた。
「に……」
このままいけば勝てるかもしれない。
「よ……」
だが、真理も簡単には自分から退こうとはしない。
僕としてもつらいところだが、ここで負けてはいけないと思った。
春間サッカークラブとの戦い。
この戦いに勝って、白鳥真理の命をかけた戦いを制し、悲劇の運命を起こらないようにする。
そのためにはひとつひとつの勝負に一歩も引き下がってはいけないのだから!
「ふぬっ!」
白鳥琉生が、僕と真理のあいだに割って入った。
「妹をいやらしい目で見るのは止めてもらえるかな! 破廉恥なやつめ!」
そんな目では見ていないが、助かったのは事実だ。
負けられない戦いではあったが、不毛でもあったから。
「真理の言うように、11番のパスセンスは危険だ。もう一度、集中して前半のように守ってくれ!」
「お、おう!」
「わかりました、キャプテン!」
兄妹の意思を受けて、再度、僕を挟み込むふたりの選手たち。
だが前半のように枷をはめられたような身動きのとれない拘束された感覚はなかった。
僕らに課せられた問題はもう、ふたりのマンマークではなく立ちはだかる高い壁、白鳥琉生の突破だった。
「剛士っ!」
「おう!」
僕が欲しがる絶好のタイミングでパスが親友から届く。
「やらせるか!」
ふたりのマーカーが、僕の前方を固めるために阿形と吽形との金剛力士像のように立ちはだかった。
だがこのかたちになるのも計算のうちだった。
「それっ」
僕はふたりのど真ん中を、この試合初になるドリブルで抜けた。
特に小細工のない下手をすれば隙だらけともいえるドリブルで。
「えっ? おい、そっちだろ!」
「えーっ! 今のは行くとばかり思ってましたよ?」
ふたりの中央を狙ったことで、お互いが相棒が行くと考えて譲り合うことになったわけだ。
ふたりでマークにつく場合の弱点といっていいだろう。
そうそう阿吽の呼吸とはいかないものだ。
「よし!」
マークを置き去りにできた僕には、まるで列車がトンネルを抜けたように前が開放された気分がした。
だがそれもつかの間。
「そこまでだな!」
危機察知能力に優れた白鳥琉生が前を塞ぐ。
剛士がドリブルで抜けない相手に、僕がドリブルでそのまま挑んで勝てようはずもない。
「さあ、どこにパスを出す?」
僕の心を見抜いたように、白鳥琉生が促すかのようにパスの選択肢を訊ねてきた。
シュートコースも白鳥琉生によってカバーされている今、パスをする以外には道はない。
だが最もゴールの可能性がある矢吹への、矢吹を走り込ませるパスだけはやらせないつもりらしい。
逆に、しっかりディフェンスを背負っている体勢の前野先輩へのパスコースと、矢吹を少し後ろに戻させながら受け取らせるパスのコースは空けてきている。
危険性の低いパスならいくらでも許すという守りかただ。
賭けのような勝負に来られるくらいなら、逃げ道になる選択肢を呈示してそちらに誘導する。
春間サッカークラブが、リーグ最少失点であることの理由が実感として理解できる気がした。
「僕がパスを送る相手は──」
選択肢は前野先輩か矢吹か。
あるいは後ろの誰かに戻してしまうか。
だが、それ以外の選択肢があることに、白鳥は気づいているだろうか。
思い当たっていないことを願うだけだ。
僕は、前野先輩に向けたパスを出すキックをフェイントに、まったく違う方向に飛翔するよう狙ってボールを蹴った。
「なにっ?」
白鳥琉生の頭のわずかに上を、彼が手を出せば届きそうなあたりをボールが飛び越していく。
柔らかい、緩やかなボールの動きだ。
虚をつけていなければ簡単に奪われていたかもしれなかった。
僕は、白鳥琉生の真横を走り抜ける。
「自分への────パスだと!」
一瞬、彼の腕が僕の進行を阻もうとしたが、すぐさま引っ込められた。
今の位置関係で僕を手で止めれば確実にファウルだ。
イエローカードが出る可能性も高い。
白鳥は原作での残虐ファイターと違って、今はまだ、あくまでもクリーンなスポーツマンシップに溢れる選手みたいだ。
白鳥が頭上を抜けたボールを追うために体を反転させる。
僕はそれが追いつくよりも早く、僕自身が蹴り上げたボールが落ちる位置に走りつき、自分へのパスに足を伸ばす。
「させるか!」
白鳥のスピードは驚異的だ。
僕には僅かに一呼吸をおくほどの余裕も与えてはくれず、ファーストタッチでボールを蹴ってしまう他に余地はない。
だからボールが地面に触れる瞬間、バウンドするよりも前に、僕は蹴った。
「いけっ!」
白鳥を抜いたからには、ゴールの前に残す障害はキーパーが立つのみ。
僕が放ったグラウンダーのボールは、ゴールの左隅を目掛けて線を描くように走っていく。
それを防ぐために、キーパーが踏切のように飛び込む。
地面に横たえられたキーパーの体によって、シュートコースは完全に閉ざされたかに見えた。
「ダメだ! そのボールは止まるぞ!」
白鳥琉生が叫ぶ。
だが、もう遅い。
僕が蹴ったボールは、キーパーの少し手前で停止した。
まるで電撃を受けたかのように。
一度は止めたと思ってか笑みを浮かべていたキーパーの顔が驚愕に染まる。
「なにっ? しまった、それがあったか!」
「矢吹っ!」
こぼれ球に対応するつもりで矢吹が走り込んでくるのはわかっていた。
「う、うんっ!」
ディフェンスに追われながらギリギリのところで、矢吹はキーパーがたてなおしながら飛びつこうとする停止したボールに一番に触れる。
並みのフォワードなら力んで吹き上げてしまいそうなシュートを、矢吹は落ち着いて流し込むように蹴りゴールネットを揺らした。
僕を追い抜いて走っていた白鳥の足が止まる。
得点が決まった。
僕のパスを矢吹が決めて、均衡が破られたんだ。




