戦いのはてに
観覧野第一からのキックオフ。
ということは、硝子の白騎士が放つ、またあのどうすることもできずに得点が決まってしまう技が炸裂してしまうのか。
センターサークルの少し後に立つ彼の姿を見るに、まず間違いなくそのつもりだろう。
「お願いしまーす!」
「やっちゃってくださいよ、貴羽さんっ!」
ほとんど、デジャヴを呼び起こさせる流れで、ボールが貴羽夜人に流れていく。
前野先輩と西が、自陣内から飛び出してはいくがパスボールよりも早く走れるわけではない。
リスタートからで、あの技を使われるのを防ぐのはまず不可能だ。
やがてボールが、貴羽夜人の足元に届く。
「ふっ」
髪をかき上げながら、甘く微笑む貴羽さん。
これには、あまりの美しさに老若男女の区別なく見惚れてしまうだろう。
美し過ぎることは、あるいは罪といってしまえるレベルだ。
見惚れて──?
僕は気づいた。
気づいてしまった。
ボールが消えるあの技の謎が解けたのだ。
じっちゃんの名を賭けておくのを忘れていたが、とにかく謎はすべてがまるっと解けてしまったのである。
原作の知識があったからこそだが。
僕以外のみんなには、またボールが消失したように見えただろう。
「なにっ?」
「またか!」
「どうなっていやがる、まるで手品じゃないか」
誰かが言ったのを聞いて、そのとおりだと思った。
あれは手品なのだ。
タネはわかったものの、今は何よりまず失点を防がないと。
僕は勢いよく振り向きながら叫ぶ。
「網守先輩、上です!」
網守先輩の両目は、消えたボールのゆくえを求めて、貴羽夜人の姿とその周辺に意識のすべてが注がれていた。
だが、ボールはすでにそんなところにはない。
「う、上? あ、うわっ!」
間一髪。
僕の言葉に反応した網守先輩は視界を上に広げると、急な角度から降るように墜ちてくるボールを捕捉した。
一瞬でも遅れていたら、パンチングで防ぐことはできなかっただろう。
危なかったが、キーパーとして去年から試合に度々は出ていた網守先輩の反応は小学生ながらにも素早く、見事に握りこぶしひとつでゴールに飛び込んでこようとしていたボールを弾き返した。
「ンだよ! このッ!」
網守先輩は、シュートを防ぐときに何故かボールに向かって罵倒する癖がある。
一見すると、とても温厚そうで長身で撫で肩をした少年なだけに、その瞬間のギャップがすごい。
パンチングも、パンチというよりは、どついていると表現したほうが正しいだろう。
ともかくも同じ手段でゴールを奪われることを避けることができたのだ。
僕らに同じ技は二度通じないのだ!
「ふう。危なかった……。だが、なんでボールが空から降ってきたんだ?」
グローブに包まれた手に残る、ボールの衝撃の痛みを確めるように睨み付けながら網守先輩が疑問を口にする。
他の仲間たちも、まだ理解できていないようで顔に「?」を浮かべている。
「そうだ、孝一。なんで上からボールが飛んでくるってわかったんだ?」
「うん、剛士。いいだろう。僕が解いたボール消失トリックの謎について今から説明しようじゃないか」
親友に促されたので、僕は語りはじめることにした。
聴衆を前に、ひとつ咳払いをする。
したほうがいい気がしたからだ。
「さて、みなさんお聞きください。みなさんは今の流れで、上空からボールが降ってくる直前、ボールが消えたと思ったことでしょう」
自然といつもと違う口調になってしまうこの不思議。
「思った。てか、消えてたぞ」と、前野先輩。
第一の選手たちも同様に頷いている。
味方もあの技に騙されていたのか。
僕は立てた人差し指を横に降り、チッチッチと口で言った。
「いえ、ボールは消えてなどいません」
「消えてない?」と、誰かが呟く。
「そうですね、貴羽夜人さん?」
話を振ると、一斉に注目が貴羽夜人に集まる。
だが当人は涼しい顔だ。
「そうだね、高辻クンの言うとおりさ」
「鷹月です」
貴羽さんは、僕の名を覚える気がないようだ。
むしろ今のはわざとのような気もするけど。
僕はついに、真相を暴露することにした。
「そうです。ボールは消えてなどいません。ただ、貴羽さんがボールを高く蹴り上げる瞬間にだけ、みんながボールを見るのを止めていただけなんです!」
「な、なんだって?」
「みんな、あの一瞬の間、貴羽さんの美しさに見とれてしまったがために、膝から下の強烈なインパクトのキックを使って上空に飛ばされたボールを見逃してしまったんです。ボールが消えたと気づいた後では、そのありかを貴羽さんのまわりに探すばかりで、ゴールに届くまではボールの存在を完全に見失っていたんですよ」
「そんなことが……?」
「できるのが貴羽さんなんです。みんな彼にボールが届く直前に甘く微笑むところを見ている覚えがあるはずです。二度目のときには、一度目でみんなの目が慣れていることを考えてか、髪をかきあげるという、これまた目を惹く動作を加えてみたりしているのがその証拠!」
僕はビシッと決めた。
ビシッと。
衝撃を受けるみんなのなかで、貴羽さんだけが余裕の笑みを浮かべている。
核心をつかれ、技の謎を解かれてもまったく動揺したところを見せない。
それどころか、楽しんでいるようですらある。
「どうでしょうか。何か、間違っているところがありましたか、貴羽さん?」
「──認めよう。すべてが、キミの言うとおりだよ、銀田一クン!」
「鷹月です」
僕は謎を解いたが、銀田一少年ではない。
銀田一少年といえば、マンガを原作に持ち、何代にも主演を代えて制作されている、人気のミステリジュブナイルドラマシリーズの主人公のことだ。
特に劇場版として公開された映画『銀田一少年の伝奇ファイル~四十八ツ墓村の殺人~』は、クローズドサークルとなった山奥の村を舞台に、四十八人の美少女アイドルグループのメンバーが次々と殺害されていく内容で、更に犯人の正体を含めた真相の意外性は度肝を抜くほどに秀逸だったから、当時、数々の歴代邦画記録を塗り替えたという近年のアイドル映画のまさに金字塔といっていい出来映えの作品だった。
思い出したらまた見たくなってしまった。
だけど、それはひとまず置いてこう。
今はなにより、銀田一じゃなくて貴羽さんのことだ。
原作の貴羽夜人にも、自分の美しさに見とれさせているあいだに相手を置き去りにするというシーンがあったんだ。
それが記憶に引っ掛かっていたので、ボールが消えるように見えた謎の答えにたどりつくことができた。
事実が明るみに出てしまえば、なんてことはないカラクリだね。
これで、貴羽さんに目を奪われ過ぎないように気をつければ、同じ技にやられてしまうこともないだろう。
「そろそろ再開してもいいかな?」
時計を見ながら主審のお兄さんが話しかけてきたところで、試合は再開された。
消えるシュートの秘密は明かされたけど、貴羽さんが余裕なのは、それが失ったとしてもそこまで惜しくないからだった。
貴羽夜人の能力を思えば、それもそのはずだ。
再開してすぐ、コーナーキックから直接ゴールを決められたし、その後で、ボールが見えていても絶対に止められないシュートも叩き込まれてしまった。
それでも、僕らはチームで一丸となって、貴羽夜人と戦った。
網守先輩の罵倒ぶりを、いつもよりたくさん耳にした試合だった。
そして彼が出場してからの十分間を戦い抜き、最終的なスコアを、7-4で勝ちきることができたんだ。




