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運命の少女

 

 つい昨日まで、連日にわたって降り続いた雨が嘘のように上がった。

 爽やかな晴天が広がる。


 なんとも解放感のあるコンディションだけど、僕自身はついにこの日がやってきたのだという緊張感ばかりに気を取られてしまっていた。


 天気とは裏腹に気持ちは重い。


 今日こそが、あの白鳥琉生がいる春間サッカークラブとの試合当日なんだ。


 地域リーグでの最大のライバルとなるこの相手との対戦までを、僕らは全勝できている。

 春間サッカークラブの方は貴羽さんのチームとの試合を引き分けている。なんでも壮絶な戦いだったという話だ。

 それ以外では同じように白星を積み重ねている。


 これでリーグ戦の順位は僕らの御覧野第二小が単独首位。春間がすぐ後ろに着いてきている状況だ。


 ちなみに御覧野第一は頼みの綱の貴羽さんがドクターストップで出場不可になってしまったいくつかの試合を、ほとんど落としているものだから中位辺りにいる。


 今日の対戦でリーグ戦の組合せは一巡し、本年度のスケジュールを折り返す。

 一通りのチームと一度ずつは戦ったことになるわけだ。

 後半戦、一度は勝った相手とばかり試合することになるけど、相手も対策を練って挑んでくるだろうから気は抜けない。


 矢吹のことや『なんか止まるやつ』のことを前知識を与えていない段階で戦えたからこそ勝てた試合も多かった。


 一方で、春間を除いた全チームが、決して勝てない相手ではないことはすでに証明されていることになる。


 だから春間に勝てさえすれば僕らには全国への道が本格的に見えてくる。

 去年には考えられなかったことだ。

 今、チームの士気は高い。


 春間との試合までには仲間にしたかった木津根の加入はギリギリになってしまったけど間に合って良かった。

 チームに入ってまだ半月程度だけれど、僕の考えでは木津根がこの試合に居ることが重要なんだ。


 木津根の存在が、春間を攻略するのに必ず役立つだろう。

 そう僕は確信している。


 春間サッカークラブに勝つことが、僕らのチームが上に進むためには欠かせない条件になるとみていい。

 絶対に敗けだけは許されない。


 そして勿論、あの兄妹のこともある。


 人の命が掛かった戦い。それが、僕の心に重圧を与えていることは否定できない。

 過度な緊張でパフォーマンスを落としたくはないけど、ことの重大さを思うとなかなかに難しい相談だ。


「どうかしたのか、孝一?」


 剛士が僕に問いかける。

 親友には、いつもの試合前とは違う緊張をしていることが隠せないらしい。


 一緒にいる矢吹はキョトンとしているけれど。


 僕ら三人は、現地集合で試合のあるサッカー場に行く途中、通り路にあたる公園を歩いているところだ。


「ん、そうだね……」


 剛士に、何をどう言えばいいのだろう。

 原作を知る僕にとって、白鳥琉生との対戦は特別な意味を持つ。

 未来に訪れるかもしれない悲劇の物語に介入し、それを覆してしまえるかもしれない可能性の掛かった戦いなんだ。


 今季リーグでの白鳥は無敗だ。

 すべての試合に妹の真理が応援に来ていて、彼女がいれば負けないというジンクスは少しずつ確実に塗り固められていっているんだろう。


 それを砕かないといけない。


 チャンスは今年中のリーグ戦の二試合。

 できることなら今日のこれからの試合で、妹の真理が応援する前で兄の琉生に勝ってしまえばいい。


 感謝されることはないだろう。


 当の兄妹には原作で予定されていた死亡フラグが回避されたなんてことは感知できる要素はないわけだから。

 でも、それでもいい。

 ありがとうと言われたくて、恩人になりたくて、人の命を助けるものじゃないだろうし。


 知りながら何もしなければ、きっと僕は後悔するだろう。

 できたはずのことをせずに一人の少女を見殺しにした自分を責めることになるだろう。


 だから僕はやるんだ。


 原作の知識を持つ僕にしかできないことでもあるから。


 それにやるべきことは、ただサッカーの試合で勝つってことだ。

 もともとやろうとしていたことに追加で動機が増えたに過ぎないんだから。

 それが、ちょっと重いわけだけど。


「剛士……」

「なんだ?」

「今日の試合……勝とう」


 冷静になれば、何を当たり前のことを言い出すのかって発言だ。

 それでも僕にはそう言うしかなかったし茶化されるのも覚悟していた。


 だけど剛士は短く「おう」と応えただけだった。


 親友だから伝わってしまうというのもあるかもしれない。

 しかし、それ以上に僕は普段と違って硬くなっているのだろう。


 試合前からこれではいけないのはわかっている。


 僕は平常心を取り戻そうと深呼吸をするために大きく息を吸い込む────


「そうはいかないんだか────ら、アッ!」


 唐突に僕らの進行方向に一人の女の子が走り込んだかと思うと、彼女は何やら叫びながら派手に転倒した。


 しかも何もないところで転んだ。


 おそらく小学生の、僕らと同じか少し下くらいの子だ。

 勢い余ったにしてもドジ過ぎる転びっぷりだった。


「うっ……ううっ……」

「だ……大丈夫?」


 痛そうに立ち上がるその子に、矢吹が心配そうに声を掛ける。

 だが立ち上がるやいなや矢吹に怒りの眼差しを向けた。

 更に、細い華奢な指先で矢吹のことを指差す。


「よ……よくもやったわね!」

「ええっ? ぼ……僕は何もやってないよ? あ、あれ?」


 謎の責め立てにオロオロする矢吹。

 完全に無実なことは剛士と僕でいくらでも証言してやれるが、そうまで即座に挙動不審になられると、この先々で状況次第によっては庇いきれない場面が出てくるかもしれない。

 こうまで押しに弱い性格はなかなか危なっかしいと思う。


 原作主人公としての揺るぎない自信が身につくのはまだ遠い未来になりそうだ。


 女の子は、矢吹を指していた指を今度は剛士にスライドさせる。


「陽狩剛士!」


 フルネームで剛士の名を呼ぶ。

 この界隈で、かつ僕らの世代では有名人な剛士のことを知っているのにさほどの驚きはないけれど、その気の強いドジっ子が僕の知っている人物であったことに気づいて、僕は驚かされた。


「お兄ちゃんのチームに、勝とうなんて言ったわね!」


 言ったのは僕だが。


「でもね、そうはいかないんだから!」


 女の子──白鳥真理──はズカズカと剛士に接近すると彼の顔を覗き込んだ。


 剛士は微動だにせずに、面白そうと迷惑そうな気持ちが半々くらいで醸し出されている何とも言えない表情をしている。


「──たしかに、かなり──いえ、まあまあのイケメンみたいね! でも、お兄ちゃんには勝てないんだから!」

「なんだよ、お兄ちゃんって……」

「私がいる限り、お兄ちゃんは無敗で無双で無敵なのよ! ついでに素敵でもあるわ!」


 早口に一方的にまくしたてる彼女は、間違いなく白鳥真理だ。

 去年の試合にも遠くから兄と話していたのを見ていたし、言っていることも何となく一致している。


 だが想像していたキャラとの違いに僕は面食らっていた。


 僕の脳内で形成されていた白鳥真理像は、もっと悲劇のヒロイン感が漂う薄幸の少女で、儚げでおしとやかで、ついつい守ってあげたくなる系の子だとばかり思っていたのだ。


 いくら僕らが大好きな兄の前に立ちはだかる憎き敵なんだとはいえ、こういう感じで敵対心をさらけ出してくる子だとは全く予想していなかった。


 口を開かせずに、外見だけを見れば幸薄い系美少女ではあるけど。


「とにかく今日の試合、勝つのはお兄ちゃんなんだってことよ!」


 そう捨て台詞を残して去ろうとする白鳥真理。

 本当にそれが言いたかっただけみたいだ。


 だが剛士を睨んだまま走り出した彼女は、何故か金網のフェンスが張り巡らされている側に向かって進んで行く。

 僕らが立っている位置から唯一、障害物がある方向がそっちなのだが。


 そして盛大にフェンスに衝突した。


 ぶつかる瞬間まで「へへーん」という顔をしていたのが、いかにも哀れな感じだった。


 昔のギャグマンガだったら、フェンスに人の形をした穴を空けてぶち破っていたかもしれない。

 だがそうではないので彼女は再び痛そうな声を上げながら、金網フェンスを揺らして細い体を跳ね返された。


 ただ僕のなかの白鳥真理のイメージはしっかりぶち破ったが。


 弾かれて、よろめきながら倒れてくる彼女を僕は受け止める。

 そうしないと今度は頭から地面にダイブしそうだった。


 思ったよりもずっと軽い。

 なんとなくフェンスに体ごと当たっても、この軽量さならダメージも少なかったかもしれないと思ってしまった。


 それでも先に転んだときよりも痛かったみたいで、すぐには立てずに僕が支えないといけなかった。


 昔の格闘ゲームでピヨっている状態を思い出す。

 連打するボタンもないので、しばらく待たないといけない。


「大丈夫? どうやら怪我はないみたいだけど……」


 僕にも矢吹みたいに「よくもやったわね!」がくるかと思ったけどそれはなかった。

 さすがに恥ずかしかったのだろう。赤い顔で睨まれただけだった。


「ふんっ!」


 今度は前を確めてから走り出した。

 しかし見ていると、また何もないところで転けている。


「何なんだあれは」

「さあ……」


 あきれる剛士と矢吹。


 短時間のあいだに三度も転んだりぶつかったりするドジっ子キャラぶりを見せられると原作での交通事故も、そういう属性あってのことかとなんだか納得してしまえる。

 むしろこの先、二年も無事なのがかえって奇跡みたいな気さえする。


 おそらくバナナの皮を投げておけば、そこに吸い寄せられるように歩いていくんじゃないだろうか。

 そのくらいのことはありそうだ。


 僕はちょっと不安になった。


 今日の試合に勝ったくらいで、はたしてあの子の死亡フラグは回避できるものなのだろうかと……。




 試合開始が近づく。


 いつもどおり剛士と同じようにスタメンに名を連ねている僕は、メンバーと一緒に円陣を組む。

 号令を掛けるのはキャプテンである大上先輩ではなく、なぜか前野先輩だ。


「よっし、いくぜー!」

「「「おーっ!」」」


 整列して戦いの舞台へと進む僕ら。

 前を行く剛士の背中に堂々と輝くエースナンバー「10」が目に入ってくる。

 今年から貰うことができた背番号だ。


 僕には「鷹月は陽狩の隣の番号だよな」という監督の粋な計らい(?)によって「11」が与えられている。


 どう考えてもフォワードっぽい番号だし、むしろキング◯◯みたいなイメージすらある番号だけど、まあ過去に「11」を付けたボランチの選手がいなかったわけでもないし、これはこれでいいかと受け入れることにしている。


 春間サッカークラブとの第一戦。

 緊張感はまだあるけれど、僕はもうガチガチではなかった。


 さっき生の白鳥真理に会えたことが良かったと思う。


 マンガのキャラではない実体を持った白鳥真理を両手で受け止めたとき、僕は学校の廊下で架純ちゃんを抱っこしたときを思い出した。

 そしてその後、劇本番で抱き上げた森川さんのことを。


 白鳥真理は彼女たちと同じ、実在する小さな一人の女の子だった。


 そこが繋がってはじめて、僕は自分が守ろうとしていたものの本当の意味を理解したと思った。


 妹の真理があんな感じだったので、兄の琉生がどんなやつなのか、原作どおりの嫌なやつなのかは今のところわからない。

 でも例えどんな人物だとしても大事な人を亡くすなんて耐えがたいことだ。


 それが今、はっきりとわかる。


 だから僕は全力を尽くして悲しいフラグを折ろう。

 呪縛ともいえるジンクスから、あの子を解き放つんだ。

 そう決意を新たにしたんだ。


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