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対決、キツネVSタヌキ!

 

「田貫くん、お願いっ頑張ってぇ~! ──お兄ちゃんのために!」


 白鳥真理の声援を背に受けながら田貫は、まだこの試合で一度も突破を許していない木津根にせまる。

 今まさに真剣勝負を挑むにしては不似合いな人の良さそうなニコニコ顔を浮かべながら。


「さて──これはどうかな?」


 田貫は、クセの強いトリッキーな足技を駆使して、木津根をフェイントで惑わそうと試みる。

 技術に相当の自信がなければ本番で使おうとは普通ならばしない難しい技だ。


 ありがちな(また)ぎフェイントと見せかけて、(かかと)で蹴りあげられたボール。


 フワリと浮き上がった球は、軽快にステップを踏む田貫の頭の少し上をなでるように放物線を描き、彼の正面に落ちる。


 これだけでも並の相手なら翻弄するに足りる技だが、田貫は更にそのボールが地面に触れる前に爪先で再び蹴りあげて逆方向へとターンする。


 やられた方は、よほどの選手でないとバランスを保てないくらいの切り返しだ。


 巧い。


 陽狩剛士を日々間近で見ている僕でも、そう思った。


 しかし、公式戦初出場の木津根はそれらすべての動きを、あらかじめ予測できていたかのように守りの姿勢を崩さないままで追従していた。


「へえ──シロウトがこの技についてきちゃうんだ」

「ふん。なかなかの曲芸だな」

「言うねえ」


 木津根はいたって冷静だ。

 超絶な動体視力が、瞬間的に動いたわずかな足首のひねりなんかの些細な挙動も見逃さない。

 それだけの目を持っている。


 だから初めて見せられる奇術(トリック)めいた技にも動じない。


 だけど、田貫からボールを奪うのは容易ではないという判断を下しているみたいだ。

 踏み込みすぎないで間合いを維持している。

 少しずつ後ろには下がらされながらも、アウトサイドに誘導することでゴール前に近づかせないことには成功していた。


「ふーん。体はサッカーに馴れてないけど、頭ではサッカーを知ってる感じかな。たくさん、試合の映像を観たとか?」

「……敵に答える義務があるかな」

「冷たいなあ」


 田貫は、興味深い玩具(おもちゃ)を手にいれた幼子(おさなご)のように、自分が繰り出す技に木津根がどんな反応を返すのか、ひとつひとつを試しているようだ。

 立て続けに高難度のテクニックを披露していく。


 やがて技のレベルが上がるにつれて、木津根がほんの数ミリ単位に近い印象だが遅れていく。


 目では追えても、体がついていくには限界がある。

 木津根の運動能力を田貫の技が越える境界線が近くまできているらしい。


 田貫のドリブルは独特だ。


 例えば剛士は、まるでボールと戯れるように一体になって踊り、高速のリズムと変調を繰り返すテンポによって他者にボールという相棒(パートナー)を譲らないドリブルをする。


 比べて田貫にはボールを巧みに飼い慣らしているようなところがあった。

 芸を仕込んだボールという生き物を、思うままに使役しているような感じだろうか。あるいは人形劇の人形使いのように、マリオネットから伸びた幾つもの糸を自在に操るのに近いレベルでボールを意のままにしているかにも思えた。


「ようやく君の何がすごいのかが、つかめてきたよ」

「……」

「目がすごいんだ」


 木津根の武器を言い当てる田貫。


 田貫には木津根のような視力はないが、それでも『見ること』を得意にしているという意味ではふたりは同じだ。

 木津根が、見たままを正確にかつ詳細に理解し記憶する能力を持つとすれば、田貫はただ見ただけでは解することのできない、そのものの本質にせまる物の見方をすることができる。


 並みならぬ『洞察力』を備えた選手。

 それが田貫安晴だ。


 僕らのチームの弱点がこれだけ見抜かれているのも、春間に田貫がいるからこそなんだろう。


 思えば原作でも、木津根と田貫のふたりの目が情報を集め、それを素材に、ヒロイン菱井麻衣が奇想天外なアイデアによる作戦をたてることで難攻不落ともいえる敵に次々と打ち勝ってくのが勝利パターンだった。


「目がよくても──」


 田貫は、体を反転させながらインサイドに切れ込もうとボールと木津根のあいだに体を挟ませた位置関係でターンする。


「──体が追いきれなくなってきてるよ!」


 木津根は、反転した田貫の背中に自分の背をあずけて、まるで鏡越しにいるかのように同じ動作を重ねる。

 お互いに、一回転したところで対峙するふたり。


 クールな表情を崩さない木津根だが、今の技を抑えきれたのは傍目にもギリギリのところだった。


 追い詰められている。


 それがわかるだけにフォローに入りたいところだけど、僕が行くと一緒に春間の選手をふたりゴール近くにまで連れていくことになってしまう。


 だから行くわけにはいかない。


「!」


 そんな僕の様子を察した大上先輩が「任せろ」と視線で語り、代わりに走ってくれた。

 同じ守備的な中盤の選手として、キャプテンとして、頼りになる人だ。


 だけど先輩は、木津根にそのまま加勢には入らず、抜かれた場合の先に待ち構えてバックアップに入った。

 木津根と田貫の勝負に水を指すなどという不粋な真似はしないつもりらしい。


「君は確かにボールを操る高度な技術をもっている」


 言葉を放ちながら眉間のあいだに指を当てる木津根。

 そこに眼鏡はない。


「誉めてくれるの? 嬉しいな」

「だが、純粋な運動能力──つまり俊敏性では僕を完全に上回るほどのポテンシャルはないようだ」

「──!」


 挑発ともとれる木津根の発言に、田貫のボールタッチが少し早く、だが乱暴になる。


「だから僕が集中を切らし判断を誤らない限り、負けるとしたらそれは持久力の問題になる」

「このままついていけなくて負けるのは疲れたからだって、下手だから負けたんじゃないって、言い訳かい?」

「いや。僕がさっきからスピードを落としているのは持久力での勝負に勝つためさ」


 木津根が、田貫との距離をつめる。


「疲れたのはそっちのほうじゃないのか?」

「なんだって!」


 ボールを奪いに木津根の足が伸びる。

 下がりながら、なんとかキープを続ける田貫。


「曲芸のやりすぎで動きが鈍くなりはじめたぞ」


 木津根が立場を逆転させたように田貫を圧してせまる。

 田貫はフェイントでいなして避けようとするが、それも読まれていてそこを狙われた。


「うわっ、しまった──なーんてね!」


 紙一重でボールを伴い、後ろに跳躍した田貫。


「やっぱり体力温存してたんだ」

「そっちも技のキレが鈍ったのはわざとか」

「ふふん。誘えるかと思ったのに」

「……食えないやつだな」


 どうやらふたりの戦いは想像以上の心理戦が展開されていたらしい。

 これが世にいうキツネとタヌキの化かし合いというやつか。


「面白いよ君」


 田貫は再び木津根に向かっていく。


 ボールを戻して攻めを組み立てなおすという選択肢はもうないようだ。

 まわりも本人たちも、この勝負の決着をつける空気になっている。


「すごい目を持っている。でもね──」


 僕は自分の目を疑うことになった。


 田貫が柔らかく蹴りあげたボール。

 ちょうど木津根と田貫、ふたりの中間のあたりに浮き上がったそれが色を失い、姿を消すのを見たからだ。


 木津根の視線はボールが消えていった更に先をまだ捉えている。

 彼の目にはまだ見えているのか。


「──見えすぎることが良いとは限らないよね」


 田貫は、言いながら木津根の横を抜けていく。

 消えたはずのボールはその足元にあった。


「曲芸の次は手品か」

「なにっ?」


 木津根の目線はいまだボールが消失した空中をにらんでいた。

 だが体だけは田貫の動きに対応している。


 ボールと田貫のあいだに体を滑り込ませる木津根。

 まったくファウルになる要素のない、お手本のようなディフェンスだ。


「この勝負は僕の勝ちだな」

「君は完全にあれを見ていたのに」

「見ているふりをしないと油断しないのはわかっていたからな」


 木津根がついに、田貫からボールを奪う。

 だが勝利者に歓喜の色はない。

 いつもと変わらず冷静だ。


「残念ながら今のに似た技を、すでに予習してきているんだ」

「……そうか、陽狩剛士か。あいつがいたな」


 すぐれた洞察力で敗因を悟る田貫。


 木津根の『目』を攻略するのに、剛士と同じ結論に達するあたりは、それを実行できる能力も含めて田貫がすごい攻撃の選手でありテクニシャンであることを物語っているだろう。


「さっき君が言っていたことでもあるが──」


 奪ったボールをフリーの味方に蹴り出す木津根。


「──僕は勉強が得意なんだよ」


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