あいつが来る
「なんだよ、別の世界って? そんなのがあるなんて信じられないよなあ」
「わからないでしょ。この世界のどこかには他の世界から飛ばされてきたり、生まれ変わってやってきた人がいるかもしれないじゃない」
そんな剛士と架純ちゃんのやりとりに、思わずドキリとしてしまう僕。
動かしているゲームキャラの挙動も一瞬、怪しくしてしまった。
いけない整えないと。心を。
なにしろ世界のどこかにいるかもしれない誰かに、他でもない僕自身が該当しているわけだ。
言ってみれば、架純ちゃんの主張する別世界の生き証人みたいなものだから。
二人とも、ジョニーの小説から話が膨らんでいるだけで、まさか僕が転生者だなんてことは少しも疑ってはいないだろうけど。
だけれど、この秘密を誰かに話す日はくるんだろうか?
架純ちゃんなら、僕が他の誰かの生まれ変わりなんだということを告白しても信じてくれそうな気はする。
剛士だって、いくつか証明になりそうなことを披露して、真剣な感じをしばらく続けて説明したらわかってくれるに違いない。
だけど現状では、正体を誰かに明かさないといけない切羽詰まった理由があるわけでもないから、そんな必要はないだろう。
リビングの壁にある、数字のない二本の針だけというシンプルなデザインの掛け時計を見上げた剛士が時刻を確認し、次に僕を見た。
「そろそろじゃないか、孝一」
「うん。そろそろだね」
ムダにオシャレな感じのする時計が実は十数分未来の時間を示していることを差し引いても頃合いだ。
「「なにが?」」
声を合わせる姉妹。
「今夜はサッカーの代表戦があるから。剛士の家で、他の友達も一緒に観る約束なんだ。……言ってなかったっけ?」
頭を横に同じような動作で振る姉妹。
「いいえ、初耳」
「聞いてなかったですことよ」
そういえば、たしかに言っていなかった。
これまでにも何度か、国際大会出場にむけてアジア予選を戦う代表の試合がある日は、陽狩家に行って泊まりがけで観戦するという習慣だったので伝えていた気分になっていたみたいだ。
「そっか……でもまあ、そういうことなので。友達がもうそろそろ剛士の家につく頃だから行かないと」
「そうだな。あいつ真面目っぽいやつだから、もう来てるかもな」
剛士が、本を片手に立ち上がる。
読み終えたものの、借りては行くらしい。
「えー。残念だな。私も、孝一君と『けもトゥン』したかったな~」
「ごめん、また一緒に遊ぼう」
「同じ家に住んでんだから、いつでも遊べるだろ」
「ぶー」
架純ちゃんが膨れっ面をつくる。可愛い。
そこに横から入ってくる早優奈ちゃん。
だんだん見分けられるようになってきたんだけど、余計なことを言うときの顔をしている。
「剛士ったら『はなのいのちはみじかい』ですのよ。時間はゆうげんですもの。いまというときを逃していては、お姉様なんて、すぐにお婆さんになってしまいますわ」
「そういうもんか」
「そういうものですわ」
「ぶー」
少なくともこのメンバーのなかで架純ちゃんだけが単独でお婆さんになることはないと思うのだが。
でも冗談だけじゃなく、前世のことを思えば子供時代なんてあっという間に終わってしまうものだったと思う。
こんな何気ない一日一日を、もっと大切にしていったほうがいいんだろうな。
早優奈ちゃんの眼光がまた妖しく輝く。
更に余計なことを言い続ける魂胆だ。
「でも、こーちゃんはこよいは剛士の家に行って気になさらなくてよろしくってですことよ。お姉様は、こーちゃんが居なくて攻略できない日は、こーちゃんの知らない乙女ゲームのイケメン王子をひそかに攻略してるんだも……じゃなくて、ですことよ!」
架純ちゃんの膨れっ面の空気が抜ける。
「早優奈! また、そういうことをバラさないの!」
「オホホホ!」
口調を謎の令嬢風に変えてもやることは変わらない早優奈ちゃん。
そんな姉妹のやりとりを見て、快活に笑う剛士。
笑われた二人は、今度は揃って膨れっ面モードになる。
「なによー」
「見せ物じゃありませんですことよ」
「悪い。いや、でもさ、この四人でいるとサッカーとはまた違って何だか楽しいよ。──そうだ、今度この四人で記念に残せるような写真を撮らないか? オレ、家のデジカメ持ってくるからさ……」
剛士の発言に、フラグに敏感な他の三人の表情が凍りつく。
あらたまった感じでそういうことを言い出しては駄目だって、剛士!
それだと、もうすぐいなくなる人みたいになるじゃないか。
ここは少年マンガの世界なだけに洒落にならないかもしれない。
せめて、もっと自然な感じで「そういえばカメラあるから撮ろうぜ」的な風にしとかないと。
いや、僕らが何かにただ影響されすぎなだけかもしれないけど。
「……あ、よく考えたらケータイでも撮れるんだよな。あんまりやらないから忘れてた……あれ? みんな、どうかしたか?」
「……そ、そういえば剛士の家にくる友達って誰? サッカー部の、あの、やぶきってひと?」
機転を利かせて話題を転換する早優奈ちゃん。
だが口調が通常バージョンに戻ってしまっている。
「いや、矢吹じゃない。サッカー部でもないな」
「あらそうなんだ。えー、誰だろう?」
意外そうな声を上げる架純ちゃん。
僕ら二人と仲の良い男子といえば、今は矢吹か西あたりだから、それ以外の誰かとなると思い当たらないのだろう。
彼とはサッカーを通して最近になって親しくし始めたばかりだ。
「ああ。もしかしたら、知らないかな。木津根孝高ってやつだよ」




