立ち向かう勇気を
剛士と貴羽夜人の戦いは続く。
鮮やかな紅と儚げな白の、二つの色彩が少年たちのまわりを飾るように乱舞する。
そこには、ほぼ二人だけの世界が出来上がっている感じで、どちらがリードをしているともつかない舞踏が展開している。
この場にピアノがあったら、ワルツでも奏でてやりたいくらいだ。
といっても、僕の脳内で再生されているのは『ベルサ◯ユの◯ら』とか『少女◯命◯テナ』の主題歌だったりするわけだけど。
それに混ざりあう薔薇の色が白と紅なのを眺めていると、なんだかおめでたいような気にさせてくれる。
ここで、なんとなく紅白まんじゅうを思い出してしまう僕は、まだまだ花より団子といったところかな。
うん、めでたい、めでたい。
僕も、何かをどうにか頑張ったらあんなふうに花を出したりできるんだろうか?
──いや、やめとこう。
なんとなく地味~な知らない種類の花が出てくるか、よくわからない草が生えてくるだけだったりして落ち込むだけになりそうだし。
「ちっ! これならどうだ!」
剛士が、決め手を欠く勝負に業を煮やしてか、舞踏から次の技に切り替えた。
ひたすら高速で横移動をして三人に分身するやつだ。
ちょくちょく練習していることもあって、最近では分身体が視認できるようになるまでの時間が短くなってきている。
そう言えば、この春の体育の授業でやった反復横飛びでは、剛士は先生から計測不能を言い渡されたんだったな。
そんなの初めて聞いた。
「ふふっ。すごいね!」
さすがの貴羽夜人でも、この技には驚いたようだ。
相手チームの中からは「あいつ、三つ子だったのか?」なんて声も聴こえてくる。
勝手に選手が増えたら、間違いなく失格退場だが。
ちなみにマンガやアニメで昔からある分身技の定番の攻略法は、目を閉じて心の目で敵を感じて「そこだっ!」なんだけど、サッカーでは使えない。
目を閉じているあいだに置いていかれるからだ。
「なら、ボクはこうだ!」
「な、なにっ!」
今度は剛士が驚かされることになった。
貴羽さんが、剛士よりも一人多い、四人に分身したからだ。
「やってみれば、できるもんだね!」
四人の貴羽夜人が同時に話す。
ステレオを越えた、サラウンド効果か。
これに重低音を出せるなにかが加われば音響効果はバッチリだ。
三人分身の剛士に対して、四人分身の貴羽さんはよりワイドに広がっている。
幅の分だけスピードで勝っているということか。
これでは突破するのは、剛士には難しいだろう。
くやしいだろうけど声を掛けて一度、ボールを戻させよう。
そう思った矢先、剛士が動き出した。
「面白い、勝負だっ!」
果敢にも真正面から四人に見える貴羽夜人にぶつかっていく。
無茶なことを。
衝突する、三人の剛士と、四人の貴羽さん。
剛士にしてみれば、四人に対して三人だったら、ちょうどあいだが通れるような気がしてしまったのかもしれない。
そういうところはまだ小学生なんだと思っておくことにしよう。
「なに!」
「おおっ?」
当然のように、二人は体当たりするかたちになり、もつれ合いながら分身が解けてその場に倒れ込んだ。
転がったボールは、観覧野第一の選手が拾う。
剛士と貴羽さんの勝負は、ひとまずは引き分けといったところか。
しかし、貴羽さんは剛士よりも先に立ち上がると、チームメイトからパスを受けとる。
彼を自由にさせてしまっては即失点になってしまう。
飛びかかるように前野先輩と西がプレッシャーを掛けにいく。
今度はボールが消え去る前に、間合いに詰めることができた。
「好きにさせるかよ!」
前野先輩が強引にタックルに行くが難なくかわされる。
「ここで止める!」
西は、粘り強く行く手を阻んだのだが、鋭い切り返しに着いていききれず置いていかれてしまう。
華麗に僕の仲間たちを抜いていく貴羽夜人の前に、次の相手が立ちはだかる。
大上先輩だ。
終始笑っている貴羽さんの顔だが、今は更に増して喜色満面といった彩りを帯びる。
「大上クン。キミと戦えるのを楽しみにしていたよ」
大上先輩は、言葉では応えず行動で意思を示す。
獲物を狩る野性の獣のような、無駄なく鋭利な動きで貴羽夜人の保持するボールを狙う。
「また一段と牙を鋭くしたようだね!」
大上先輩の激しさに圧されて、ボールを失なわないまでも、貴羽夜人は後に下がりながら回避した。
「楽しいよ! こんな戦いをしたかった!」
転じて攻勢を掛ける貴羽夜人が、天才の名にふさわしいテクニカルなフェイントの数々を連続で魅せてくる。
大上先輩は、ぎりぎりではあるがそれに食らいついていく。
去年までは、あそこまでの戦いにはならなかったことが思い出される。
もっと簡単に、いいようにやられていた。
大上先輩が、まるで子供扱いされている様を見て、僕自身がショックを受けていたのを思い出す。
「大上クンも、陽狩クンも、強くなったね!」
僕は、貴羽さんの言葉に、そのとおりだと思った。
二人とも強くなっている。
僕も、そんな二人のチームメイトとして、強くなっていかないと置いていかれてしまうだろう。
そして、強くなりたければ自分よりも強い相手にこそ立ち向かわないと。
あまりも規格外に強い敵を前にしたからといって逃げていては自分が強くなることはない。
僕は、貴羽夜人を前にして戦うことを諦めていた自分を恥じた。
同時に、仲間を誇りに思う。
そして走り出した。
僕には僕の戦いかたがある。
「大上クン、もっともっと強くなって、ボクを楽しませてくれよ!」
ついに大上先輩が振りきられた。
貴羽夜人が、ボールを蹴りだして更に前に、僕らの陣内深くを目指す。
「そこだ!」
僕は、なんとか走り込むタイミングに間に合うと、ボールに体を重ねるようにして躍りかかった。
前野先輩と西が抜かれたときに、貴羽さんの動きを見ていて、振り切って一歩めのタッチで長めにボールを蹴りだすクセがあるのを確認していた。
病をおして戦う体をいたわるためか、その時に深めに息をつくことも。
わかっていれば、その隙をつくことはできる。
「なにっ!」
「と……とったどー!」
ちょっと興奮して、台詞がカッコ悪くなってしまったな。
思ったよりも簡単に、貴羽夜人からボールを奪うことができた。
これも大上先輩の追い回しがあったからこそだろう。
その分だけ隙も大きくなっていたから。
僕だけの力ではない。
そうだ。
こうして、冷静に状況判断しながら仲間をフォローしてチームに貢献するのが、僕の本来の戦いかただ。
「やるね……キミは確か……若月クンか!」
惜しい。
「鷹月です」
僕は、貴羽さんに名前を訂正しながらも、即座に前方にいる前野先輩にパスを出した。
前野先輩は西とのコンビネーションを使い、うまく守備陣を翻弄すると追加点となる得点を決めた。
相手チームは、貴羽さん以外の選手は総じてそんなに強くなくて、僕らのチームメンバーが全体に勝っていると断言してしまっていい。
これは精神的にも天才貴羽夜人に依存してしまっているチームの弊害なのかもしれない。
たぶん観覧野第一の選手たちは、ひとりひとりが去年と比べてそんなにレベルが上がっていない。
だからと言って彼らを責める気にはなれない。
僕にしても、あのチームの一人として同じ立場にあれば、まわりに流されて貴羽夜人を支えるつもりが、実態は頼るだけのチームの一員になっていたかもしれない。
自分に与えられた環境に感謝するべきなのだろう。
僕の親友は、僕のことを過大評価してくれていて、頼れる相棒だと信じている。
その気持ちに応えるためには、次々と階段を駆け上がるようにステップアップしていく彼に置いていかれないためにも、僕自身が立ち止まっている暇なんてないのだから。




