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ライトニング・パス

 

 それは夏の夜の出来事。


 深夜の公園に呼び出された、高校一年生の陽狩剛士。


 ライトの灯りの下で、リフティングをしながら人を待つ剛士。

 やがて、一人の少年が姿を見せる。


 貴羽夜人だ。


「やあ。呼び出しておいて、遅れてくるなんて悪かったね」

「いえ、オレは大丈夫ですけど。いいんですか、病院を抜け出したりして?」

「ふっ、まあいつものことさ」


 悪戯っぽく微笑む顔に生気がないように見えるのは、夜の暗さのせいだけではない。

 病魔は確実に彼の身体を蝕んでいた。


 あるいは生きる意味そのものといっても過言ではないサッカーを彼から奪うほどに。


「残念だよ。菱井さんが現れて、これから面白くなりそうなときだというのにチームを離れることになってしまった」


 貴羽夜人は病状の悪化のために、夏休みを期にして治療に専念することになったのだ。

 これは事実上、彼にとっての高校サッカーが終わってしまったことを意味する。


「前にも言ったけど、陽狩くんこそが僕の10番を受け継ぐべきチームメイトだ。だからせめて、僕の編み出した三十七の技から一つだけでも、君に伝授したいと思ってね」

「技、ですか」

「そうさ。まあ、やって見せるからよく見ておいてくれ」


 貴羽夜人は、剛士からボールを受けとる。


「陽狩くん。パスがミスになるのは、どんなときだと思う?」


 彼は質問を投げ掛けながらも、続けざまに話す。


「それはね、正確なパスが供給できなかったときを別にすれば、キックしたボールが弱くて奪われてしまうときと、逆に強すぎて受け取れないときにだよ」


 貴羽夜人は、剛士から距離をとった位置にボールをセッティングすると、すぐさま剛士にむけて蹴り出す構えをとる。


「だからボクはこの技を考え出したのさ!」


 言葉と同時に蹴られたボール。


 公園の砂地の地面を削るように擦りながら、グラウンダーでボールが剛士にむけて滑り迫る。

 パスだというにはあまりに勢いがある。

 むしろ大抵の選手が蹴るシュートよりスピードがありそうだ。


「なっ?」


 剛士は、突然のことで完全にはトラップできる気がしなかったが、とにかく対応しようと待ち構える。


 だが、地を這うボールは剛士のもとに届くことはなかった。


「ななっ?」


 すでに驚いていたところに(かぶ)せて驚く剛士。


 あれだけの速度で転がってきていたはずのボールが、剛士の手前数メートルの位置でピタリと停止したのだ。

 まるでもっと前からその場所で止まっていたかのように。


 剛士の足のあいだを、フワリと風圧だけが通り過ぎていく。


「ボールが……止まった?」

「そう。パスを完全に成功させるためには、インターセプトを敵には許さず、味方には絶対にトラップすることができるパスを出せばいい。これがボクの導きだした答えなのさ!」

「す……すげえ!」


 普通の人間なら、あんな技いいな、もしもできたらいいのになと思いながらも無理だと決めつけて諦めてしまうようなことを実際に本気でやってしまうのが、貴羽夜人という天才だ。


 貴羽夜人は、何度か同じ技を剛士に見せた。


 その度に、ボールは意のままに決めた位置に停止した。

 蹴ってから止まるまでのスピードのギャップが大きすぎるせいで、あるいはボールが突如として電撃にでも撃たれたかのように出現しているようにも見える。


 この技を貴羽夜人は陽狩剛士に教えようというのだ。


「いいかい。まず蹴るときはこんな感じでギュイッといってからのツーとしてタターンで蹴る」

「え……あ、はい」

「ボールに足を当てるタイミングで、こうこっちにミュミュってした力と、逆にあっちにもトゥールルルルーって感じの引っかけた感じのひねりを同時に送るんだ。あ、軸は中心よりやや自分寄りかな。うん。どう、わかったかい?」

「……全然わかりません」


 天才の感覚を言葉で伝えるのは難しい。


 とにかくやってみよう、やればできるさというノリで特訓が始められたのだった。


 特訓は深夜を通して行われた。


 ほとんど停止するくらいまでのコツを掴むのは、そんなに難しくはなかったのだが、問題は精度と完成度にあった。

 完全にストップさせるのと、狙い通りの位置で止めるのが簡単にはいかなかったのだ。


「あとは繰り返し身体で覚えるのと、微調整だね」

「はいっ!」


 剛士は蹴ったボールが止まると、それを追ってまた蹴ることを何度も反復した。


 次第に思った通りになりはじめる。

 貴羽夜人がやって見せた技に、かなり近いものができるようになっていた。


 まだ蹴りだしのときのスピードは劣っていたが、それでも実戦で使えるレベルには達していると思える出来だ。


 公園の空はもう薄明かるくなりつつあった。


 剛士は仕上げのつもりで、特に力をこめた一蹴りを放つ。


 電撃に撃たれてボールが止まったようなパスが会心の出来栄えで決まる。

 剛士の脳裏に『ライトニング・パス』という技の名が浮かんだ。


「やりました……やりましたよ、貴羽さん!」


 興奮に声を震わせる剛士。

 だが、貴羽夜人の反応がない。


「貴羽さん?」


 振り向く剛士。

 その人は、少し離れたベンチに座っていた。


 全身には力がなく、うつむき加減で微動だにしない。


「貴羽さん……そんなまさか!」


 血相を変えて走り寄る剛士。

 そして怖々(こわごわ)と、貴羽夜人の顔を覗き込む。


 彼は幸せそうな顔をしていた。


 目を閉じ、口角はうっすらと上がっている。

 夏の朝の柔らかい風が、前髪を揺らす。


 夜はもう明けていた。


 遠くから町が動き始めたような気配がある。

 もう少しすれば、この公園にはラジオ体操を目的に年配の方々が集まるようになるだろう。


 陽狩剛士は、溜め息を()いた。

 一晩分の疲労が一気に押し寄せたように感じたのだ。


 貴羽夜人の肩は、規則正しいリズムでゆっくりと上下している。


「寝てるし……」


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