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戦い終わって

 

 僕らは試合に勝った。


 それでも、試合後に一番嬉しそうな顔をしていたのはなぜか貴羽さんだった。

 本当にキラキラして笑っていた。


 どうやら本気で自分のサッカーができたことが嬉しかったみたいだ。


 地域リーグでは、彼の異常なサッカー能力は有名なので、まともに戦うことは避けてしまうチームがほとんどなはずだ。

 剛士や、大上先輩のように真っ正面から立ち向かっていく相手なんて、ほぼ皆無なんじゃないだろうか。


 でもこうして勝ってみれば、ああやって挑戦したことが勝因になったんだと思う。

 特に、剛士との一騎打ちでは、貴羽さんに与えられた短い時間をかなり費やさせることができていた。


 下手に逃げていたら、成す術もなく失点を重ねていたこともありそうな話だ。


 だから、ああして剛士が攻めに出た場面こそが、この試合での運命の分岐点だったんじゃないだろうか。

 攻撃は最大の守備ともいうから。



「来年は同じチームになるね、楽しみだよ」


 貴羽さんがそう言いながら差し出した手を、大上先輩が黙って握り返した。


 二人は来年、僕らは再来年から、貴羽さんとチームメイトになるんだ。

 第一小の選手たちを反面教師にして、できるだけ彼に頼りすぎないようにしたいところではある。


 彼は、大上先輩に続いて僕の仲間たちと順々にシェイクハンドを交わしていく。


「陽狩くん、今日は楽しかった」

「こちらこそ。次は必ず勝ちます」


 握手を求められた手を握り返しながら、剛士は宣言した。


 次はと言うものの、試合には勝っている。

 だけど、剛士にとって今日の試合では、個人としての勝負に勝てなかった思いが強いみたいだ。

 負けず嫌いな剛士の顔には悔しさがにじみ出ている。


 前野先輩らも、ひととおり握手を求めた後で、最後に貴羽さんは僕のところにやって来た。


 すっと差し出された手を、僕は握り返す。


 驚くほど細い指で、繊細で儚くて、今にも折れそうな手をしていた。

 こんな手の持ち主が、あんな圧倒的な強さでサッカーができるのが信じられないくらいだ。


 そして落ち着いた状態で、最接近して見せていただくとまた大変良くできた造形のお顔をしていらっしゃる。

 ほんとにCGみたいだ。


「君は陽狩くんの影」


 にっこりと微笑みながら、唐突に彼はそんなことを言い出した。


「それは変わらないね。まるで太陽と月」

「……ええ、まあ」


 本当のことなので否定することもない。


「だけど前に比べて、月は満ちてきたようでもある。輝きを増したのは、太陽のせいかな? それとも、自分で光ることを覚えたのか……」

「……」

「次に会う日を期待しているよ、鷹月くん」


 何も返す言葉を見つけられないでいる僕を置いて、どことなく妖しい笑みを浮かべながら、貴羽さんは去っていった。


 なんだか良い匂いがしていた。

 小学生なのに、香水でもつけているのだろうか。


 そしてやっと、僕の名前を覚えてくれたようだ。




「いやーいつ見てもすごいなーわけわかんないもんなー」


 チームのベンチに戻ると、監督がしきりに感心していた。

 貴羽さんのことを言っているらしい。


 前に対戦したあとのときにも「サッカーだよな? 俺たちがやってるのって、サッカーだよな?」と試合後にやや混乱気味だったのが思い出される。


 それに比べると今回は落ち着いたもんだ。

 そんな監督をよそに、みんなは黙々と撤収の用意を進めている。


 リーグの最初の試合に勝てたこともあって、チームの雰囲気は明るく柔らかい。


 試合用のスパイクを履き替えながら、僕はチームに誰かがいないことに気づいた。


 でもそれが誰なのかが、すぐには思い出せない。

 たしかに誰か、居るはずの誰かが、このベンチのまわりには居ないのだけれど……


 ──あ、矢吹か。


 存在感が薄いから、すぐわからなくても仕方ないな。


「でも、矢吹はどこに?」


 気配を消して、居ないように見せかけているかと思って、よくよく仲間たちの一人一人を眺めるけれど、やはり居ない。


「矢吹なら、あっち」


 近くにいた前野先輩が親指で彼自身の背後を、くいっと指して教えてくれた。

 なぜかその表情は忌々しげだ。


 見るとこの場から離れた、草地のなだらかな坂のあたりに矢吹は座っていた。


 ピンクと白のチェック柄のビニールシートを敷いた上に、同じ年頃の女の子と並んで腰かけている。

 その子に、サンドイッチを食べさせてもらっているところだ。


「ちっ、リア充め……」


 帰る準備をまとめながら、前野先輩が憎々しげに呟く。


 小学六年生にしてリア充を憎悪するとか、将来的にもモテないフラグが立ちすぎな気がして先輩の未来が心配になるが。


「あんなの置いといて帰ろうぜ!」

「え、ええ……」


 プンスカしている先輩を尻目に、僕は矢吹の様子に注意を向ける。


 矢吹が口をあーんすると、女の子がそこに次々とサンドイッチを詰め込んでいく。

 二人とも楽しそうだ。


 あれは原作初期のダブルヒロインの片方だったあの子ではないか。

 名前はたしか、佐倉香緒里。


 僕とは接点がないのでよくわからなかったが、原作にない早さで二人の仲は進展しているっぽい。

 そういえば、五年生で同じクラスになったとか矢吹が言っていたような気もする。

 リア充、結構なことだ。


 佐倉さんも、矢吹と同じように小柄で実年齢よりも幼く見えるものだから、なんとなく雰囲気から、おままごと感がしてしまう。

 CM映像でありがちな、可愛らしいちびっ子カップルっぽくもある。


 そこで二人は、微笑ましくも他人を寄せ付けない光景を造り上げていた。

 みんな帰るからといって、声をかけるのも悪い気がした。


 前野先輩の言うように、あのままにして帰らせてもらうことにしよう。


 ただ唯一疑問が残るのが、ここから見ても沢山まだあるサンドイッチに挟まれた具材が、単独一種類しかないように確認できるところだ。


 あれは、ハムだろうか。

 ハムサンド。


 矢吹は、ハムサンドだけを喜んで何枚もパクついている。


 たぶん、佐倉さんから好きな食べ物を質問されて矢吹は「ハムサンド」と答えてしまって、その結果がああなったとか、そんなところだろう。

 いくら好きだからといって、あの量でハムオンリーというのはいかがなものだろうか。

 食べ物は、主食、主菜、副菜を中心に、バランスよく摂るようにしようと、ナントカ省の人たちも言っていると思うが。


 まあ、矢吹は喜んでいるから今はまだいいだろうけど、なかなか将来のことを思うと不安にさせてくれるカップルだなあ。




「孝一!」


 剛士が、なんだか不自然な作り笑顔をニッカリと生成しながらも、グラウンダーのパスを出してきた。


 僕は、とりあえずトラップする。


「剛士、ボールはもう片付けようよ」

「うーん、駄目かー。ひょっとしたら、オレにもできるんじゃないかって思ったんだけどなー」


 何がしたいのかと思ったら、どうやら剛士は貴羽さんがやって見せた、あの自分の魅力で注意を惹き付けているうちにボールをいつの間にか蹴っている技が、自分にもできるかどうかを試したかったみたいだ。


「僕がいつも見慣れている剛士に目を奪われるわけないだろ?」

「そう言えば、そうだな」


 できるんだとしても、ある意味一番マネして欲しくない技なのだが。


 渋々、剛士はボールをバッグにしまう。


 ここでやめてくれと言った場合、たまに逆効果で、かえって剛士の気持ちが燃え上がって引くに引けなくなるパターンもあるので何も言わないことにした。

 このまま忘れてくれることを祈ろう。


 しかし、剛士が貴羽さんの技を使うという話については原作を知る身としては感慨深いものがある。

 原作では貴羽さんがチームを離れることになった際、自分の後に背番号『10』を引き継ぐ者として陽狩剛士を指名する。


 そして、そのときにひとつの必殺技を授けるのだ。


 その名も『ライトニング・パス』という。

 物語の中盤から終わりにかけての、剛士の代名詞とも言える技だ。


 マンガで登場したときには、ものすごい物理法則を無視した技だったので読みながら「いや、無理だろ!」とツッコミを入れた覚えがある。


 前世の世界では、考えられない不可能な技だった。


 でも、不思議とこの世界なら可能なんだろうという気がしてしまう。

 むしろできるだろうという確信に近い予感がある。


 原作での剛士の必殺技『ライトニング・パス』だが、おそらく今の僕にならできてしまいそうだ。

 もしできなくてもいい。

 試してみる価値はあるだろう。


 剛士には、少し悪い気がするけれど、あの技をいち早く僕の技にしてしまおうと思うんだ。


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